六:向日葵



稲妻に滞在して長い時間が経った。その間にお祭りやら、鎖国令の解除だったりと稲妻も改善へ向かっていた。
そんな中、私とパイモンは稲妻城入り口付近……珊瑚探偵所の依頼を受けていた。


「あの男性じゃないか?」


依頼というのは、とある人物の尾行だ。その人物が良からぬ事と絡んでいる可能性があるらしく、証拠を掴むため尾行している訳である。

目標の人物を見つけたため、建物や設置された物を利用して隠れ、情報収集を行っていたときだった。


「お主等、何をコソコソとしておる!」

「うわああっ!?」


突然後ろから声を掛けられ、ビクッと肩が跳ねる。同時にパイモンが大声を上げた。後ろを振り返れば、そこには小さなこど、も……。


「え、万葉!?」

「万葉が小さくなっちゃったぞ!!」


私達の視界に入ったのは、万葉をそのまま小さくした子供だった。口調も全く同じだし、もしかして万葉が小さくなってしまった……!?


「万葉ではない、拙者の名は楓真だ!」

「ふ、楓真?」

「万葉とは、恐らく楓原万葉の事であろう? 全く、見知らぬ者からも間違えられるとは……そんなに似ておるのだろうか」


そう言って考え込む小さい万葉……ではなく、楓真と名乗った少年。
よく見れば、万葉の髪にあるワンポイントカラーである紅色の部分は青紫色だ。それに、瞳の色は蒼色である。青紫の髪色や蒼色の瞳なんて、そう易々と見かける色ではない。


「めちゃくちゃ似てるぞ! 万葉が変な秘境に入って幼児化したのかと思ったぜ!」

「稲妻の娯楽小説にありそうな話だね、パイモン……」


しかし何故だろう。外見は万葉そっくりだというのに、青紫の部分を見ていると別の人物が浮かんでしまうのだ。……そう、万葉がずっと会いたいと、話したいと願っている人物である名前に。

気のせいかもしれない。けど、名前の髪の色は青紫だ。そして瞳の色は蒼色と呼ばれるものだろう。……まさか、ね。


「でも、こいつが本当に万葉じゃないなら、なんでこんなに似てるんだ? 弟か?」

「万葉に弟がいたって話を聞いたことないけど……」

「拙者は楓原万葉と面識はないでござる」


パイモンと話していると、楓真くんが話しかけてきた。なんと彼は万葉に会ったことがないという。名前は知ってるのに会ったことがないってどういう事?


「え、そうなのか!?」

「将軍様の無想の一太刀を受け止めた英雄であることしか拙者は知らぬ。だから、友達にいつも楓原万葉の真似をしてくれ、と言われて困っておるのだ……」


なるほど、確かに万葉が無想の一太刀を受け止めたことは稲妻城中に広がっている。楓真くんもその話で万葉を知った一人のようだ。

その影響と、よく似た容姿が幸いし、恐らくごっこ遊びと思われるもので彼は万葉ポジションを演じることが多いみたいだ。
ショボンと項垂れた姿は子供そのもの。悲しそうな顔は本当に万葉にそっくりである。


「だが、剣術なら拙者は自信がある!」

「へぇ〜? 見てみたいな〜?」


腰に手を当て胸を張る姿は微笑ましい。うん、万葉は元気と言うより穏やかさな印象が強いから、楓真くんが幼児化した万葉である線は消えたね。娯楽小説にありそうな、幼児化した影響で記憶も退行した訳でもなさそうだし。


「お〜い、楓真〜? どこ行ったんや〜?」

「あれ? 宵宮がお前を呼んでるぞ?」

「あっ、宵宮の姉君!」


そう言って楓真くんは私達を置いて走って行く。その先にいたのは宵宮だ。宵宮は風魔の姿を視認したあと、後ろにいた私達を見て顔を引きつらせていた。その顔に「しまった!」と書いてあるような気がする。


「な、あんたらどうしてここに……!」

「珊瑚探偵所の手伝いでここに……あ」


パイモンの言葉に自分達がやっていたことを思い出した。あ、目標の男性は……ま、見失ってるよね。


「あぁ、珊瑚にどう説明しよう……」

「宵宮の姉君、この怪しい者達と知り合いでござるか?」

「この人達はな、稲妻を良くしてくれた中心人物やで」

「なんと! 怪しい者ではなかったのか……。それも、仕事中だったとは。邪魔をしてすまぬ……」

「気にするなよ、そう見えても仕方なかったし……」


悪い事を潔く認める。育ちの良さが目に見える子供だ。


「なら一緒に謝りに行こうか。ほな、珊瑚探偵所に行くで」


宵宮を先頭に私とパイモン、そして楓真くんは珊瑚探偵所へ向かった。事情を話せば「また機会はあるし、その時に撤回して貰えればいいわ」とお許しを貰った。楓真くんがいなかったら間違いなく怒られていた気がする……。


「楓真くんは正義感の強い子だからね。怪しい素振りの貴女たちをを見て、声を掛けられずにはいられなかったんでしょう」

「え、知り合いなのか?」

「ええ。前に仕事を手伝ってくれたときがあったのだけど、将来はうちの探偵所に入って貰いたいくらい優秀だったわよ」


と思えば、なんと過去に探偵所の仕事を手伝った事があるらしく、お互い認識していたようだ。しかも高評価を貰っているとは……。


「拙者は五感が優れているのでござるよ。特に耳と鼻には自信がある!」

「耳……」


楓真くんの発言にあった「耳が良い」という内容にパイモンが私を振り返る。……何をどう思っても、万葉と繋がりがあるようにしか思えない。


「耳と鼻が良いから、かくれんぼは得意やもんな〜」

「うむ! 探す方も隠れる方も得意でござる」

「その力は今後も伸ばして欲しいわね」

「当然でござる。もっとこの力に慣れて、母上の役に立つのが拙者の目標でござる!」


笑顔でそう言った楓真くんを微笑ましく見ていた時、「あ」と目の前の少年が固まった。


「ま、ままま間違えた! 姉上、姉上でござる!!」


しかも何故か訂正した。お母さん想いの良い子だと思ってたんだけど、何故お姉ちゃんと訂正したのだろう?


「ん? んん?」

「あー……2人とも、ちょっと家に来ぃ。楓真、あんたもや」

「うぅ、面目ない……」


状況が分からないまま、私とパイモンは宵宮と宵宮に手を引かれている楓真くんの後ろを着いて行く。そして、長野原家こと宵宮の家へと通された。

私達を居間に通した後、宵宮と楓真くんはお茶とお菓子を持ってくると一度退出した。


「なんで楓真はお母さんをお姉ちゃんって訂正したんだ?」

「私もそこが引っかかって……!」


パイモンと改めて先程の出来事について話していると、楓真くんを見た時に感じた事を思い出す。
あの時初めて楓真くんを見た時、確かに万葉に似ていると思った。けど、もう一人……名前の面影もチラついたんだ。

そういえば名前は以前、子供を見つめる様子が悲しげだった。もしかしたら……いや、違うと思う。行き過ぎた予想だ。でも、これじゃないと2人の面影を持つ楓真くんの容姿に説明が付かない。


「待ったか?」

「そんなに待ってないよ」


お盆を持って帰って来た宵宮と楓真くん。楓真くんはお盆に乗せられたものを並べていく。本当に育ちが良いな、この子……。それに、所々子供らしさはあるものの、今まで関わってきた子供達と比べると大人っぽいし、素直だし……つまり、高評価だということだ。


「んじゃ、話そうか。パイモンちゃんはどうか分からへんけど……蛍。あんたは察しが着いとるんちゃうか?」


___この子の母親について。
そう言って目を細めた宵宮。……敢えて父親を出さないというのは、そう言う事なのだろうか。


「……名前、だよね」


私がその人物の名前を口にすると、宵宮はコクッと頷いた。


「え、楓真のお母さんが名前だって!?」

「何となく楓真くんを見てて感じたんだ。青紫の髪色に蒼色の瞳……名前と一緒だって」


違うと思っていても、それ以外考えられなかったこと。それは、楓真くんの母親が名前だという予想だ。その予想は宵宮によって正解と回答を貰った。


「母上を知っておるのか?」

「綾華から紹介されたんだ。あ、綾華のこと知ってるか?」

「綾華の姉君であろう? 最近は会えておらぬが、知っておる!」

「じゃあトーマも?」

「トーマの兄君か? 勿論知っているでござるよ」


どうやら社奉行メンバーとは顔見知りのようだ。……まぁ、それもそうか。だって彼の母親である名前は綾華の兄……先日やっと顔見知りになった綾人さんを上司に持っているのだから。


