期末の時間 2時間目
「図書室まで案内ご苦労。……それで、話って?」
現在、僕は学秀と図書室にいた。
当たり前だけど、他は授業中だから図書室は僕と学秀しかいない。
ちなみにどのようなルートで図書室まで来たのかと言うと……。
「実際に見てもらったから察してくれたと思ったんだが……」
「僕は察しが悪いんだ」
「息をするように嘘をつくな。その顔は分かった顔だ」
「ふふっ、じゃあ思ってることを言うよ。間違ってても文句は言わないでくれよ___さっき見せてくれた、理事長殿の授業を受けるA組生徒のことかい?」
「分かってるじゃないか」
まず、本校舎敷地で学秀と合流。その後、真っ先に見てもらいたいものがあると言われ、彼の背中についていくことしばらく……着いたのは、彼が所属するA組教室。
だが、雰囲気が違うと感じた。廊下からも感じた異様な空気……なるほど、これが三村が言っていた洗脳教育かと思ったよ。
「A組は普段からあんな感じの授業をしているのかい?」
「違う。あれは理事長が教えているから起きていることだ」
ふーん、理事長殿だからこその技、か。
あれ、そうなるとだけれど。
「今更だけど、なんで君は教室を出ているんだい?」
「自主学習を言い渡されたんだ。けど、このまま素直に帰るのも違うと思って、まだ学校にいる」
「その心は?」
「………あの人の授業は、僕以外耐えられない。このままではA組が壊れてしまう」
学秀以外は耐えられない……あぁ、なるほど。
学秀は理事長殿の実の息子だ。当然、その遺伝子は持っている。けど、遺伝子だけでそれは解決できるか?
僕としてはNoだ。だから、遺伝子にプラス要素が入っていると考えている。そのプラス要素こそが、今学秀が言ったことだ。
つまり、何が言いたいかっていうと……学秀は昔から理事長殿の授業を受けていたってことさ。でなければ、耐えるとは言わないよ。
そんな授業、少し受けてみたい気はしているけれど……学秀の表情が暗いから辞めておこう。どうやら本当に壊れてしまうかもしれないようだ……本来の人格、と言えばいいかな。精神が狂ってしまうんだろうね、洗脳教育って言われるくらいだし。
「……なるほど。それで、君はA組を救いたいんだね」
「! ……そう、だと思う」
おや、てっきりそんな話をするために僕を呼びつけたと思ったのに……どうやら学秀には自覚がなかったらしい。
「人を道具として使うのではなく、思いやるようになったんだね。人間として良い成長じゃないか?」
「……今はその言葉を素直に受け止めよう。だから、お前の知恵を借りたい___どうすれば、A組を救える?」
正式に助けを求める声を受け止めたわけだが……。そうだねぇ。
「まずは、理事長殿の教育方針を変えないと、根本的な部分からA組を救えないだろう」
今、A組を狂わせている張本人を否定しなければ、何も変わらないだろう。
「やはりか……だが、あの人の教育は狂っていると分かっていても適格なところを突く。あの人の教え方が正しいと思うほどに完璧なんだ。それをどうやって変えるんだ……?」
どうやって変えたらいいか……それはもう、僕にはこれしか浮かばないね。
「上から捻じ伏せる。僕だったらそう答えるね」
「上から……まさか、あの人が教えたA組を全員負かすと言うのか!?」
バンっと机を叩きながら、勢いよく立ち上がった学秀。
どうやら彼にとって、僕の発言は驚くというカテゴリに入るようだ。
「僕は下剋上って言葉が大好きなんだ。今まで弱者だって思っていた存在が牙をむいて強いものを負かす。その時に見る負けた者の顔を見るのが、僕は楽しいんだ。うん、僕はこれをおすすめするね」
「……無理だ、と言いたいが。理事長のやり方を否定するのであれば、それが一番良いな」
学秀は理事長殿の授業をベースにここまで生きてきた。だからこそ、その難しさを理解しているんだろう。
けれど、それが間違っていることだと言うには、理事長殿が教えた生徒たちを全員叩き落とさなければならないわけで。
……それを理解できただけでも、君は当初からかなり変わっていると思うよ。もちろん、良い意味でね。
「決まりだね。それじゃあ、どうやってA組を負かすのかって話だけど……丁度いい人材がいるんだ」
そうなれば次は、どうやってA組に勝ち、理事長殿の教え方を否定するのか、という話になる。
けど、僕はこの言葉を口にした時点で丁度いい存在を思い浮かべていた。
「丁度いい?」
「これまでテストという試合で対決してきたE組さ」
「!」
僕の言葉に学秀が目を見開く。
そして、考え込んでいるのか、口元に手を当て黙り込んでしまった。
「……確かに、丁度いい存在だな」
「納得した?」
「ああ。もとよりE組の存在は理事長によって作られたもの。あの理事長を殺すには最も適している」
「ふふん、だろう?」
話はまとまった。
僕は席を立つと、窓辺に近づいた。
その後ろを学秀が着いて来たと思えば、僕の横で足を止めた。別にこっちに来いなんて一言も言ってないんだけれど。
「おや、このチャイムは……」
「6時間目の授業が終わったか」
「ならばE組もそう遅くないうちに降りてくるだろう」
「僕が言うのもなんだが、本当に戻らなくてよかったのか?」
またその問いか。
心情を明かさなければ、彼はずっと疑問に思うだろう。答えてやるか。
「君が不安そうな声で話すから、放っておけなかったんだよ」
ほら、早く彼らを迎えに行こう。
そういえば、なぜかぼーっとしていた学秀が我に返って「わ、分かっている!」と怒りを含んだ声で返事をした。
2024/03/16
prev next
戻る