死神の時間
side.赤羽業
「もう3日か」
「余計な事しちゃったのかな……」
ビッチ先生が学校に来ないこと、3日が経過。クラスの雰囲気もどこか暗い。
「名前のやつ、まだ休みなの?」
「触手の暴走は思った以上にダメージが大きいんじゃないか? だから、もう少し様子を見よう」
「優しいねぇ、磯貝。惚れた女だからかな〜?」
「な、中村っ」
そして、名前も学校に来ていない。
あの日、触手を暴走させた名前は殺せんせーのお陰で止める事が出来た。
「……いや、あれは」
あれは殺せんせーが止めたって表現で良いんだろうか。俺は違うと思う。
だって、あの時の殺せんせーは間違いなく名前の触手を受けて重傷だった。誰もがそれを見ていたんだ、揺るぎない事実だ。
話はそこではなく、その次だ。
イトナ君は言っていた、触手に精神を完全に乗っ取られてしまえば、自力で正気に戻るのは困難だと。
だけど、あの時の名前は殺せんせーを刺して暫くして……泣き出したんだ。
ただ泣き出したのではない、殺せんせーを刺している事に対して拒絶反応を起こし、そして謝りだしたのだ。
おかしい。
目の前の事実に驚きつつも、頭の片隅にあった冷静さが、そう分析した。
名前は殺し屋だ。人を刺す所など何度も見ているだろうし、言い方は可笑しいけど慣れていると思う。だからこそ、拒絶反応を起こすことに疑問を持った。
そして、気絶する前に名前は殺せんせーに対し、こう聞いたんだ。『死んでない』『生きてる?』と。
「……ねぇ、名前」
名前は何か隠している事があるの?
いや、元より名前は隠し事が多いだろうけど、俺が言う意味は、殺し屋としての彼女ではなく、名前という人物に対してだ。
俺は最終下校時間まで残っていた。保健室で眠る名前が起きることを待って。
しかし、刻限まで名前は眠っているままで、名残惜しさを残して俺は帰った。きっと次の日会えるだろう、そう信じて。
『今日は苗字さんはお休みです』
『やっぱり、昨日の?』
『はい。触手の影響で全身に痛みがあるようで、今日は様子を見たいと連絡がありました』
だが、実際は俺の予想とは違った。
昨日の今日だから、名前は動くことが困難なんだという。だったら、次の日には姿を見せてくれるだろうか。そう期待したが、次の日も名前の姿はなく。
こうして今日を迎えているわけだ。……やっぱり、バレるの覚悟で家を特定しておくべきだったな。
「もし、イリーナ先生に動きがあったら教えてください! 先生、これからブラジルまでサッカー観戦に行かねば!!」
そう言って、マッハで教室の窓から出て行った殺せんせー。気楽で良いよね、ホント。
あぁ、さっき言い忘れていたけど、どうやら殺せんせーだけが今名前と連絡がとれている存在らしい。……俺、何度も連絡したのに、既読すらしてもらえないんだけど、なんで?
なので、クラスの心配はビッチ先生に向いている。名前は状況を分かっている人がいるから、ひとまず安心はできる。
けど、流石の俺でもここまで連絡無ければ心配はする。それに、ビッチ先生は名前が信頼している存在でもあるから。悔しいけど。
「ビッチ先生、大丈夫かなぁ」
「ダメ、やっぱ繋がんない」
「GPSや公共の監視カメラにも気配がありません……」
矢田さんが通話を試みたけど、やはり繋がらないようだ。律でも見つけられないとすれば、一体どこへ行ったんだろう。
「まさか、こんなんでバイバイなんて無いよな?」
「そんなことはないよ。彼女にはまだやって貰う事がある」
「だよね〜。なんだかんだ言ったら楽しいもん」
「そ。君たちと彼女の間には、十分な絆ができている。それは下調べで既に確認済みだ。僕はそれを利用させて貰うだけ」
視線は花束を持った男に向く。当然のように会話を聞いていて___気づいた。
「っ、!?」
平然と自然に俺達の空間に溶け込んできた人物。
それは、ここ数日前に見かけた花屋の男性だった。
「僕は『死神』と呼ばれる殺し屋です。今から君たちに___授業をしたいと思います」
2023/09/02
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