五:金盞花



「で? 名前と会ったって?」


長野原家裏。そこに宵宮、蛍、パイモン、万葉は移動していた。


「ああ。だけど、こっちに気づいた瞬間逃げたんだ」

「まあ逃げるやろうな。アンタがおる訳やし」


パイモンの言葉に対し、宵宮は万葉を見ながら答えた。彼女から視線を向けられた本人、万葉は未だに悲しげな表情を浮べている。


「……拙者は知らずうちに何かしてしまったのだろうか」

「いや。アンタと言うより、名前の心の問題や」

「名前の心?」

「おん。昨日も言ったけど、名前は人を斬った。……その中で命を奪ったこともある。きっと、アンタの前では真っ当な人間でありたかったんやろうな」

「違う、名前は被害者だ! 拙者には分かる、名前は人を殺すために剣術を、桔梗院家が継いできた武芸を身に付けた訳ではない……!」


万葉の必死な姿に、名前の心情を代弁した宵宮は勿論、そばで聞いていたパイモン、蛍も目を丸くして驚いた。
普段の彼は穏やかな印象をもつ好青年だ。しかし、彼女達の視界に映る彼に、その印象の面影はない。

今も尚想い続けている人物……愛している者を想っての言葉だ。


「……うちも分かるよ。あの子は人を斬る事と無縁だったハズやってな」

「だが、それを強制させた者がおるのだろう」

「え!? そうなのか!?」

「おぉ、よう分かったな」

「10年近く名前と共に時間を過ごした。彼女の事は理解しているでござるよ」

「ほほ〜ん? ならアンタと勝負してみたいわ。どっちが名前について理解しとるかっちゅう内容のな!」

「いいでござるな。負けるつもりはないでござる」

「おいおい、話が脱線してるぞ……」


どうやら名前に対する気持ちはお互い強い様子。それ故話が盛り上がってしまい、パイモンの言う通り話が脱線してしまった。


「すまんすまん。んで、名前を操っとった人がおるんちゃうかって話やな」

「そうだぞ!」

「これは本人から確実なことを聞いた訳やないから、うちの予想になるけどええか?」

「大丈夫だよ。お願い、宵宮」


蛍の返答に宵宮は頷き、名前を動かしていた人物について予想を話した。


「名前は今の桔梗院家について追っとる。恐らく今の桔梗院家を動かしとる人間が首謀者やないかってうちは思う」

「では拙者からも少し話そう。綾華殿も言っておったが、桔梗院家は元は社奉行の配下にあった家系でござる」

「でも今は天領奉行だろ? なんでなんだ?」

「そう言えば前に綾華が言ってた。数年前まで社奉行は大変だったって」


蛍が言った内容だが、数年前までは社奉行は同じく三奉行に含まれる天領奉行、勘定奉行より落ちぶれていた。それを今の状態まで立て直したのが現社奉行当主、神里綾人である。


「実はその隙を狙った者がいたのだ」

「狙う?」

「社奉行は元より祭事や伝統を重んじる組織でござる。武芸を継いできた桔梗院家は戦う為ではなく、先代が大切に扱ってきた武芸を伝統として後世へ伝える事を重視し、現代まで継がれた。その武芸は、剣術だけでなく、弓術・槍術等と多彩でござる」

「もしかして名前は、いろんな武器を使えるのか!?」

「拙者が知る限り名前は刀は勿論、弓や槍も扱っておった。あの華奢な身体で大剣も振り回しておったな」

「す、すごいな……」

「ちなみにやけど、うちに弓の扱いを教えたのは名前やで!」

「えぇ、そうだったのか!?」

「法器はどうだったの?」

「法器は桔梗院家では継がれていなかったでござる」


パイモンの好奇心でまたもや話が逸れてしまった。やはり暗い話より楽しい話の方が口が開くというもの。誰もが会話を楽しんでいたが、またもや話が脱線している事に気づいた蛍が「話を戻そう」と声を掛けた。


