椚ヶ丘中学校3年E組



早朝5時

初めて見たE組校舎は想像以上にボロボロで、こんな所に潜入するのか、と思うと嫌でしか無い。
だが、依頼なので仕方ない。……仕方ないんだ。


「しかし…今日は天気が悪いな」


空を見上げながらそう言葉を零す。
あまり湿気のある場所にはいたくない。


「ターゲットが超生物…。タコだろ、これ……」


手に持っていた電子機器で、事前に貰っていたターゲットの画像を見る。
超生物、と聞いていたから人間では無いのは分かっていたけど、こんな巫山戯たコミカルな姿をしているとは思わなかった。
もっとこう……化け物染みた姿っていうか……。


「まだ此処にはいないのか…?」


辺りを見渡して気配を感知しようと集中するが、まだ朝方な事もあってか気配は無い。
ターゲットは此処にいないのか?


「……まあ良い。時間まで仮眠を取るとしよう…」



少し前までアメリカにいたんだ。軽く時差ボケしてるし、休めるときは休もう。
近くに植えてある木に登り、枝に座って幹に背中を預け、目を閉じた意識を暗闇へと落とした。



***



顔に冷たい感覚を感じ、目を覚ました。
冷たい感覚の正体はすぐに分かった。


「雨…」


僕の予想が当たった。
あまり雨は落ちてきていないようだが、落ちてくるものは落ちてくる。
それに、“今”の僕の体質は湿気に弱いのだ。
急いでマントに着いているフードへ手を伸ばし被る。
これなら濡れるよりはマシだ。


「……あれが、ターゲットか」


視界に入っている校舎の窓から黄色い巨体を見る。
あれが、今回の依頼の標的だ。
しかし…


「…顔、大きいな」


ターゲットの顔を見て、思ったことがつい口に出てしまった。
画像で見たのより大きくないか?

暫く眺めているとターゲットは頭部を絞り、絞った場所から出た水を教卓の上に置いているバケツへ落とした。
…一体、どんな身体の構造をしているんだ。
それに、あのバケツに入った水の量…。
言いたいことが多すぎる…!
情報量の多さにパンクしそうになっていた時、耳に付けていた通信機器から声がした。


『やあ、レオン。ちゃんと付けてくれたんだね』

「……何の用です?」


通信機器から聞こえた声の主は、シロだ。
この通信機はシロから渡されたものである。


『イトナの様子は?』

「……良い子に貴方の指示を待ってますよ」


シロの問いに、少し離れた場所にいる少年を見る。
…堀部糸成。それがその少年の名前だ。

僕はその少年の顔を電子機器に送られた画像で知った。
……送られてきたその画像には見覚えのある少年が映っていた。
その少年は、僕が前に手を回した依頼に関わりのある人物の息子だったのだから。
聞き覚えがあったのは、気のせいではなかった。


「……僕に嫌がらせ、か。そんな事をして楽しいか、シロ」


ターゲットの隣に立っているシロに向かって、聞こえないであろう言葉を掛ける。
…依頼を果たす度に、親を失った子供を何度も見てきた。
依頼されるほどに悪に染まってしまった人間から生まれた事を悔やめ、と見て見ぬフリをしてきた。
それが、今になって返ってきた。
こちらを一度も見ないシロを睨んでいると、破壊された、というような音が響いた。
その音の正体は、先程まで視界に入っていた堀部糸成がやったものだとすぐに分かった。


「…あれが、『触手』」


人間という生き物は、自身の力だけではあまり強さを発揮できない。
人間は他の動物と違って自身の武器、と言うものがない代わりに道具を扱う能力がある。

彼の力だけでは…そもそも14の少年に建物を破壊する力などあるわけがない。
いくらこんなにボロボロだろうと、だ。
だが、堀部糸成は校舎の一部分を破壊した。ボロボロだとは言え、建物を破壊するだけのパワーがある。
そのパワーの正体は『触手』と呼ばれるものだ。


「……あんなもの、邪魔でしかないだろうに」


校舎を見つめながら、自身のうなじをそっと撫でた。





2020/12/29


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