竹林の時間
今日は全校集会がある日だそうで、僕は三回目になる本校舎の体育館へと足を踏み入れていた。
今日も今日とて十分な睡眠を取れていない僕は立ったまま寝ようと思っていた。
「竹林……!」
「……ん」
隣から聞こえた”竹林”という単語に目が覚めた。
顔を上げるとステージにはお辞儀をしている竹林が視界に入った。
「……竹林の奴」
何か企んでいるな。
細かい内容は分からなくとも、君が何かをしようと思っている…それだけは分かるよ。
「僕のやりたいことを聞いて下さい。……僕のいたE組は弱い人達の集まりです。学力という強さがなかった為に本校舎の皆さんから差別待遇を受けています」
竹林が読み上げている原稿……あれは竹林が書いたものなのか?
誰かが用意したものの様に聞こえるんだよ……それに。
『僕は家族に認められるのが大事だと思った。だけど、今日理事長に呼ばれて……今の僕が正しいのか分からなくなった』
あの言葉は竹林の本心にしか聞こえなかったんだ。
悩んでいたのもきっと……今目の前で行われているスピーチが原因だと思うんだ。
「……でも。僕はそんなE組が___メイド喫茶の次ぐらいに居心地いいです」
どよめきの声が挙がる中、竹林は言葉を続けた。
「僕は嘘を付いていました。……強くなりたくて、認められたくて。でも、E組の中で役立たずの上裏切った僕を……クラスメイト達は何度も様子を見に来てくれた。先生は僕の様な要領の悪い生徒でもわかるよう手を変え品を変え、工夫して教えてくれた。___家族や皆さんが認めてなかった僕を、E組のみんなは同じ目線で接してくれた」
……答え、出てるじゃないか。
あの日見た竹林の様子はどこにもなく、とても清々しい表情をしていた。
「世間が認める明確な強者を目指す皆さんを、正しいと思うし尊敬します。……でも、僕はもう暫く弱者で良い。弱いことに慣れ、弱いことを楽しみながら強い者の首を狙う生活に戻ります」
弱いことに慣れ、弱いことを楽しむ……か。
君が決めた事なら、僕からは何も言う事はないよ。
「撤回して謝罪しろ、竹林……!さもないと……!?」
横からステージに現れたのは学秀だ。
どこか焦りのような声音に聞こえる学秀に竹林は何かを見せつけた。
「展示してあったものをくすねてきました。私立学校のベスト経営者を表彰する盾みたいです」
竹林が見せつけたのは表彰盾だ。
ベスト経営者とか言っていたから、恐らくあの盾は理事長殿の物……一体どうやって盗み出したのやら。
「理事長は本当にすごい人です。全ての行動が合理的だ」
竹林は内ポケットからナイフの形をしたものを取り出し、それを思いっきり盾に叩きつけた。
ガラスのように砕け散った盾。その破片一つ一つがライトに反射してキラキラと輝いていた。
「浅野君の言うには、過去にこれと似た様な事をした生徒がいたとか。前例から合理的に考えれば___E組行きですね、僕も」
砕け散った盾は、竹林の覚悟の表れ……家族からの縛りを打ち破ってやる。そんな心情が表れている気がした。
「……いい表情をしてるじゃないか、竹林」
その表情は今まで見た竹林の表情の中で一番清々しい表情をしていた。
***
「随分悔しそうだね、学秀」
やっと出てきた人物にそう声を掛けると、その人物はピタリと歩みを止めた。
鮮やかな橙色の髪を揺らしながら目の前に見えている人物…学秀はこちらを振り返った。
「竹林の件……まさかお前の入れ知恵か?」
「まさか。まあ相談はされたけどね」
「相談?」
「そう。……君含め本校舎の生徒は僕からはどう見えているかって言われてね。なんて答えたと思う?」
僕の問いかけに学秀は何かを思いだしたような表情を浮べた。
「あの時竹林が言った言葉……お前だろ」
「そうだよ。だって僕にはそう見えるんだもの……学秀。君が怯えているようにね」
”怖がっているだけの人にしか見えなかったけどね”
……これは竹林が学秀に向けて放った言葉だ。
どうせなら竹林の声で話し、その反応を見たかったが……学秀はE組生徒達よりも一般人だ。声を変えて話す事はできない。
「怖がっている?この僕が?……君の目はおかしいんじゃないのかい?」
「至って正常さ。これでも視力は良い方でね」
本来なら今は休み時間という短い小休憩時間だ。
きっとそのうち授業が始まってしまうだろう。……ま、僕にとって授業なんてそこまで重要なものではない。
「話は聞いている……お前、A組編入の話を二度も断っているそうだな」
「ああ。それがどうした?」
「いいのか?!ずっと弱者と呼ばれ続けるのが良いと言うのか!!」
……弱者、ね。
そんなの……
「そんなの嫌に決まってるじゃないか」
「ならどうして!!」
「どうしてって……別に椚ヶ丘で弱者と呼ばれても何とも思わないからさ」
「は……?」
彼は……学秀は知らないのだ。”本当”の弱者と言うものを。
「教えてやろう。……本当の弱者というものはな、世界に見捨てられる事だ」
自分の存在を認められない……それはある団体にという意味ではない。世界全てに見捨てられる事が本当の弱者と呼ばれるのだ。
「僕にとってこの学校のルールなんて遊びの範疇にしか思えないんだよ」
「何だと……!」
「君は知らないんだ……本当の弱者を」
「……ならお前はその弱者という意味を誰よりも分かっていると言うのか」
「分かっているから、こうして話しているんだろう?」
学校なんて少ない人数にではない……僕は生まれた国に存在を消された。弱者として扱われた。
……だから仕返ししたのさ。生まれた国に、自分を捨てた形だけの家族に。
「残念だけど、この学校のシステムは僕を絶望させるには弱すぎる。絶望させたいなら、もっと地獄を見せなきゃ」
そう学秀に伝えると、僕はE組校舎に続く山道へと足を向けた。
「……これ以上の弱者がある、だと?一体何なんだ……お前の中の弱者という定義は」
学秀がそう呟いた時、彼の視界内に僕の姿はなかった。
2021/04/24
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