努力を応援した心の裏側



「さっきはびっくりしたぞ! セノってすっごくこわいんだな……」

「敵じゃなくてよかった」


場所を移動した後、旅人とパイモンのそんな会話が耳に入る。


「ふむ」

「まったく否定しないな……。すごく慣れてるぞ。色んな人に言われてきたんじゃないか……?」

「だったら尚更怒らせないようにしないと……」

「聞こえてるぞ」

「ごめん!」

「ごめん」

「……マハマトラの仕事と責務とはこういうものだ」


あくまで仕事としてやっているだけだ。プライベートでもこんな感じではない。それに、右腕である彼女からはそんなに怖がられたことはないんだが。むしろ「頼りになる」とか「話しやすい」やら、「優しい」とも言われたことがある。

……いかん、話が脱線しかけた。元に戻そう。


「さっきの噂は手がかりの一つになるだろう。だが、まだ多くの場所に行く必要がある」

「なら、例の学者の家に行ってみよう。そこに手がかりがあると思う」


なるほど。
情報を集めている者にとって身近な場所だから、ということだろう。


「いいだろう」


となると、俺たちはあのグラマパラの家を知らない。というわけで、現時点で学者をよく知るイザークに案内を頼もう。


「おーい、イザークーー!」

「うん、いるよ!」


パイモンの声にイザークが返事をする。
移動した場所がちょうどイザークが待機していた付近だったようだ。
俺はイザークのほうへと振り返り、学者の家について彼に尋ねた。


「お前の祖父の家はどこだ?」

「おれが案内するよ。みんなついて来て」


イザークの後を付いて行く間、彼から行方不明になった学者について話してくれた。

イザークの祖父……今回行方不明といわれている学者は、村人に聞いた通り、いつも一人でぼーっと空を見ていたり、指で地面をいじっていたりしていたそうだ。
そして、唐突に大声で叫びだすこともあったらしい。

その奇行に村人は気味悪がっていたようだ。それでも、イザークにとっては心の底から信頼している存在なようで。……本当の祖父ではないことをわかっていても、だ。


「ここがおじいちゃんが普段住んでいる場所だよ」


しばらくして、イザークがある場所で足を止めた。
そこには家と呼べる建物はなく、レンジャーが調査のため仮拠点として建てるテントのようなものが設置されているだけだった。

……とても、住む場所とは言えないな。


「なんか、寂しい場所だな……」

「ん? この匂い……セノ、お香の匂いがわかる?」


ふと、旅人が俺にそう問いかけた。
お香、お香……何か香っているのか?


「いや」


俺には何も匂ってきていないが……彼はそれを認識している?


「お香? あっ! もしかして、あの匂いか!」

「そう、あれ」

「大丈夫か!? 頭がクラクラしてないか? 具合はどうなんだ?」

「俺にすら分からない匂いが分かるのか……?」


二人には共通認識があり、パイモンによれば身体に何かしら影響がある匂いらしい。俺には全く感じない……一体、どんなものなんだ?


「前にもこれと同じようなお香の匂いを嗅いで、こいつ、気絶したんだ。その後ティナリに助けられて、長い特訓をしたんだけど…」


パイモンが詳しい説明をしている時だ。その中に知人の名が出てきたのは。


「お前たちはティナリを知っているのか」

「えっ? おまえも知ってるのか? 友達か?」

「ああ」


あまりにも突然だったため、少し緩んだ声が出てしまった。しばらく会っていないからだろうか。

彼、ティナリは教令院からの付き合いだ。
……あいつにナマエの件を伝えたら、彼らしい罵倒の声がぶつけられるんだろうな。それほどに俺の判断は間違いだったんだから。


だが、それをそのまま放置しないために、クラクサナリデビを救出する。あわよくば、ナマエを救う方法を聞き出せないだろうか。

ナマエの情報が少ない今、決定打になりえるのは草神だけなんだ。手がかりとなりえる証拠は拾えるだけ拾わなければ。


「……精神を集中させると、確かに香の匂いがするな」


旅人の話が嘘と思えなかった俺は、再度その香の匂いを感じ取ろうと集中する。すると、わずかではあるが匂いを感じ取ることができた。彼の発言は本当だったわけだ。


「もしかしておまえもティナリのところで特訓したのか?」

「いや。その必要はない」


どうやら旅人たちはティナリの協力のもと、この香の匂いを嗅ぎ取れるようになったらしい。……だが、俺の目の前にいる旅人の表情は、少しばかり気分が悪そうに見える。


「この匂いは苦手……」


精神的なものもあるだろうから、あまりこの場に長居はしないほうがいいかもしれないな。だが、肝心の手がかりを探し切れていない。彼の様子を見つつ、行動したほうがよさそうだ。

……さすがの俺でも、本心で嫌がっている人に対し強制させることには抵抗がある。悪人の場合は除くが。


「前にティナリの家でこの匂いを嗅いだのか?」

「いや、森で修行してた学者のところで……」


森、学者……修行、か。
偶然にも、この場に漂っている匂いは、旅人が以前嗅いだ匂いと同じのようだ。何かつながりはあるはず。


「他の手がかりがあるかどうか……とにかく、二手に分かれて効率よく探そう」

「気分が悪くなるようなら、適度に休め。動けなくなって困るのはお前だからな」

「ありがとう、セノ」


……彼がモンドへ踏み入ったことがあるから、だろうか。
どこか彼に対する対応が、ナマエと同じになってしまっている気がする。

今では俺の右腕として隣に立っているナマエだが、初めて砂漠を訪れたときは体調をよく崩していた。
異常なことではない、むしろナマエは砂漠出身ではない以前に、スメールの人間ではない。ティナリが砂漠の地を苦手にしているように、ナマエも慣れない環境に瞬時に適応できなかったんだ。


