1つだけ信じるものがあればいい
「……そうですね、やっぱり色の濃い服のほうが綺麗です。私も欲しいですね……」
場所はアアル村の村長の家付近。
遠目からある2人……キャンディスとディシアの姿が見えた。
「戻ってきたぞ! キャンディス、新しい報告があるんだ!」
パイモンの声にキャンディスとディシアがこちらを振り返る。
どうやら話に夢中だったようで、パイモンが声をかけるまで俺たちの帰還に気づかなかったらしい。
「おかえりなさい!」
「あんたら、もう仲良くなったのかよ」
「ディシアもいたのか!」
「それで、順調なのか?」
ディシアは俺たちがイザークの祖父のため調査していることを知っている。その件についてだろうと思い、俺は彼女の問いに短く返事をした。
「ん? アルハイゼンは一緒じゃないのか?」
ふと、ディシアはアルハイゼンの所在について問うた。イザークの祖父の件で忙しかったから、あいつについては特に気にしていなかったな。
一旦は奴を味方とするって決めていたからな。まだ疑いが晴れたわけじゃない。俺はまだアルハイゼンを警戒している。
「オイラたちも全然見かけなかったぞ」
「ふむ、村の入り口であいつを見たから、てっきりあんたたちも一緒に行動してるもんだと……まさか単独で調査してるのか……?」
あいつなりに何か気になることがあるんだろう。
それについては調査後に共有してもらうとして、俺たちは俺たちで調査結果をキャンディスに伝えなくては。
「それで、収穫はあったのですか?」
キャンディスの問いに、俺と旅人は調査した結果を彼女たちに告げた。
それ聞き、キャンディスは「なるほど」と呟いた。
「誰かがあるお香を使ってアアル村に追放されていた学者を連れて行った……」
「……キングデシェレトの復活? そんなこと、あたしは聞いたこともないけど。それと、あんたたちが言ったお香だが、あれは防砂壁の向こう側だけで流行しているやつだ」
お香についてだが、ディシアが良い情報を知っているようだ。
まだ話の続きがあるように見える。このまま情報を引き出そう。
「お香は普通、学者の愛用品なんだが……この近くにまともな学者なんてほとんどいないからな。いい値じゃ売れないのさ。しかも、お香はすごく綿密な製法じゃないと作れない。難しくて大変なのに儲からないような仕事、砂漠じゃ誰もやらねぇよ」
つまり、ディシアが言いたいことは___
「だからこの件は……きっと防砂壁の内部からの指示を得てるんだと思うぜ」
この件は教令院も絡んでいる可能性がある、ってことだ。
「理にかなっているな」
「うーん……じゃあオイラたちはどうすればいいんだ? 教令院の近くに行って手がかりを探すか?」
それが一番いい方法ではあるが、彼らはその教令院から逃げてきた身。そして、教令院の奴らによって洗脳まがいの様態になっているナマエが言っていたではないか___我ら教令院に影響を与える者らに粛正を行う、と。
つまり、前にアアル村を襲撃したのは、教令院からの指示によるものだったというわけだ。脅威度で俺たちを認識していたのだから、教令院側が旅人たちを警戒していないわけがない。
「いつもなら、そういう展開になるかもしれないが___今日はあたしがいる。あんたたち、得したな」
やめておけ、と告げようとした時だ。ディシアがそんなことを言ったのは。
……どういうことだ?
「さっき、この情報をあんたたちに告げたやつは、酒場でそのうわさを聞いたんだって言ったな? 実はあたしも酒場で飲むのが好きで、過激派についてはまあまあ知ってるんだ」
それはいいことを聞いた。
酒場は様々な人間が集う場所だ。情報収集をする際によく利用する場所の1つなんだ。なぜなら、そこには大勢の人がいる。そんな場所だからこそ、様々な情報が飛び交っているんだ。
ただし、今回の場合はただ情報が集まるだけではない。先ほど尋問した奴らはキングデシェレト復活について酒場で聞いたと話していた。
つまり、その情報を持つ人物が酒場にいる可能性が高い、となるのだ。
「たしか、過激派の代表はデリワーっていうやつだ」
「『丸目の肉屋』エンギル、『痘痕面の大強盗』デリワー、そして『髭のシャムシール』ジェバーリ。結構有名なやつらさ」
ほう、ディシアもデリワーの名前を知っていたか……そう思っていると、視界の端で旅人が身動きしたのが見えた。
「?」
何か考え込んでいるように見えたが……デリワー以外に知ってる名前でもあったのか?
それとも、調査に必要な名前かもしれないと覚えようとしていたのか?