「なら、綾人のことも知ってそうだな」

「勿論! 時間があるときは一緒に遊んでくれるでござるよ!」


あの綾人さんが子供と遊んでいる光景を想像……できないこともないか。だってトーマを弄り倒しているのだし、もしかしたら子供心が分かる方なのかもしれない。


「母上の名を知ってるということは、母上が信用している者であるということ。綾華の姉君やトーマの兄君、そして綾人の兄君と交流があるのであれば、尚更であるな」

「お前いくつだ?」

「今年で5つになる」

「とても5歳とは思えへんやろ? 楓真はめちゃくちゃ賢いんやで!」

「なんか宵宮のほうが楓真の親に見えてきたぞ……」


しかし、何故楓真くんは宵宮の元にいるのだろう。名前が忙しい身であるからだろうか?


「……あれ、もしかして前万葉と一緒に此処に来たとき、隠そうとしてたのって楓真くん?」


宵宮の家に慣れてる節があると思った時、前に宵宮の怪しい言動を思いだした。それについて本人に問いかけた。


「……楓真、ちょっと席を外してくれへんか? 今から話すことは楓真にとって、ちーっとばかし刺激が強いからな」

「承知した。では拙者は龍之介殿の手伝いに行くでござるよ」


そう言って楓真くんは部屋を出ていった。数秒後、出入り口の扉が開いて閉じた音がしたので、外に出ていったのだろう。


「……さて。どうして楓真を離席させたか、もう分かるよな?」


先程までの雰囲気がガラッと変わった。そして、宵宮が言いたい事はもう分かっている。これは流石にパイモンですら分かっているんじゃないだろうか。



「楓真くんのお父さん……父親は万葉だよね」



自分の声が静かな空間故に大きく聞こえた。宵宮の澄んだ黄色の瞳がしばらくの間私を捉えた後「誤魔化せる訳がないよなぁ」と口を開いた。


「父親と話してみて思った。楓真は父親似や……容姿も性格も、そして名前を想う気持ちもな」

「どうして名前と一緒じゃないの?」

「名前が過去に犯してしまったのか、普段何をしているのかあんたらはもう知っとるやろ? あの子の立ち位置は恨みを買いやすい。社奉行という場に入っても尚、それは変わらへん。むしろ増えとるかもしれへん」

「だから宵宮が面倒を見てるのか?」

「そうや。せやから、うちで過ごす時間が多いなぁ」

「名前の立場だったらそうだよな……」


きっと今も危険な場所で稲妻を守る為、動いているんだろう。……自分を救ってくれた神里家のため、楓真くんのため。


「あ、もしかして前の宴会で名前が来なかった理由って楓真が絡んでいたのか?」

「せや。あの日は楓真も喜んどったよ」

「名前のこと大好きなんだな!」

「あの子の行動原理は名前が大部分を占めとる。それは褒められるためやない……いつか強くなって名前を守れるようになるためや」


あのくらいの歳であれば、普通は親に褒められたいというのが行動原理だろう。しかし、楓真くんは違った。


「さっきあの子が剣術に自信があるって言ってたけど……」

「名前が教えたんよ。あと、たまに神里家の2人からも教えて貰っとるらしい。竹刀を持っては人気のない場所に行って、いつも素振りしとるよ」

「もしかして楓真は、名前が何をしているのか分かってるのか?」


パイモンの問いに宵宮は頷いた。……だから楓真くんはあんなにも名前のために頑張ろうとしているんだろう。探偵所の仕事を手伝う事があるという話も、きっとその過程で得た経験が名前を守る為に役立つと想っているからだろう。


「万葉は楓真くんのこと……」

「知っとる訳がない。名前がこれだけは絶対に言ったらアカンって口酸っぱく言ってるんや」


あの人が稲妻に戻ってくる度、ヒヤヒヤするわ
そう言った宵宮だが、どこか腑に落ちない表情を浮べている。


「宵宮はどう思ってるの?」

「楓真の事か?」

「うん。楓真は父親が万葉であることを知らないんだよね?」

「おん。それに、名前からは父親はおらんって言われたみたいでな。それを信じ込んどる」


生物学的に考えて、それはあり得ない話だ。けど、そんな話は幼い子供には早い。そして、名前は万葉を避けている……今後も楓真くんに父親が万葉であることを明かさないのだろう。