それでも、ナマエは頑張って克服しようと努力していた。


『マハマトラとして、砂漠に赴く機会は絶対にあるんです。苦手だからを理由にしたくありません!』


仕事では、時として苦手も受け入れなければならない。だが、身体が受け入れられないなら、さすがに除外するしかない。
……しかし、ナマエはそれを嫌がった。何としてでも慣れてやると意地のようなものを見せたんだ。

……俺はその頑張る姿を支えたくて、何度も彼女の特訓に付き合った。なによりも、砂漠の地出身である俺としては、砂漠に慣れたいという言葉は嬉しかったんだ。


『だいぶ慣れてきたと思いませんか? ……あ、その笑い方! 絶対揶揄ってますよね!?』


思わずこぼれた笑みを馬鹿にされたと受け取ってしまうかわいらしい後輩に、本心は告げなかった。
……砂漠を受け入れようと頑張るお前の姿に、喜びを感じていただけだと。当時の俺はそれを伝えることができず、今もあの時の笑みについて真実を告げていない。

なぜなら、それは俺がナマエに抱く気持ちを告白したも同義だから。


「……!」


砂漠で生まれたナマエとの思い出を振り返りつつも、きちんと調査を行っていたさ。その証拠にほら、手がかりになりそうなものを見つけた。


「何を探してるんだ?」


後ろから聞こえた声。
しゃがんで地面を眺めていた時、パイモンが俺にそう問いかけた。


「あった。これを見ろ」


俺の言葉に近づく気配。三人は俺が告げた場所に視線を落とす。


「うぅ……なんにも見えないぞ」


だろうな。
だが、砂漠に慣れている者なら気づくだろう。


「微かな痕跡だ。砂でほとんど隠れているが、足跡だよ」


そう、俺が見つけたのは足跡だ。
砂漠で吹く風によって上から砂が被ってしまったようだが、確かにそれは足跡だった。


「恐らく成人男性の足跡だろう。この模様……この辺りでよく見かける靴のようだ。ということは……村人だな。匂いも……とても薄くなっているが、まだ残ってる。この足跡は外に向かってるな」

「誰かが来てたってこと?」

「でも、一体誰がおじいちゃんを探しているの? 友達はいなかったと思うんだけど……」


よく一人で過ごしていた、という話だから、友人と呼べる人も、共に過ごす人もいなかったということか。
となると、答えは一つしかない。


「それは、香を使ってお前の祖父を誘い出した者に直接聞くしかないだろう」


先ほど、旅人が話していた森で香を嗅いだという話。その香は学者が焚いたものだろうと予想している。
なぜなら、学者は香の匂いを好む傾向があることを、俺が知っていたからだ。


「誘った……そうか!」

「えっ? 匂いなんかで人を連れ出せるのか?」

「パイモンが美味しいものを嗅いだ時みたいに、簡単に釣られると思う」

「おいしい食べ物が好きでなにが悪いんだよ! みんな自分の好きなものがあるだろ!」


……パイモンが美味しいものが好きという話はさておき。
好みというのは、頷ける部分がある。


「ああ。そして学者はほとんどが香の匂いを好む。噂では、こういう香りは心を落ち着かせ、知識の探求を助けてくれるらしい。この匂いに釣られたということは、たとえ狂気に陥っても尚、知識を探求していた歳月を懐かしむくらいはできるんだろう」

「うぅ……おじいちゃん……」


姿を消した祖父を想い、落ち込むイザーク。
今の俺は彼と同じだ。

本来であれば明るい様子を見せるというのに、操られてしまったことで何もかもが抜け落ちたかのように変わってしまったナマエ。本来の彼女を取り戻すために行動している俺は、祖父を探すイザークと変わらない。

いつか必ず、共に歩けることを信じて。


「そんな弱点を利用するなんて……でも、こんなことをして犯人にどんなメリットがあるんだよ?」


メリット、か。
パイモンは先ほど聞いた話をもう忘れたのか?


「___キングデシェレトの復活のため?」


グラマパラが行方不明になっていること。
キングデシェレトの復活がうわさされており、その復活には狂人が必要とされていること。

……旅人が告げたように、俺はキングデシェレトの復活が関係していると考えている。


「噂は本当だったってことか?」

「これが現状、唯一関わりのある事件だ」

「狂った人をわざわざ連れていくなんて……あの過激派となにか関係があったりしてな?」

「可能性は少なくないだろう」


あまりにも証拠が揃いすぎている。……真実を目にするまでは信じないようにするが、キングデシェレトの復活が本当のことであれば、ほぼ間違いない。


「おじいちゃんを助けて! 悪いことなんて絶対してないんだ、お願いだから助けてあげて!」


……きっと、ナマエならここで即答するだろう。「わかったよ」「必ず助け出す」とな。
罪のない人が不幸になる理由があってはならない。……そんな信念を持ったやつだったから。


「こうなったら、連れ戻しに行こうぜ! 安心しろ、イザーク。悪いやつらはオイラたちがやっつけるからな」

「まずはアアル村に戻って、関係するやつらに報告してやってから、人探しに行こう」


情報整理も兼ねて、関係者……まぁ、該当するのは村長とキャンディスくらいだろうが、二人には話しておかなければ。

……もしかしたら、またあいつが襲来してくるかもしれないからな。






2024/03/10


prev next

戻る














×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -