八:赤雛罌粟
「……今日も駄目だったでござるよ」
光を失った神の目の近くに座り、膝に乗った白猫を撫でる。……ここはかつて共に旅をした友人が眠る場所だ。
稲妻に来る度に名前と会えなかったことを話している。……彼もそろそろ聞き飽きたでござろうなぁ。
友人には名前についてよく話していた。将来を約束した存在だったこと、家が伝えてきた武芸を何よりも誇りに思っていること、母親を失って一人になってしまったこと、ずっと探していること……友人は拙者の話を黙って聞いてくれた。
「全く、かくれんぼが得意だったとは初耳だ。拙者の耳や鼻がここまで適わぬとは……拙者も、まだまだでござるな」
幼き頃、名前は拙者の長所を聞いて目を輝かせていた。その姿がとても愛らしかった。……だが、数年後は自慢するどころか負けているなど、当時の自分に予想できたであろうか。
「あと数日は稲妻に滞在する予定でござる。その間はまた、拙者の話を聞いてくれ」
とは言っても、名前についての話が大部分を占めるだろう。当然、旅の話も語り聞かせるが、やはり自然と口に出してしまうのは名前だ。
友人がまだ生きていた頃、彼も名前の身を案じてくれた優しい人だった。そして、拙者と名前が再会することを最期まで望んでくれていた。
「……いつか必ず、お主に名前を紹介するでござるよ」
白猫を膝から下ろし、友人のことを頼むと言うように頭を一撫でする。
……さて、また稲妻城入り口付近へ参ろうか。そう思った時だ。
「___!!」
遠くから何か聞こえた。言葉までは聞き取ることはできなかったが、恐らく幼子の声。それに続くように男の声が聞こえる。親子喧嘩と蹴ることもできるが、こんな人気のない場所で行うことだろうか?
あり得ぬ事だと言い切れぬが、親子喧嘩よりも可能性として挙がるものがあるだろう。そう、例えば……人攫いとか。
「……チッ」
何分、見ぬフリをする性分ではない。今参ろう。
神の目の力を使って風を起こし、崖を登る。登り切った後、声が聞こえた場所へと駆けて行く。
「!」
そこには数人の流浪がいた。その者達の奥には、既視感のある気配を感じる。……そう、前に宵宮殿の家で感じた幼い気配と似ている。
その気配の主が誰であったのか結局分からず仕舞いだが、今は助ける事が先決だ。
「お前の母親は俺達の仲間を斬った!」
「同じ目に遭うのが通りだよなぁ……?」
なるほど、復讐か。武士として情けない。
「母上を、母上を侮辱するな……!」
「その目を見てると、今すぐ殺したくなる……!」
「ひっ……っ」
「そうそう、その怯えた顔! あのイカれた女の顔が歪む姿が拝める事を考えたら、顔がにやけちまうぜ……!」
声が聞こえた……幼子の声だ。それも、どうやら親絡みであるらしい。あの幼子は間違いなく、彼らの狙う人物を誘い出すための餌だ。
「準備は完了だ。あとは社奉行にこれを突き出せば…」
「そこまでだ」
いつでも抜刀できるよう茎に手を掛ける。
拙者の声に反応した流浪達はこちらを振り返った。
「お前、何者だ!?」
「拙者か? 拙者は名乗るような者ではござらぬよ」
……特に、子を攫うような者にはな。
神の目が自分の意思に呼応し、風が発生する。その風に目先の流浪達が吸い寄せられていく。
「風の赴くままに」
神の目の力で発生した風で流浪達を引き寄せながら、その気流に乗り舞い上がる。そして、引き寄せた流浪達に向かって落下し斬り付ける。
呻き声を上げながら倒れる流浪達を横に幼子がいるであろう場所へ駆ける。まだ向こうは戦意を失っていない。安全確認はもう少し先だ。
「幼子よ、もう少しの辛抱でござるよ」
こちらに刀を向ける流浪達を目に、自分の背後にいる幼子へ声を掛ける。返事は返ってきておらぬが、震えた息づかいが聞こえる。意識はあるようだ。
それと同時に、この状況に怯えてしまっている事が分かる……当然の反応だ。むしろ、泣きわめかない事が驚きだ。強い子でござるな。
「お前、まさか……楓原万葉!?」
「おや、どうやら思った以上に拙者は稲妻で有名人になってしまったようでござるな」
だが、復讐に燃える者に覚えられても嬉しくなどない。むしろ不快だ。