「でも、楓真なら何となく察してそうな気がするけど……」

「うちもそう思うねんけど、名前の言葉に従順でな。名前が言った事はすべて正しいと思っとる。だから似てるけど父親とは思ってへん」

「名前のこと、本当に信用しているんだね」

「健気やろ〜? ……本当はずっと一緒にいたいけど、名前の立場の問題上、それは難しいことを楓真は理解しとるんや」


子供らしい元気な所、その中にあるどこか達観した雰囲気に隠れた、母親を想う子供……。5歳にしては本当に物わかりの良い子だ。


「でもいつか、万葉にバレると思うよ。万葉は稲妻に戻る度に名前を探してる。未だに見つかってないのが奇跡だと思う」


稲妻で色々あった後、万葉は度々稲妻へ戻ってくる事があった。その度、名前を探しているが……残念ながら会えていない。前に万葉が稲妻を発った日……名前が見送りに来ていたと言う。

それを聞いて、名前を見かけた時に万葉について尋ね続けた。初めは何度かはぐらかしてきたけど、やっとの事で彼女の本音を聞く事ができた。


『私は、あの人が今を生きている事……それを知るだけで嬉しいんだ。だから見守るだけで十分だよ』


この発言を聞いて、どうやら姿を隠して万葉を見守っているらしい。あの万葉に気配を悟らせないなんて、すごい能力だと思った。……それと同時に、その能力を得たのは、過去の経験が基づいているんだろうと悲しい気持ちになった。

でも、今回楓真くんの存在を知って疑問に思ったことがある。……どうして名前は楓真くんを産むことを決めたのだろう?


命を奪う側だったから、殺す事を選べなかった?

……いや、違うと思う。だって、万葉のことを話す名前の顔を私は今でも覚えてる。あの顔は間違いなく、今でも万葉の事が好きだって表情だ。だから名前は万葉の血を持つ楓真くんを産んだはずなんだ。


「うちも隠し通せるとは思っとらん。……寧ろ、楓真の存在が事を進めてくれへんかなって思っとる」

「なんで楓真なんだ?」

「名前の気配は、あの万葉でさえ感知できんほど薄い。正直言うて、万葉に今の名前を見つけ出すのは難しい。向こうが先に気づいてしまうからな」

「確かに……」

「けど、流石の万葉も楓真を見れば気づくはずや……楓真が自分の息子やってな。楓真の存在は、まだ名前が万葉を忘れられん事と、まだ好きやって事の証拠なんや」

「なるほど、だからか……!」


……ねぇ、名前。本当に見守るだけでいいの?
もし私が同じ立場だったら辛いよ。

それに……本当は気づいているんでしょ?
万葉が名前に会えず傷付いていることを。それを分かった上で、忘れさせようとしているんでしょ?

万葉は絶対に名前を嫌いにならないし、忘れないよ。
彼から沢山貴女との思い出を聞いた。……万葉にとって名前の存在が、どれだけ大切なのか理解してしまった。


「……何か、二人を引き合わせる切っ掛けがあれば」


それがあれば、万葉の思い出で聞いた名前の笑顔を見ることが……違う。取り戻す事が、思い出させることができる。そして、万葉が纏う哀愁も消えるはずだ。

きっかけを作るのは難しい。まず、万葉がいつ稲妻に戻ってくるのか分からないからだ。全ては都合良く出来ているわけじゃない。万葉と楓真くんが会う確率なんて測れるものじゃない。

このすれ違った物語はもう十分だ。今すぐにでも終止符を打つべきなんだよ。







向日葵(ヒマワリ)...あなただけを見つめている
彼も彼女もお互いを想っているというのに、ずっとすれ違い続けている
そろそろ終わらせよう、もう十分でしょ?
お互いが笑顔を浮べ合う幸せの絶えない日常を手にするべきだよ

───蛍


※内容に含められなかったのですが、珊瑚は楓真が万葉の息子であることは、何となく察しがついています。
ですが、母親は分からないようです(名前の存在を知らないため)。宵宮が母親という考えはなかったらしいです。


2023年02月24日


前頁 次頁

戻る














×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -