終業の時間



「随分と重そうだね。持ってあげようか?」

「そこは持つのが紳士だぞ」

「はいはい」


目の前でクスクスと笑うこの男……『ラファエル』は僕から荷物を奪うと、それを車に乗せた。


「結構時間かかったね。盛り上がってたの?」

「いいや。一人からは質問攻めされて、もう一人から勧誘されたよ」

「わあ。レオンったら人気者だね」


年齢の割には幼い顔立ちのラファエルは、後部座席に乗った僕をニコニコとした表情で見つめる。
この男は元科学者である人間であり、僕と同じ裏社会の人間だ。人の良さそうな顔をしているが、その人生は裏社会を生きる人間と似たものを送っている。


「迎えに来たついでにちょっと僕に付き合ってくれない?」

「良いけど……何に付き合うんだ?」

「“例”の奴について」

「……分かった」


ラファエルが車を発進させる。向かう場所は彼が篭もっている場所だ。此処椚ヶ丘中学校から少し離れている。まあ車で向かうんだ、10分ほどで着く。
しかし、学校が終わったのが昼間だったのに今は日が沈み始めているじゃないか。あの親子、そんなに僕と話したかったのか。


「着いたよ」

「……ん」


足を組んで座っていた身体を伸ばし、車から降りる。
着いた先は見慣れた建物……ラファエルが普段篭もっている場所だ。


「どうぞ」

「ああ。……で、その例の奴はどうなっている」


ラファエルが見せたい例の奴というもの……それは白いマウスだ。
見た目は愛らしいマウスそのものだが、普通のマウスとは違う。何故ならこのマウスは僕と同じ状態・・・・・・だからだ。


「投与した反物質を完全・・に吸収するのは難しい。やっぱり体内で生成されているから、生きているだけで反物質を無意識に生成してしまう。……吸い取るだけじゃ元通りにはならない」

「やはり反物質を分解するしか方法はないか……」

「例え材料が分かっても、この複雑なものを分解しきるには時間も材料も大量に必要になると思う」


籠に指を近付けると、僕の指に反応したマウスが近寄ってくる。
しかしこのマウスは僕に触れることはできない。透明なガラスの壁がマウスと僕の間にあるからだ。


「反物質を分解する物質……一体何なんだろうな」

「それを発見するのが科学者さ。それまでの過程が楽しいんだ」

「……僕には理解できないよ」

「あらら、残念」


このマウスはここで殺処分となる。このまま生かしておけば爆発・・してしまうからな。


「出来るのか? 残る時間で」

「やってみせるよ。……僕にはそれくらいしかできないから」

「頼むぞ、ラファエル」


あの“忌々しい”研究の一員の生き残りであるラファエル。僕の存在を分かっているはずなのに此奴は素直に従っている。
経った二年の付き合いだというのに、人が良すぎる。本当に僕と同じ裏社会を生きている人物なのだろうか今でも疑ってしまう。


「あ、久しぶりにこっちに来たんだ。触手それのメンテナンスしよっか」

「頼む」


触手と呼ばれているこの反物質は、外部から取り込んだ“異物”なだけあり人体にかなり負担が掛かる。だから先程ラファエルが言っていたようにメンテナンスが必要なのだ。
しかし僕が頻繁にこの場所を出入りしていてはターゲットに居場所を特定される可能性がある。それを避けるために今日までここに来なかったのだ。

その間触手の管理はどうしていたのかって?
実はこの元科学者、触手の激痛を抑える鎮痛剤とメンテナンス代わりにやる薬品を開発しやがったのだ。本当、なんてものを作ってくれるんだ、この天才かがくしゃは。


「薬はまだ残ってる?新しい薬いる?」

「そうだな……とりあえず二ヶ月分頼む」

「りょーかい」


はい、終わり!
そう言ってラファエルは僕の肩をトンッと軽く叩いた。
しかし、前から思っていたが作業が速い。触手のメンテナンスってそんなに速く終わるものなのか?


「『触手のメンテナンスってそんなに速く終わるものなのか?』……って言いたそうだね」

「何故分かった」

「二年もいれば段々君の言いたい事が分かるようになった。僕の得意分野関連とか特に」

「……」


仕方ないだろう。僕は科学の成績が悪かったんだから。
授業としての理科は分かる。しかし実技となると話は別だ。実技としての科学は昔から・・・苦手なんだ。


「ナマエは薬をちゃんと毎日投与してるみたいだからね。お陰でメンテナンスも速く終わるよ」

「ま、これに関しては君の言葉が最もだからな。僕専用のお医者さん?」

「はいはい。じゃあ2カ月分の薬を持ってくるから待ってて」

「ああ」


ラファエルが薬を用意するのを待っている間、依頼が入ってないか確認しようと携帯の電源を入れる。


「……おっ」


案の定依頼が来ていた。
10分前か……と言う事は此処に来ている間に入ってたのか。


「ラファエル、電話するから静かにしていろ。いいか、いたずらに物音を立てるなよ」

「はあーい、分かってるって」


遠くから聞こえた返事に疑いながらも、発信ボタンをタップした。
なんでこんなにも疑っているのかというと、前に『どこまで物音立てたら怒られないか』という幼稚染みた事をされたからだ。……あの男は年齢の割にイタズラ好きなのだ。


「……合言葉を」

『____』


……ん?この声、どこかで……。


「こんばんは。わたくしレオンと申します。今回は…」

『依頼だよ、依頼……!』


僕の言葉を遮るとは……!しかし、それほどに焦っているのか?
いやしかし、この声は___


「依頼ですね。どのような内容で?」

『殺さなくていい……とどめは俺が刺すからなァ……。だが死ぬくれェの痛みは味わってもらわねーと……!」


こいつ僕の話を聞いているのか?
まあ依頼の内容は、今聞いた限りでどんな内容なのか概ね理解できた。


「なるほど、なるほど。貴方は『報復』がお望みなのですね」

『そうだよレオン!分かってんじゃねーか!そうなんだよ、俺がどんな思いをしているのか分かってねェあのガキ共に……特に”潮田渚”には思い知らせてやらねェと!!』


確定した。
依頼人は『鷹岡明』……前にE組に教師として国から送られてきた人間だ。
それと同時に分かった事がもうひとつある。……彼の状態はかなり“危険”だと言う事だ。


『他にも殺し屋は雇ったけどよォ、やっぱり五本指に入るアンタも欲しいわけよ』


ヒヒッ、と不気味な笑い声が耳元で聞こえる。
へぇ、僕以外に殺し屋を雇ってるのか。


「おや、私だけでは不満ですか?しかし、既に雇ってしまっているのなら仕方ありません。……恐縮ながら依頼人、その殺し屋は誰か教えていただいても?」

『いいぜェ』


……ふむふむ。
この三人は僕の知る殺し屋達だ。
こうやって名前を聞くと世界が狭く感じるよ。ま、本名じゃなくてコードネームだけど。


「ありがとうございます。では、日時はどのように決まっていますか?」

『_日だ。報酬はその日で構わないよな』

「勿論です。では、当日前には窺います」


ピッと電子音がなり通話が修了した。
ふぅ、と息を吐いてソファの背もたれに寄りかかる。
……さて困った。この事態をどうするべきか。





2021/03/28


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