正式入隊日
これは、前に玉狛支部に遊びに行ったとき、桐絵が言っていた事。
***
『いい? とりまるはすぐ嘘を付くから気を付けなさい』
『それ、桐絵限定じゃない? 私桐絵に嘘付くの楽しいし』
『なんでよ。というより、あたしで遊ばないでよ!』
『すぐ騙される桐絵が悪い。なんでそんなに信じちゃうの?』
『だ、だって! もし本当だったらどうするのよ!?』
『……考えた事ないなぁ』
『なっ!?』
***
とまぁ、こんな会話があったのだ。
桐絵に嘘や冗談を言いたくなる気持ちは分かる。だって、なんでもかんでもすぐに信じちゃうから、ついからかいたくなるんだもん。
タネ明かししないと桐絵全く気づかないし……そろそろ学んだ方がいいと思う。
そんな訳で私はどちらかと言うと京介と同じく冗談や嘘を平然と付く側なんだけど……まさか付かれる側になるとは。
迅さんはしかたないとはいえ、桐絵に注意人物(?)として挙げられていた京介の被害者になる日が来てしまった。
「……でも、少しはそういう素振りが見たいです」
「え?」
「これは嘘じゃありません」
段々とこちらに迫ってくる京介。
無意識に後ずさっていた私は、背中に何か当たった感覚がして止まった。
後ろは……壁だ。逃げ場がない。
「俺があの日言った言葉……もしかして、冗談だと思ってます?」
横に逃げようとした所を、まるで読んでいたかのように私の横に京介の手が行く手を遮る。
反対側を向けば、また京介の手が。
つられるように正面を向けば、想像よりも近くに京介の綺麗な顔があった。
『俺、先輩のこと好きになりました。だから、覚悟しておいてくださいね』
正直に言えば、あの時京介に言われた言葉は冗談だと思っていた。
だがそれは、目の前にいる京介の表情を見れば嘘でも冗談でもないのが分かってしまう。
それはつまり……
「俺があの日言った言葉は嘘じゃないっすよ。……本気です」
あの時の言葉は”本気”だったのだ。
「俺は本部に中々顔出せないし、名前さんは沢山の人と関わりがあるから、いつ誰のものになるか分かりません。なので、一回の機会を逃すわけにはいかないんです」
壁に付いていた手がいつの間にか上腕になっていて、より京介と距離が近くなってしまった。
「……少しは俺の事、意識してくれました?」
「ち、近いよ……」
距離が近いから京介の声が耳にダイレクトに届く。
低い声とその吐息が当たってくすぐったい。
それに反応してしまって身をよじり、無意識に逃げようと動いた。
「逃げないでくださいよ、先輩。傷付きます」
「そ、そういうわけじゃ……!」
16歳とは思えない色気に思わず目を瞑る。
すると、副作用が発動して、人が近付いてきているのを教えてくれた。
「だ、誰か来る……!」
「副作用で見えたんですか? 俺は噂とか広まってくれればやりやすくなるんで、大歓迎なんすけど」
「私は良くない……!」
「でも、名前先輩の嫌がることはしたくないので」
そう言って名残惜しそうに京介は私から離れた。
「じゃ、行きましょ」
「……」
「もう何もしません。今は」
「……絶対だよ」
……気のせいだよね?
前を向く瞬間、京介の顔が寂しそうに見えたのは。
2022/2/14
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