「拙者はお主らが企てている事を全て聞いた。……何が理由であろうと、人を攫い、そして殺すなど許されることではない」
「お前に何が分かる!! あの女は全てを奪った! ならば、同じ目に遭うのが通りだろう!?」
「お主らの気持ちが理解できぬ訳では無い。だが、それでも善し悪しの境界があるはずでござる」
「仕方ねぇ、英雄だろうが関係ない……俺たちの邪魔をするなら斬るだけだ!!」
「……はぁ。身を引く気があれば見逃そうと思ったが、無理のようでござるな」
一度鞘に収めた刀の茎に触れる。神の目の輝きが増し、自分の周りに風が緩やかに発生していく。
「雲隠れ、雁鳴く時」
刀に風を纏わせ、前方の流浪達に向けて刀を薙ぎ払う。同時に紅葉が周囲を舞う。風に囚われた流浪達は風による斬撃を受け、その場に転がった。
「さて、まだ戦意があるのであれば……相手をしよう」
「っ、」
「ないのであれば……此処を去れ」
流浪達がその場から去る。その気配が感知できなくなった事を確認し、刀を鞘に収める。……漸く拙者の背後にいる幼子の安否を思って振り返った。
「……は?」
そこには幼き自分によく似た幼子がいた。……それだけではない。蒼色の瞳に一房だけ目立つ青紫色の髪……その色は、その色は……!
「あなたが、楓原万葉……?」
「……如何にも」
桔梗院の血は一目見れば分かる特徴がある。1つは青紫色の髪色、2つは蒼色の瞳。……目の前の幼子は拙者に似ておりながらもその特徴が確かに出ていた。
まさか、あの日……名前と面と会話できたあの夜、自身の幼い心で蒔いてしまった種が芽を出したというのか?
そして、彼女がその芽をここまで育てたというのか?
「お主、父親は誰だ?」
「父上? 拙者には父上はおらぬ。母上がそう申しておった」
幼子の言葉に心臓が脈打つ。……父親の存在を知らぬと言う発言が、今頭を占めている予想が事実ではないかと思い込んでしまう。
……名前。お主は何を想って拙者を避けていた?
拙者のことを嫌いになったからという発言は聞かぬ。何故なら、目の前の幼子はあまりにも拙者に、お主に似ておるではないか……っ。
「楓真! どこにおるんや、楓真ーーー!!」
「! 宵宮の姉君!!」
考え込んでいると、遠くから宵宮殿の声が聞こえた。振り返ればそこには、息を切らした宵宮殿がいた。
「……って、万葉!!」
「宵宮殿。……どういう事か説明を求める」
こちらに駆け寄ってきた宵宮殿は、頭を抱え込んで何か悩んでいる様子。彼女の反応が、更に拙者の予想が事実であるのではないかと思い込ませる。
「……社奉行へ行こう。そこであんたが聞きたいこと全部話したる」
この幼子が攫われていたことや、拙者に似ておること、そして所々彼女の面影を感じることなど、色々知りたいが、宵宮殿の言う通りにしよう。
「承知した。では社奉行へ参ろう」
***
楓真と呼ばれた幼子の手を引く宵宮殿の後ろを、拙者は着いて行く。しばらく歩けば社奉行本部、神里屋敷に辿り着いた。
立派な門が目の前にさしかかったところで、誰かが走り出てくる。その者達は拙者達を見て足を止めた。
「あ、宵宮! それに楓真も!!」
「良かった、無事だったのですね……!」
「パイモン殿、綾華の姉君!」
出てきたのは蛍、パイモン、そして綾華殿だ。無事だった、とはどういうことだろうか。拙者はまだ事の内容を聞いておらぬ故、状況を把握できていない。
「鎮守の森にいたのか?」
「おん。けど、助けたのは……万葉や」
そう言って宵宮殿は拙者の方を振り返る。そこで漸く拙者の存在に3人は気づいた。
「か、万葉!?」
「うむ、万葉でごさるよ」
「ど、どうしよう……名前にどう説明したら……!」
「もう隠し通す事はできません……!」
ヒソヒソと話しているようだが、すべて聞こえておる。というより、名前の名が出たと言うことは……もう確定だろう。だが、真実を知るまでは自惚れないでおこう。
「……これを気に名前には覚悟を決めて貰う。あんたも、そろそろ疲れたとちゃうか?」
宵宮殿が拙者に問いかける。その内容は多少暈かしていたのかも知れんが、拙者には理解できた。
「……うむ、そうだな。では遠慮なく教えてもらおう」
「分かりました。どうぞこちらへ」