まあ、どちらでもいいか。
まだディシアの話には続きがあるみたいだ。聞こう。
「こいつらの特徴は、みんな『金に困っている』ってとこだ。暮らしがうまく行ってねぇやつほど、キングデシェレトを信仰する。やつらにとってキングデシェレト復活は、教令院を転覆できる唯一の機会なのさ。スメールをメチャクチャにすることでしか、ここの生活を根本的に変えることはできない。やつらはそうやって考えたから、過激派になったんだろう」
「ディシアってすごいな! ここの顔役みたいだ!」
「ハハハッ、憲兵の仕事をやっていく上で、情報収集は必要不可欠なのさ。酒に費やした金は、少しも無駄になってないぜ。」
なるほど、それがディシアの考えか。
今ディシアが名を挙げた人物がいるかどうかは分からないが、酒場へ行けば過激派の情報は手に入れやすいかもしれない。まだまだ情報は必要だ。
「なら早速___」
時間が惜しい。
ならばすぐにでも出発しよう。そう言おうとした時だ。
「おっと、待て。セノ、あんたはアアル村に残れ」
ディシアにそう言われたのは。
「……なぜ?」
ディシアに残れと言われた理由が分からなかった。
共に防砂壁の内部へ行くものだと思っていたんだが……俺をアアル村に残れと言うなら、それ相応の理由を提示してもらおうか。
「アアル村は小さな村だからな。外から来たものはすごく目立つ。すでに、あんたらに関するうわさは広まってるんだ。砂漠は環境が劣悪で、生活も厳しい。防砂壁の向こう側なんかとは比べ物にならない。そういうところで何かしたいときは、人脈に頼らざるを得ないだろ」
俺も砂漠出身だ。
砂漠で生きることがどれだけ厳しいものか分かっている。それが俺をアアル村に残す理由になるのか?
「あんたに比べれば、あたしみたいな憲兵は三流の一兵卒に過ぎないし、戦闘力なんて取るに足らない。だけどこれは特に、信頼を得やすいメリットになる」
ディシアの戦闘力は、彼女が告げた自身の評価のより、もっと高く見えるが……まあいい、話を聞こう。
「人々に話を聞く時、あんたがいちゃ色々と説明しにくい場面が出て来るんだ」
「……」
「それに、昼間の件……あんたの部下だって女のこともある」
「!」
ディシアが言った女というのは……間違いなくナマエを指していた。
「またアアル村を襲撃する可能性だってある。その時のために残っていてほしい」
「……分かった」
あの時はキャンディスの助けと、彼女を見たナマエが隙を見せてくれたことで撤退へ追い込めただけだ。
だが次、彼女がここへ襲来した時……俺は次も戦えるだろうか。
いいや、戦わなくては。
俺は見られている。監視されている対象なんだ。……少しでも下手な真似をすれば、俺の目的を悟られる。
いや、とっくにバレているのかもしれない。
それでも、正気を失ったナマエを救うという方法だけは隠し通さなければ。……それすら罠だとしても、それを理由に大切な人を見捨てたくない。
「よし、なら決まりだな。旅人とパイモンはあたしと一緒にキャラバン宿駅に来てくれ。一刻も早く狂学者たちの行方を突き止めよう。セノは村に残って調査を進めてくれ」
ディシアの言葉に俺は頷く。
顔が通っているディシアの指示に従った方がよさそうだ。それに、ここに残れば多少は俺の評価がアアル村にいい意味でも悪い意味でも浸透するはずだ。
「おう! 行こうぜ!」
パイモンの声が遠くなる。
ちらりと横を見れば、ディシアと旅人、パイモンはアアル村の出入口へ向かっていた。もう日は落ちているというのに、今から出発するらしい。
「ディシアはとても知慮に富んでいますから、彼女の言ったことには何か理由があるのでしょう」
ふと、キャンディスが声をかけてきた。
その内容はおそらく、先ほどディシアが俺に掛けた言葉についてだろう。
「これもすべて問題解決のため。セノさん、あまりお気になさらないでくださいね」
ディシアをよく知るからこそ言える言葉だろう。
俺の反応が鈍かったからなのか、キャンディスは少し心配してくれたらしい。
「ああ、気にしていない」
「あら……ずっと遠くを見ているようでしたので、てっきりディシアの言葉を思い出しているのかと思いました」
本当に気にしていないんだ。
なぜなら、俺は元々そのようにみられることが多いから。
そのことについて俺はキャンディスに話す。慣れているから気にしてない、と。
「力を恐れるのは至って普通のことだ。気にする必要はない」
だが、こんな俺にも気軽に声をかけ、信頼してくれた人がいた。
『セノ先輩、私の案を聞いてもらえませんか? こんな感じなんですけど……えっ、本当ですか?! やったっ……って、今は仕事中、仕事中……』
『行きましょう、大マハマトラ様。援護はお任せください』
それがナマエだった。だから俺もナマエのことはとても頼りにしていた。……本当に、心の底から思っていたんだ。
「周りの評価など、とうの昔に気にしなくなった。俺は、俺を信じてくれる人がいれば、それでいい」
そうキャンディスに言えば、何かを察したのか微笑みが返ってきた。
2024/04/07
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