「すまぬ、名前の事になると饒舌になるらしい……」

「名前の事大好きだな、お前……」


パイモンの言葉に万葉は少しだけ頬を赤く染めながら「うむ、愛しておる」とそれは綺麗な笑みを浮べて答えた。誰がどう見てもべた惚れである。


「では話を戻そう。先程の話で桔梗院家が武芸に長けた一族であることは知って貰えただろうか?」

「おう! 万葉のお陰で伝わったぜ!」

「改めて聞くと、あの子すごかったんやな〜」

「ああ。本当に素晴らしい武芸だったのだ。……だから、別の方向で利用しようとする者が現れたのだろう」

「別の方向?」

「……それって」


万葉の言葉に首を傾げるパイモンと、何かを察した蛍。宵宮も口には出さなかったが、どうやら蛍と同じく察したらしい。


「武芸は戦う為に身につけるものでござる。……これで分かるか?」

「! それって、名前が人を斬った事に繋がるってことか……?」

「そうだ。だが、拙者も確証があって話しているわけではない。あくまで推察でござる」

「やけど、その説が濃厚やな」

「拙者もそう思う。……して、その武芸を狙ったものは『再婚』を手に、桔梗院家を社奉行から天領奉行の配下へ加えたのでござる」

「再婚?」

「実はその当時、桔梗院家当主……もとい、名前の父上が亡くなって日が経っていなかったのでござる。そして、名前の母上が当主を継いだばかりだった」


その当時、当主であった名前の父親が亡くなり、その地位を継いだばかりだった名前の母親と天領奉行の者が再婚した。だがそれは天領奉行による”乗っ取り”だったのだ。


「だが、何故名前の母上が亡くなったのか、そこまでは知らぬ……宵宮殿、何か知っておるか?」

「詳しいことは知らん。けど、名前はいつも言うとった事がある……母ちゃんを救えなかったってな」

「救えなかった?」

「どうやら精神的に弱ってたらしいんよ。何があって、そうなったかまでは聞けんかった。何でもかんでも聞き出すのは親友やない」


名前の母の死は一体何が原因だったのか。この場にいる者で、その真相を知る者はいない。


「あと、離反する勇気がなかった言うとった。きっとそれが、人を斬ってしまった理由の1つや」

「なるほど、それは間違いないでござるな」

「大分話が深くなってもうたけど、名前がアンタを避ける大きな理由やな」


宵宮の発言に蛍とパイモンは少しだけ悲しそうな表情で頷いた。だが、万葉だけはまだ何か考えこんでいた。


「……その言い方、まるで他にも理由があるように見える」


宵宮の発言にあった”大きな理由”という言葉に、万葉は違和感を感じていたようだ。彼の発言に宵宮はギグッと顔を歪ませる。


「もしや、昨日言っておった“あの子“でござるか?」

「ひっ、まだ覚えとったんか!?」


目を細めながら宵宮に問いかける万葉。そして、その表情に1歩後ろに後ずさる宵宮。傍から見れば完全に万葉が悪者ポジションである。


「そもそも宵宮のとこに来たのは、例のあの子って奴について聞くためだぞ」

「うぅ〜っ、あんたら諦め悪いなぁ……」


困った顔を浮かべて、この状況をどう切り抜けようか宵宮は考えていた。……その時だった。


「うぇっ!?」


長野原家の中から聞こえた物音。その音にパイモンが驚いた声を上げる。


「また誰かを匿ってるの?」

「え!? えっと、そ、そうやなぁ〜」

「それにしては幼い気配に感じるが……」


万葉の発言に宵宮は先程よりも焦った顔を浮かべた。ただ匿うだけなら、焦る必要は無いはず……。これは何か重要なものを隠していないだろうか。蛍と万葉は宵宮の反応を見て、そう予想を立てた。


