正式入隊日
玉狛の新人のブラックトリガーで争った日から数日経ち、年を開けて8日後。
1月8日
今日はボーダーで正式入隊日が執り行われる日だ。
その日は入隊指導をボーダーの隊員が行う事になっている。
私も担当したことがある。ボーダーが創設されたばっかりの時と、嵐山隊に所属していた時だね。
嵐山隊所属時に担当したときは、意外にも名前を知られていたことに驚き、情けないほどオドオドしたのは黒歴史である。
……嵐山さんがいなかったらずっと情けない姿を見せていたと思う。
まあ私は嵐山隊を脱隊した身なので、新隊員に説明を行う必要はない。
……というより、今年も嵐山隊なのだろうか。
気になった私は部屋から出て入隊式が行われている場所へと向かった。
***
「……あれ、もういない」
向かった先はもぬけの殻。
どうやら行動に移すのが遅かったらしい。
「もう移動しちゃったのか。じゃあどこに行こうかなぁ」
狙撃手用訓練施設に行くか、仮想訓練施設に行くか。
……うーん、正直狙撃手用訓練施設の方は覗きに来たらすぐにバレる。それに対し仮想訓練施設は観客席もあるし……うん。迷う必要なかったな。
仮想訓練施設のある場所へと足を進めた。
「名前先輩」
しばらく歩いていると、後ろから声を掛けられた。
その声を聞くのは久しぶりだ。
「京介!」
「お久しぶりです」
後ろを振り返れば、予想通りの人物……烏丸京介がそこにいた。
私は駆け寄ってくる京介を待つため、その場に立って待つ。
「京介はあんまり本部に来ないからね。自然と会う機会減っちゃうね」
「聞きましたよ。12月の半ばに玉狛来てたって」
「だ、誰から聞いたの」
「宇佐美先輩です」
栞ちゃんかぁ……まあいたもんね。
そして話によると出迎えたのも彼女らしいし。
「俺、その日は次の日がバイトだったんで泊まれなくて。残念です」
「また時間があったら遊びに行くよ」
「名前先輩意外と忙しいじゃないですか。沢山弟子がいるって聞きましたよ」
「沢山って……そうかなぁ」
ボーダーには師弟関係の人が割といる。
私はその師にあたるポジションで弟子が何人かいるのだ。
……だって、断れなくて。
「俺ももっと早くに名前先輩と知り合ってたら弟子にして貰えたんですかね」
「京介はレイジさんが師匠なんでしょ? あの人何でもできるから頼りになるなぁ」
「名前さんの師匠って誰なんですか?」
そういえば言ってなかったな。
別に隠していたわけじゃなく、言うタイミングがなかっただけだ。
「私の師匠は兄だよ」
「やっぱりですか。何となくそう思ってました」
「桐絵か迅さんでしょ。それかレイジさん」
「小南先輩っすね。前に一生勝てない相手だって言ってました」
「兄さんは天才だったからね。……本当に勿体ない」
ボーダーに必要な戦力だった。
兄さんがいなくなった事で戦力はだいぶ落ちたと思う。
……完璧な代わりにはなれないけど、兄さんを死なせた要員である私がその穴を埋めるしかないんだ。
「すみません、こんな話。話題変えましょ」
「気を使わせちゃったね、ごめん」
「いえ、俺が誘導したようなものですし。気にしないでください」
……私の周りにいる後輩は、どうしてこんなに気の使える子ばかりなのだろうか。そして優しい。
特に京介は顔が整っているから、こんな優しくされたら女の子はイチコロだろうなぁ。
「実は急いでバイトを終わらせてきたんですよ」
「本部に用事があったから?」
「まあ用事っちゃ用事っすね。今日の入隊日、ウチの後輩がいるんすよ」
「……あぁ、噂の!」
迅さんから聞いたあの後輩君……空閑遊真君がいるはず。
結局去年のウチには会わせて貰えなかったんだよね。
迅さんによると、入隊式に向けて頑張ってるからって。そう言われたら引くしか無い。
「名前さん知ってるんですか、ウチの後輩」
「迅さんから聞いたの。すごい子達だって」
嬉しそうにペラペラと後輩達について語る迅さんを思い出す。
あの人、結構後輩思いだったんだ……って。
「まただ……」
「どうかしましたか?」
「えっ!? いや、何でもないよ!?」
「そうっすか」
一度迅さんの事を考えると、ずっと迅さんが浮かんでくる。
隣にいるのは京介だというのに。
……そういえば京介は一昨年まで中学生だったとは思えないほど身長が高い。それに、迅さんとほぼ変わらないし……って。
「先輩、顔赤いっすよ」
「え、嘘!?」
迅さんの事考えてたからかな……自然と顔が赤くなってたのかも。
慌てて顔を隠そうとすると、京介から言葉が飛んできた。
「嘘です」
……と。
「……もぉ〜! 冗談はやめてよっ」
これが桐絵が言っていたヤツか。
そう思いながら桐絵との会話を思い出した。
2022/2/14
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