堀部糸成の時間
「……きょ、今日の授業は……ここまで……。また明日……」
鳴り響く放課後のチャイム。
それと同時に静かに教室を去るターゲット。
今日一日中静かだった教室。
……あーあ、ほんっとうに。
「……面白いねぇ」
「あ、やっぱり名前も思ってた? 今日一日中針のむしろだったろうねぇ。居づらくなって逃げ出すんじゃね?」
聞くところ、ターゲットは生徒たちとの信頼を裏切りたくない性分らしい。今日は特に苦痛だっただろう。
「でも殺せんせー、本当にやったのかな。こんなシャレにならない犯罪を」
「地球爆破に比べたらかわいいもんでしょ」
「そりゃ、まぁ……」
「でもさぁ、仮に俺がマッハ20の下着ドロなら、こんなにもボロボロ証拠を残すヘマはしないけどね」
そういってカルマは何かを渚に投げた。
カルマが投げたのは、ブラジャーがついたバスケットボールだった。
「こんなことしてたら、俺らの中で先生として死ぬことくらい分かってんだろ。あの教師バカの怪物にしたら、くだらない真似して信用を失うことは、暗殺されんのと同じくらい避けたいことだろうけどねぇ」
「……うん、僕もそう思う」
……ほう。どうやら全員がターゲットを見限っていた訳ではないみたいだな。
少なくとも渚とカルマはまだ……というより、ターゲットが下着ドロではないことを確信していそうだな。
え?僕はどう思っていたのかって?勿論、この下着ドロの正体がターゲットではないことを早々に見抜いていたさ。
「名前も気づいてたんでしょ? これが殺せんせーを嵌める罠だって」
「ターゲットが巨乳好きなのは知っていたが、ブラジャーを買い込むまで落ちている、なんてことはなかったからな。早々に罠だって気づいたよ」
悲しいねぇ、僕より生徒達の方がターゲットと過ごした時間は長いというのに。こんな分かりやすい罠に気づかないどころか、まんまと騙されているなんて。
やっすい信頼関係だったって訳だよ。
……人間はそんなものだ。
信頼は一つ一つ積み重ねていかなければならない。
だって、崩れたらそこで終わりだ。元に戻すには再び重ねなければならない。面倒だよね。
「でも、そしたら一体誰が……」
「偽よ」
「? 不破さん」
「体色、笑い方。間違いなくこれは……偽殺せんせーよ! ヒーローもののお約束、偽物悪役の仕業よ!!」
優月の言っている事は分からないが……ターゲットがやったのではないと認識しているってことだろう。多分。
「ということは、犯人は殺せんせーの情報を熟知している何者か。律、私と一緒に手掛かりを探して頂戴!」
「はい!」
「その線だろうね〜。何の目的でこんなことすんのか分かんないけど、いずれにせよ……こういう噂が広まることで、賞金首がこの町からいなくなったら、元も子もない。俺らの手で真犯人をボコって、タコに貸しつくろーじゃん」
「はい!」
「うん!」
「おぉ!」
「永遠の0……!」
ふーん、ターゲットの偽物探しに行くって訳か。
カエデは別の目的のように聞こえるけど。
さて、僕は帰る準備を……
「勿論名前も行くよね?」
「いや、僕は……」
「行くでしょ??」
確か前にもこんなことあったような……。
しかし、最近の僕は夜に予定が___。
「!」
ポケットに入っていた携帯がバイブ音を鳴らす。
そして、1回で切れた。
「悪いな、急用が出来た。」
「えっ、苗字さ」
呼び止めようとした渚の声に振り返る事なく僕は教室を後にした。
歩きながら携帯のロックを解除し、先程の着信が誰だったのか確認する。
「……そうか。動くのか」
着信の相手はラファエルだ。
これは彼奴からの知らせだ___僕が殺したいほどに探していた彼奴が今日動くという内容の、な。
「何で気がつかなかったんだろうな。あんなにも近くにいたというのに」
偽装された声。
全身を隠す服装。
……あぁ、その奥から見える本来の姿を早々に見破っておけばよかった。
でも、殺したいという気持ちは初めて会ったあの日から変わらないさ。むしろ増幅したかな。
「今日をお前の命日にしてやる___×××××」
その名前を口にした瞬間、項がズキッと痛んだ。
2021/09/16
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