変幻自在な殺し屋、現る
「殺せんせー、さっきから黙ってどうしたの?」
見上げたターゲットの雰囲気とその表情に、一瞬だけ怯んだ。
しかし『岡野ひなた』のお陰ですぐに意識を現実に引き戻すことができた。
さっきからずっと“見られている”事は分かってたけれど、まさかこんな表情してるとは思わなかった。
僕もちょっと……いや、かなり驚いている。
だけど、それを悟られないようにするのが僕だ。平常心、平常心。
「おーいターゲット。もしもーし?」
背の高いターゲットの前に立ち、背伸びをしながら顔近くで手を振る。
するとわざとらしく「ハッ!!!」と言いながらターゲットはこちらを見た。
「すみません苗字さん。先生少しボーッとしてました」
「ターゲットったら堅っ苦しいなぁ。僕の事は下の名前で呼んでよ」
苗字呼びだなんて距離遠くてちょっと寂しいじゃ無い。気楽にいこうよ、気楽に。
生徒達にも名前で構わない、と言うとそれぞれ反応が返ってきた。
「では……名前さん。今日から宜しくお願いしますね、ヌルフフフ」
「ああ。よろしく」
差し伸べられた手(触手?)を握り、握手を交わす。
……あぁ、何でだろう。今までに多くの人に偽りの名を含めて沢山呼んで貰っていたけれどターゲットの声で呼ばれると……
「? 私の顔に何か付いてます?」
「……いいや」
___とても、泣きたくなるんだ。
***
「苗字さんの席はカルマ君の隣です」
「オーケー」
名前で良いって言ったのに、苗字呼びに戻ってる……。まぁ、別にいいけど。まだ僕の事を疑っていて警戒しているかもしれないし。
「改めてよろしくね〜苗字さん。俺の事は『カルマ』でいいよ」
「そうか。さっきも言ったが僕の事は好きに呼んでくれて構わない」
「あ、あのっ!私は奥田愛美と言います!」
「うん、知ってる」
「じゃあ俺の事も分かるのか?」
「『千葉龍之介』だろ?ちゃんと全員の名前は把握してるってば」
どんだけ信用されてないんだ……。ま、段々と自分を頼り出すようになる。いつもそうやって相手を信頼させてきたんだから。
……しかし、それにしても、だ。
「……君達さ、僕が誰か分かってるのかい? 殺し屋だぞ? 怖いとか思わないわけ?」
純粋に疑問に思った事だ。
政府からターゲットを殺す様に依頼されたとはいえ、彼らは殺しの世界を知らない所謂“一般人”だ。なのに彼らは驚くことはあれど恐れる事はなかった。まあイリーナがいるからと言われればそれまでだが、僕自身納得はいかない。
「殺し屋転校生はアンタだけじゃないしね」
「……まぁそうだな」
赤羽の方へと視線を向けると、彼の背後から見える黒い物体。
その物体がこちらへと動いたと思えば、画面には見覚えのある少女が映し出されていた。
「初めまして!『自立思考固定砲台』と申します!『律』とお呼びください!!」
自立思考固定砲台……堀部糸成と同じく、ターゲットを殺す為だけに作られた存在。互いに機密事項である存在だ。
彼女は知らないだろう……自分の誕生に僕がほんのちょっぴり関わっている事を。
「それに、ビッチ先生もいるからね〜」
「ブフッ」
赤羽の突然の発言に思わず吹き出してしまった。
「お、おい……い、今のは態とか……?」
「い、いや?」
周りから不思議に僕を見つめる視線が集まるが、待って欲しい。
「い、イリーナ……お前『ビッチ』って呼ばれてるのか!」
あははははっ!!と堪えきれずに大声で笑って仕舞う。ああダメだ、紳士的な振る舞いが基本だというのに、こればかりは抑えきれない。
周りがポカーンとしているがそんなの気にする余裕がない。だって……面白すぎる!!
あ、ツボに入った。涙も出てき始めた…面白くて。
「ちょ、ちょっとナマエ!笑いすぎよ!!」
「だ、だって……ビッチって面白すぎるだろ! あっははははは!!」
「この際はっきりと言わせてもらうけど、アンタの方がお似合いなんですけど!?」
腹を抱えて笑っていると、イリーナが顔を真っ赤にしてこちらへズンズンと歩いてくる。その手にはナイフが握られている。因みに対触手用のものである。
「これでも苦労してるのよ!!」
「ひゃー、ナイフ振らないでよー。僕こわーいっ」
「棒読みじゃない!!」
しっかし、イリーナってばナイフの振り方単純すぎ。そんなんじゃ簡単に躱されちゃうよ?
ずっと躱し続けていたが、躱し続けるのもつまらない。こちらへ振り下ろしてくるイリーナの手首を掴み、こちらへ引き寄せる。
「つーっかまえた♪」
目の前にはイリーナ。その距離は簡単にキスできるほど。しかしシチュエーションとしては一般人視点では物騒だろう。なんせ彼女の首にはナイフが当てられているのだから。あ、勿論あのゴムみたいなナイフだよ?
「……相変わらず速いわね!」
「そりゃあ僕は君より暗殺歴長いし?」
「たった数ヶ月でしょ!年単位なら同じよ!」
「んもう、至近距離で大声出さないでよ。鼓膜破れちゃう」
それにね、イリーナ。ナイフはこんなものじゃないんだよ?
折角だからレクチャーしてあげよう。
「!?」
「イリーナ。ナイフっていうのは……」
イリーナの手首を離し、“いつも通り”の速さで彼女の背後へ回る。
「こんな風に速くなきゃ、すぐに殺されちゃうよ?」
至近距離でしか向かないからこそ、標的より速く動けなくちゃいけない。……分かるかい?
「はっえぇ……」
「見えなかった……」
ふふん、すごいでしょ?
やっぱり誰にでも褒められるのは嬉しいものだ。
「当然。でも、まだまだすごい事を隠しているから、楽しみにしてなよ?」
自然と口元がニヤけていく感覚がした。
2021/03/26
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