綾華殿が屋敷へ入るよう促す。4人が入っていく様子を見送った後、奥に見える立派な建物へと足を進めた。
***
「さて、まずはどこから話そうか……」
神里屋敷客室。
その部屋には拙者を含めた6名……綾華殿、蛍、パイモン、宵宮殿……そして、気になる少年……楓真が入室していた。
拙者の目の前には顎に手を当て考え込む宵宮殿と、その隣に座っている例の少年がいる。……やはり幼き頃の拙者によく似ている。
「やっぱり、この子についてからがええか」
そう言ってポンッと少年の頭に手を乗せる宵宮殿。……どうやら彼女には拙者の心情を見抜かれていたらしい。少し見つめ過ぎたのだろう。
「楓真。あんたは初めて楓原万葉を見たわけやけど……感想はどうや?」
「感想?」
「おん。一発目に見て思ったことを言ってみぃ」
宵宮殿に言われ、少年は考え込む。名前と同じ色である蒼色の瞳を数回瞬かせ、宵宮殿を見上げた。
「蛍殿とパイモン殿の言っていた通り、拙者とそっくりだと思った」
薄々思っていた事だが、口調も拙者と似ている。
拙者は物心が着いた時には既にこの口調だったため、あまり意識したことはなかったが……よく似ておる。
「それだけか?」
「それだけ、とは?」
「他人の空似というには似すぎておるとは思わんか?」
「……宵宮の姉君の言っている事が分からぬ。どうしてそんなことを聞く?」
宵宮殿が彼に言わせようとしている意図が分かった。……きっとこれは拙者だけでなく、周りも同じ事を感じ取っているはず。
「そうやなぁ、あんたは母ちゃんの言うことが全て正しいと思っとるもんな」
「よ、宵宮の姉君! それは言っては……!」
「大丈夫や、ここにいる全員があんたの母ちゃん知っとるからな」
「え、でも……」
そう言って拙者を振り返る蒼色の瞳。……何故自分の母親について濁そうとする?
その疑問も後に聞くとしよう。先程言質は取ったでござるからな。
「あんたの母ちゃんは1つ大きな嘘を楓真に付いた」
「え?」
「楓真はいつも寂しそうやったなぁ。……友達の父ちゃんと母ちゃんを見るあんたの目は、羨ましそうに見えたわ」
「! そ、それは……」
「本心を隠そうとする所、ほんっとあの子に似とんなぁ。……でも、その憧れはやっと現実になるで」
宵宮殿は一瞬だけ少年に向けていた視線をこちらへ移した。……その視線が、拙者の思っていた事に対する答えだと感じた。
「名前はあんたに父親はおらんって言った。……けど、それは嘘や。あんたには父親がおる」
「拙者に父上が……?」
「そして、その父ちゃんは……今あんたの目の前におる」
宵宮殿を見上げていた蒼色の瞳がゆっくりとこちらを向く。その大きな瞳は動揺を含んでいた。
「楓原万葉が、拙者の……父上?」
「左様。……だが、拙者も今お主が自分の子だと知ったでござる」
ありのままの言葉を少年に……自分の息子へ伝える。
……本当に知らなかったのだな、拙者が父親ある以前に、自身に父親がいることを。
「___楓真」
「!」
「良い名でござるな。……会えて嬉しいでござるよ」
そう伝えた後、楓真は顔を下げ俯いてしまった。どうしたのだろう、と顔を覗き込むように顔を動かした。
「!」
「拙者にも……っ、拙者にも、父上がいたのだな……っ」
声を震わせながらそう言った楓真は……泣いていた。容姿は幼き自分にそっくりなのに、その様子は幼い頃の名前によく似ていた。
「!」
自然と上がっていた腰。そして足は楓真の元へと進んでいく。
目尻に涙をため、不思議そうに拙者を見上げる楓真の目線に合わせるように屈み、目の前の小さな身体を腕の中に閉じ込めた。
その瞬間、せき止めていたものが一気に溢れ出したように楓真が大声で泣き出した。服を掴む弱々しい力を感じる……余程寂しい思いをしていたらしい。
拙者は幼子の扱いなど知らぬ。家が廃れた後は放浪の日々……多少、会話する機会はあったが、それだけだ。
だから、拙者に子供がいたことに驚きを隠せない。冷静を装っているが、内心はずっと動揺している。
しかし、何故だろう。
子育ての知識など持ち合わせていないというのに、先程知ったばかりだと言うのに……楓真に対し愛おしさを感じておる。これが、親になると言うことなのだろうか?
***
「……と言うわけで、楓真は正真正銘あんたの子供や」
泣き疲れた楓真は拙者の腕の中で眠っている。その寝顔は名前にそっくりだ。その頭を撫でながら、楓真が座っていた場所に腰を落ち着かせ、宵宮殿の話を聞く。
「では、楓真の母上は名前で間違いないでごさるな」
「他に女はおらんっちゅーわけやな」
「拙者は名前一筋でござる」
「やっぱり万葉は名前のこと大好きだな」
「当然でござるよ。最初で最後の女性でござるからな」
自分と名前に似た髪色の頭をそっと撫でる。……しかし、今日が初対面だというのに、本当に安心した顔で眠っている。拙者が本当に父親であることを本能で感じ取っているのだろうか?
「して、何故楓真は襲われていたのか?」
「実は……」
蛍と宵宮殿から楓真が流浪に襲われていたことを聞く。
元々は楓真が拙者を見たいという話から始まったらしく、蛍とパイモンは拙者を探していたらしい。本音を言うならば稲妻にいる可能性が低いため、期待は薄かったらしい。
拙者を見かける場所で、人気の多い場所である稲妻城入り口付近と紺田村を訪れていたようで、その紺田村で宵宮殿と偶然鉢合わせ。その後、友人と遊びに出かけた楓真は流浪に攫われた……という経緯のようだ。
「楓真を攫った流浪達は、名前と何か関係があるのだろう」
「そうなの?」
「一部始終を見ていたのだが、楓真を攫ったのは名前が関係している。やはり流浪狩りが関係していると見た」
「恨みを持たれても仕方ありません。指示した者がいたとはいえ、それを実行したのは名前さんですから。……本来なら、その恨みの矛先は指示した者であるはずなのに」
悲しそうな表情を浮べる綾華殿は、名前の事を心の底から信頼しているのを読み取れる。
……彼女の言う通りだ。名前は利用されていただけでござる。だが、何故名前に流浪狩りをさせたのだろうか?
「おや、なんだか賑やかですね」
突如開かれた襖。そこから顔を覗かせたのは見知った顔だった。
「あ! 綾人だ!」
「お久しぶりですね、お二人とも」
神里綾人。綾華殿の兄であり……宵宮殿が言うには、名前を救ってくれた恩人。
初対面ではない。その姿を見かけた機会は片手で数える程度だが、ある。だが、こうして近くで見るのは初めてだ。
「そして……楓原家の末裔、楓原万葉さん。神里家へようこそ」
「神里綾人殿。貴方については耳にしている」
「ふふっ、それはそれは。……それで」
綾人殿は拙者の腕の中に眠る楓真へと視線を下ろす。……そうか、名前を救ったものであるのなら、楓真の事を知っていても可笑しくない。
「漸くですね」
「漸く?」
「ええ。いつか親子揃った姿を見たかったのですよ。本当に貴方の血を濃く継いでいる」
ですが、親子が揃ったというには足りない人がいますね
その『足りない人』は間違いなく名前の事を指しているのだろう。
「綾人殿。名前は今どこにいる?」
「彼女は神無塚で潜入調査を行っています。予定では明日頃には鳴神島に戻ってきて、日が沈む頃には屋敷に到着するでしょう」
潜入調査……か。拙者は名前が桔梗院家の事について調査をしていることだけしか知らぬ。宵宮殿曰く、現桔梗院家の当主について探っていると言うが……命を賭けてまで調べていることとは何なのだろうか。
「気になりますか?」
「当然でござる。……拙者はまだ、今の名前について知らない事が多い」
「教えて差し上げたい所ですが……それは直接本人に聞けばよいかと」
綾人殿の発言に首を傾げる。
この人は名前が拙者を避けていることを知っているはず……何故そのように言った?
「彼女は明日ここへ戻ってきます。確実に会えますよ」
「だが、名前は拙者を目にすれば逃げてしまう。どうすれば……」
そう思っていると、腕の中から声が聞こえた。そう言ったが、その声の主は1人しかいないわけで。
「うぅ……ははうえ?」
「母上はおらぬよ、楓真」
「あ、えっと……父上」
「うむ。おはよう、楓真」
「……おはよう、父上」
腕の中で眠っていた楓真が目を覚ましたようだ。拙者が彼女の名を口にしたから、反応して目を覚ましたのだろう。
何故そう思ったのか?
眠たそうな顔を浮べながらも、辺りを見回している様子から予想できる。……もしや、名前とは共に過ごす時間が少ないのだろうか?
「あ、綾人の兄君」
「おはよう、楓真。お母さんはいませんよ」
「そうでござったか……」
寂しげな表情で顔を俯かせた楓真。拙者の予想は当たっていたようだ。楓真は名前のことが心配なのだな。
「そうだ、良い事を思い着きました」
「え、何を思い着いたんだ?」
何か閃いたのか、綾人殿が人差し指をあげながらそう言った。それに対し、パイモンが不思議そうに綾人殿へ問いかける。
「万葉さんは名前に会いたい、楓真もお母さんに会いたい。そして、彼女の事情を知る我々は、いつまでこの状況を見守り続ければならないのかと感じている」
「オイラ達は割と最近会ったから、そんな風に思ってないけど……」
「でも私は、名前と万葉、そして楓真くんが一緒にいる所を見たいな」
「うちは、はよーよりを戻せと思っとるけどな」
「よりを戻す……まぁ、強ち間違いではないかもしれませんね。私は名前さんの幸せそうな顔をみたいです」
それぞれ名前に対し思う事があるようだ。彼らの話を聞いていると、視線がこちらへと集中した。
「それで? お二人はどうですか?」
綾華殿が拙者と楓真に問いかける。……一言に纏めてしまうのであれば、先程綾人殿が申していた言葉通りだ。
まぁ、その『会いたい』という気持ちには沢山の言葉が含まれるのだが。
「楓真。お主はどう思うでござるか?」
「拙者か?」
問いかけに対し楓真は首を傾げた後、考え込む。数秒後、楓真が口を開いた。
「父上を知ってから、腑に落ちた事がある」
「腑に落ちた? なんだ?」
「蛍殿とパイモン殿には話したが……時折、母上は拙者を見て悲しそうな顔を浮べることがある。だが、今日こうして父上を知って……母上は拙者を見て父上を思い浮かべていたのではないかと思うのでござる」
先程宵宮殿から聞いたが、楓真は今年で5歳だと言う。とても5歳とは思えないほど頭が回る子だ。拙者という手掛かりから、気になっていた事の答えを導き出す……将来が楽しみでござるな。
「絶対そうだと思うぞ!」
「うん。それに、本人から言質取ってるしね」
「言質?」
「おう! 名前はお前が稲妻に戻ってくる度に、ずっと見守ってるんだぜ!」
なんと、そうだったのか。……気配には敏感だと思っていたのだが、気づくことができなかったのか。かくれんぼが上手いのか、拙者が下手なのか……一体どちらであろうな。
「道理で見つけられないわけでござる。先に見つかっているのだから、こちらの動きに合わせて隠れることができる。拙者はずっと負けておったのだな」
自分に対し嘲笑していると、2回手を叩く音が聞こえた。その音は綾人殿によるものだった。
「というわけで楓真。貴方の助けが必要です」
「拙者でござるか?」
「ええ。彼女は万葉さんに対し警戒心が強いですが、貴方に対しては全くない。まあ、当然ではありますが」
「それで、楓真の助けが必要とはどういうことでござるか?」
「話は至って単純です。楓真の力を借りて名前を貴方の元へと誘うのですよ」
先程思い着いた内容の事だろう。楓真がいることで成り立つというその内容……聞きたい。
「……その話、詳しく聞きたい」
「勿論です。そして、これは楓真だけではなく、この場にいる皆さんに協力をお願いしたいのですが、いかがでしょう?」
「名前絡みなんや。勿論手伝うで!」
「勿論です、お兄様!」
「こういうのってワクワクするよな! 蛍、勿論受けるよな?」
「うん。綾人さん、その内容について聞かせて?」
「おやおや。まだ楓真から了承を得てませんよ?」
まるで決まったかのように進んでいたが、まだ楓真からの返事がない。先走ってしまうほど、皆はこの話に乗り気のようだ。
「断る理由などない、拙者に手伝わせてほしいでござるよ!」
「良い返事をありがとう、楓真。では、事の内容を説明しましょう」
綾人殿が思い着いたという内容を話していく。その内容は、あの一瞬で思い着いたというには、かなり細かく説明があった。
その中、時折綾人殿が名前に対し思っている事を話す事があった。……その話を受け、彼も名前を危険な場所へ向かわせることに対し良い気持ちではなかったらしい。
そんな話を含めながらも、綾人殿は思い着いた内容を言い終えた。
「……どうでしょう?」
「異論ないな。名前なら間違いなく引っかかる」
「彼女を良く知る貴女からの言葉は信用できます」
「楓真、今の内容頭に叩き込んだか?」
「勿論でござる!」
宵宮殿からの指摘は特になし。そして、この話の要となる楓真も問題無いと言った。
「では、急な話ではありましたが……決行日は明日の日没後です。皆さん、必ず成功させましょう」
「うむ!」
「おう!」
「勿論や!」
綾人殿の声掛けに対し、楓真・パイモン・宵宮殿が元気よく返事をする。この作戦上、名前を不安にさせてしまうことになるのだが、3人からはその様子は窺えない。楽しそうである。
「じゃあ、うち等は帰るな。また明日な、楓真」
「じゃあな〜!」
「また明日、楓真くん」
「宵宮の姉君、パイモン殿、蛍殿! また明日でござる!」
作戦上、拙者と楓真は神里屋敷に泊まることになった。……一度名前が此処へ戻ってくると言うのに大丈夫なのか、だと?
どうやら名前は決まった道しか歩かないらしく、拙者と楓真が借りる部屋には近付かないという。そして、これは綾人殿に聞いた事で分かったのだが、名前は気配を消すことは得意だが、相手の気配を読むのは苦手だという。相手が近場にいないといけないらしい。……これは良いことを聞いた。
「父上、父上」
考え込んでいると、服を引っ張られる感覚。視線を向ければ楓真が拙者の着物を摘まんでこちらを見上げていた。
「うん? どうしたでござるか?」
「えっと、その……」
言うか言わまいか迷っているのか、どこか落ち着きのない様子。拙者は目線を楓真に合わせるように屈み「遠慮せず言うと良い」と声を掛けた。
「今夜、一緒に寝てもよいか……?」
恥ずかしそうにそう言った楓真。……なんだ、そんな事であったか。
「構わぬよ」
「本当か!? えへへっ」
拙者の返答に笑顔を見せた楓真。いくら賢そうに見えてもまだ5歳。心細い気持ちがあって当然だろう。それに、名前について沢山話したのだ。余計にその気持ちは大きくなっているはず。
「あ、お二人とも。お湯を張ったのですが、お先にいかがですか?」
「良いのか?」
「お二人はお客人ですから。遠慮しないでください」
「ではいただこう。楓真、一緒に入らぬか?」
「いいのか!?」
「勿論でござるよ。拙者はまだお主のことを知らぬ故、いろんなことを共にやりたいのでござる」
「……ありがとう、父上」
父親の役目など拙者には分からぬ。だが、拙者は楓真を自分の息子として見ているし、愛おしいと思っている。……だから、些細な事でも共に過ごし、楓真を知りたいのだ。
……それに、この件が上手くいけば、3人で過ごせるはずだから。楓真の寂しい気持ちを取り払い、そして……名前と面と向かって話せるはずだ。
「逃がすつもりなどないでござるよ、名前」
蛍とパイモンから聞いた話もそうだが、楓真の存在がまだ彼女が拙者に対する気持ちに変わりないことを表している。
名前よ、かくれんぼは終いだ。逃げられるとは思わないことだ。
赤雛罌粟(ポピーレッド)...感謝
お主が不安な時、辛い時、側にいてやれず、すまなかった
そして、拙者との繋がりを絶たずにいてありがとう
……もう避ける理由はないであろう?
今、お主を捕まえに行くでござるよ
───楓原万葉
2023年03月04日
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