死神の時間
「……ん、んん……っ」
意識が浮上する感覚。
目を開けたら、ぼやけた視界。ああ、意識を失っていた証拠だ。
目を開ければ段々とはっきりしてくる意識。……背中に感じる、少し固いけど微かに感じる柔らかさ。どうやら僕は、何かに横たえられているらしい。
「……ここは」
目を開けたときに分かっていたけど、外はすっかり日が落ちてしまっており、夜の世界となっていた。
上半身を起こせば、自分がベッドに寝かされていたことを知る。……なんだ、このボロボロのベッドは。
というより、ここ旧校舎じゃないか。このボロボロな内装は絶対にそう。
自分がいる場所が分かった所で、次に気になる事は、誰が此処に運んだか、だ。
「いや、そもそもなんで僕、ベッドで寝てるんだよ」
先に考えるのは、どうしてベッドで寝ていたか、だろ。
とりあえずベッドから降りよう、と身体を動かそうとした。
「___っ!!?」
思わず反射で自分の身体を抱きしめてしまうほど、全身に今まで感じたことのない激痛が走る。
なんだ、この痛みは……っ!?
そう思いながら痛みに耐えていると、扉が開く音が聞こえた。
「あ、苗字さん!! 起きていたんですね」
「っ、ターゲット……?」
痛みに耐えながらも、なんとか聞き取れた声。それはターゲットの声だった。あぁ、そうだった。確かターゲットは基本この校舎にいるんだった。だから、この場に現れるのは、何もおかしな話ではない。
「体調はどうですか? ……まあ、その様子だと全身に痛みが走っているようですね」
「……」
「その痛みは、あなたが暴走した証拠です」
「暴走? ……っ!」
ターゲットに言われた言葉で、自分がベッドに寝ていた事と、謎の痛みについて分かった。
……そうだった、僕は触手を暴走させてしまった。そのきっかけもはっきりしている。この触手に誓った”殺す相手”がいたから、抑えきれなかったんだ。
「その反応だと、暴走した切っ掛けを分かっているようですね」
「どうしてそう思うんだい?」
「前にあなたは言いました。触手に願ったのは強くなりたいことだと」
「そうだけど……それが何か?」
「以前答えた内容___あれは、嘘ですね?」
……危ない、動揺してしまうところだった。
あまりにもターゲットが、確信したように言うものだから。けど、僕は簡単に本性を見せない殺し屋なんだ。簡単に化けの皮を剥がせると思わない方が良い。
「本当の事さ。殺し屋が強さを求めることがおかしなことかい?」
「……今はそう言う事にしておきましょう。本当は今すぐにでも聞き出したいですが」
「聞かないでくれ。思い出したけで、触手が騒ぎ出すんだ」
鈍い痛みだけど、一瞬だけよぎった顔に触手が反応した。また彼奴が目の前に出てきたら___考えるのは止めよう。
とりあえずはこの話題から離れないと。
「ふむ、却って刺激してしまうのであれば止めておきましょう」
「ああ。出来るなら、今後一生聞かないと約束してくれると嬉しいよ」
「___それは、できない約束です」
なのに、ターゲットはその気がなくて。
……一刻も早く、ここから出たいのに。でないと、僕は……僕は。
「触手を持つ身だからこそ、あなたの触手を取り除きたいんです。そのためには、あなたが触手に願ったことを知らなければならない」
……そうか、ターゲットも聞いた事があるんだ。触手の声を。
触手という共通点があるから、その危険性を分かっている。だから、イトナが触手を持っていたことに怒り、僕が触手を持っていたことを疑った。
「必ず聞き出します。あなたの身体を蝕み続ける触手から、救う為に」
「……かっこいいねぇ、ターゲットは」
「当然のことですよ。あなたは私の生徒なんですから」
……生徒だから。
その言葉が、僕の心を刺していることに、ターゲットは気づかないんだろうな。いや、気づかれてはいけない。
気づかれてしまったら、化けの皮を被ることが当然である僕じゃなくなってしまうだろ?
「! 着信音?」
「あぁ、僕の携帯だね」
スカートのポケットから振動を感じる。あれだけ暴れたというのに、携帯を落としていなかったとは。幸運なのか、このスカートのポケットが優秀だったのか。
……これについて深掘りする必要はないだろ。寝ぼけてるのかな、僕。
「……あ、彼奴からだ」
画面を見れば、ラファエルの名前が表示されていた。ついでに目に入った時刻を確認すれば、それはそれは遅い時間で。ま、殺し屋である僕には、時間帯なんて関係無いんだけどね。
「あいつ?」
「前にちょっとだけ話した、僕の触手を診てくれてる人だよ」
たしか、ターゲットにはラファエルの名前は伝えていなかったはずだ。謝って口に出さないようにしないとね。
「その人は、あなたにとって信用にたる人物なのですか」
「今日は随分と質問をするんだね。そんなに気になるのかい?」
「当然です。教師は生徒の事を理解してあげなければならないのですから」
……また、生徒だから、か。
ズキズキと痛みが増したことを気づかれないよう、いつも通りを演じる。
「それはまたの機会にしよう。そろそろ顔を出してやらないと、心配性の相棒が飛び出してくるかも」
「……分かりました。今日はもう遅い時間ですから、まっすぐ帰るんですよ」
校舎を出てからも、ターゲットは僕の姿が見えなくなるまで見送っていた。
……やっぱり僕、おかしくなったかもな。とっくの昔に心を殺したはずなのに、痛むなんてさ。
2023/09/02
prev next
戻る