暗殺者レオンの目的
依頼は完了。
殺害したターゲットの後処理は依頼人が行うと言うので、僕はさっさと普久間殿上ホテルを出る為、借りていた部屋に向かおうと歩いていた。
あのホテル、結構いいワインが置いてあったんだよな〜。着替え終わったらイリーナと飲む約束してるから、あのワイン出して貰えるようにお願いしよっと。
と、この後の楽しみを考えていた時だ。
「……!」
咄嗟に身を隠す。
そっと物陰から顔を出して様子を見る。
「! ……あの男は……!」
僕の視界にいるのは、見覚えのある顔だ。
今僕が誰一人にも明かしていない”とある計画”があるのだが、その計画にはあの男を利用すると効率が良くなるのだ。
視界の先にいるあの男は……何を隠そう、政府関係の人間だ。
末端であろうと、ヒントになり得るような情報は持っているはずだ。それだけでも入手すればあとは『相棒』が上手く運んでくれる。
「……よし」
丁度良い。今僕は女性の姿に変装している。そして苗字名前の面影は0だ。レオンである事に気づかない。
「あぁっ、すみません……っ」
「い、いえいえ。大丈夫ですか、お嬢さん?」
「はい……。こちらこそいきなりぶつかってしまい、すみません。少し飲み過ぎたようで……」
美女が酔っ払ってぶつかってきた。しかも紅潮した頬で上目遣いをして如何にも誘っているような状態。
この状態の女を男が放っておくわけがない。
「では部屋までエスコートしますよ。こんな状態の女性を放っておくわけにはいきませんから」
「まあ!ありがとうございますっ」
僕は知っている。
国の人間のほとんどは金の欲しさや立場を利用した愉悦が欲しい者が多い。まあごく稀に真面目な人間もいるけど、大半はこのような人物が多い。
そんな人間は国民から寄せられる苦情や現実が難しい要望の両立にストレスが溜まっている。だからこういう場所にお忍びで来ていたりする。日頃の鬱憤を晴らすためにね。
「見れば見るほど美しい方だ……」
「貴方様もかっこいい顔をしていますわ……」
現在、この男性が借りたであろう部屋に僕は連れ込まれた。そしてベッドに押し倒された。
「ねぇ旦那様?貴方はどんなお仕事をしていらっしゃるの?」
「私ですか?私はこの日本を支える人間でして、今は___」
しめしめ、上手く吐いてくれた。
目の隈を見るからに、相当ストレスを溜めているのだろう。
こうして一般市民の目に入りにくい場所にいるって事は、僕の予想通り日頃の鬱憤を晴らしに来たのだろう。
「まあ!貴方様はとてもお偉い立場の方なんですね!」
このまま上手く吐け。
……もう少し、もう少し欲しい。手掛かりにはもう少し足を踏み込まなければ……!!
「!!」
「なんだ?……もしや君、何かの組織の回し者か?」
手に入ってしまえば、もっと欲しくなる。手が届けば、もっと先に手を伸ばしたくなる。……特に今は、何よりも情報が欲しいんだ。
___その焦りが相手を感づかせてしまう事になった。
「おい!この者を撃ち殺せ!何、後処理はこちらで上手くやる!」
「ッ!」
バンッと部屋の扉が開いたと思えば、そこには黒服の男性が拳銃を持っていた。
___そして、銃声が鳴り響いた。
「いッ……!!」
銃弾を躱すコツは、相手の構える銃の向きを分かっている事と、タイミング、自分の反応速度だ。これは僕を暗殺者として育てた人が言っていた事だ。
咄嗟に躱したが、急な展開に動揺してしまいいつもより反応が遅れてしまった。
「躱した!?」
「もう一発だ!何としても情報を守らなければ!!」
国の人間なんて綺麗なのは人の前、国民の前だけだ。
個人としての汚さもあれば、国の為にとあらゆる手を使う。……それが例え、法を犯すことになろうとも。
こいつらは自分の国の国民であっても国籍がなければ助けてくれない。金を支払わない人間を守る価値はないと言っているのと同じだ。
……だから嫌いだ。金持ちも、国の人間も……欲望に溺れた人間も!!!
「なんだあれは……!」
「お下がりくださいッ!!」
嫌いだ…嫌いだ……!!
こんな奴らがいなきゃ、あの人は……あの人は………!!
「上から僕達を見下ろすお前達が……大嫌いだ」
気がついた時には僕はうなじに植え付けた”異物”が、男二人を気絶させていた。
冷静になれ。……このままでは”目的“を果たせなくなる。それだけはダメだ。
ドレスの中に忍ばせていたレッグホルダーの中から注射器を2本取りだし、男達に打ち込む。
この注射器に入っている液体は僕の相棒が作ったオリジナルであり、脳に作用する薬だ。記憶が曖昧になって、僕の事も何があったのかも忘れるはずだ。
「騒ぎに巻き込まれる前にここを離れないと……!」
痛む足を鞭打ち、窓から逃走する。
証拠云々は彼奴に頼むか。大丈夫、指紋は残らないように普段から対策済みだ。摘出される事はない。
それに、血液からDNAを特定されることもない。何故なら僕は日本に籍を置いている人間ではないからだ。……そもそも、僕をDNAで特定する事すらできないさ。だって僕についての戸籍情報は表面上ほぼ失われているのだから。
それをどのようなルートを使って探り当てたのか……あの男、シロについても調べなくてはならない。
もう彼奴の正体は分かっている。うちの相棒が偶然にも知っていたからね。後はシロから彼を救出するだけだが……。
「はぁ……はぁ……くッ」
森を駆け抜け、崖から飛び降りた。
この先は海だったはずだ。……大丈夫、多少のハンデはこの際仕方ない!そう思いながら飛び降りた場所に海はなく……
「しまった、ここは……!!」
どうやら脳内にインプットしていた地形を間違えてしまったらしい。
柔らかい地面と波打つ音を聞きながら岩場に背を預ける。
「……今日は動揺してばかりだな……」
そう呟いた瞬間、僕の目の前は真っ暗になった。
2021/04/04
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