「も、もしかしたら子供たちが家を隠れ場所にしとる可能性もあるかもしれへんな! 前、かくれんぼにハマっとる言っとったわ〜」

「子供たちって、前会ったあの3人か?」


パイモンの言う3人と言うのは、少し前に出会った松坂、岩夫、彩香の事だ。


「うちは子供たちの中では有名人やからな〜。あの3人とは限らんで」

「お前子供たちに懐かれてるもんな!」

「やろ〜? ま、ちょっと真面目な話やからな、盗み聞きしとる悪い子を見てくるわ」


そう言って慌てた様子で自身の家に走っていく宵宮。……やはり怪しい。ずっと疑っていた蛍と万葉はもちろん、パイモンも怪しいと思ってきたようだ。


「ていうか、別に家に駆け込まなくてもここから窓開ければ良かったんじゃないか?」

「確かに」

「なんか色々怪しい所があったし……やっぱり気になるぞ! よし、開けよう!!」

「え、パイモン流石にそれは」


ふわふわと長野原家の窓まで飛んでいき、そこにパイモンが腕を伸ばした時だ。


「ばぁっ!!」

「うわあああああっ!!?」

「どうや、驚いたか?」


まるでタイミングを図ったかのように窓が開く。そこから顔を見せたのは宵宮だけだ。万葉が感じたという小さな気配の姿は無い。


「やっぱりうちの知っとった子供やったで。家を隠れ場所にしとったみたいや」

「その子供はどこ行ったんだよ」

「別の場所に行ったで」

「そっか」


パイモンと蛍、宵宮がそんな会話をしている中、万葉だけは無言で宵宮の背後……長野原家内部をジーッと見つめていた。


「……気のせいだったということにしよう」


万葉の疑いの目が伏せられたことに、宵宮は安心の息を着く。


「宵宮殿。近々名前がここを訪れる予定はあるか?」

「名前がいつここに来るかなんて予想つかへんよ。全てはあの子がやってる事次第やからな」

「……ふむ、そうでござるか。もし3日以内にここへ訪れることがあれば、伝えてほしい事がある」

「言ってみぃ」

「……話がしたい。3日以内であれば何時でも構わぬ、会いに来てくれぬか。そう伝えて欲しい」

「……うち、初めに言ったと思うんやけど、その伝言を伝えても名前は行かへんよ」

「それでも頼む」


万葉の悲しげな声と共にそよ風が吹く。その風に靡く彼の髪が、その哀愁を更に引き立たせていた。


「……はぁ、分かった。3日以内に来たらな」

「かたじけない。……では、拙者はこれにて」

「もう良いのか?」

「うむ。どうやら、これ以上の模索は不可能のようでござるからな」


そう言って万葉は宵宮を……正確には彼女の背後を見た。それに気づいたのは、彼の視線の先を分かっていた宵宮のみだ。


「じゃあこれで」

「またな、宵宮〜」

「おん、3人ともまたな〜」


そう言って3人は長野原家を離れた。3人の後ろ姿が完全に見えなくなったところまで見送った後、宵宮は自宅に入った。


「もうええよ」

「……先程の者たちは、母上とどのような関係なのでござるか?」


宵宮が入った部屋の隅で縮こまっていた少年、楓真に声を掛けた。だが、楓真は不安そうな顔で宵宮を見上げていた。


「……友達と、昔馴染みやな」

「そうであったか」


楓真は知らない。声のみしか知らなかったため、先程の3人が稲妻を良い方向へ導いたきっかけを作った人であることを。……そして、男の方が自身にとって何にも変えられない人が愛していた人であることを。



***



「宵宮」

「お、名前か。お疲れさん」



長野原家裏に現れた顔を隠した人物。それは仕事姿の名前だ。彼女が口にした名前の主、宵宮は名前に気づき窓を開けた。


「楓真なら寝とるよ」

「分かってる。だからこの時間に来たの」

「……今日は無理やったか」

「うん。だから、明日も楓真をお願いね」


宵宮は名前を下から上へと視線をあげながら見つめる。それは彼女が怪我を隠していないか確認するためだ。


「そういや来たで、あんたの愛しい男がな」


宵宮の元に万葉が訪れた事について、名前は何となく予想ができていた。それは今朝、名前と万葉は言葉を交してないとはいえ、久しぶりの再会を果たしたのだから。

会いたかった
けど、会いたくなかった
数年ぶりに見た好きな人を見て、名前は矛盾した気持ちを抱えていた。だが、強かったのは『会いたくなかった』の方で。

万葉の思い出の中にある自分はもういない
それを十分に理解していて、間違いなく嫌われる
……その気持ちで逃げたというのに、万葉は追いかけてきて、自身の犯したことについて知った上で受け入れようとしてくれた。

名前はその時、彼の優しさに涙したが同時にこうも思った。優しいが故に無理矢理受け入れたのではないか、と。


「……伝えてくれた?」


名前の言う伝えてくれた内容というのは『自分を探さないで』というものだ。


「伝えるわけないやろ。あの男に言っても無駄や」

「ど、どうして」

「むしろ、うちにアンタ宛ての伝言置いていったわ。アンタが言う事聞かんの分かってな」

「……何て、言ったの」


渋々と言った様子で名前は宵宮に問いかける。聞く意思はあるようだ。


「『話がしたい。3日以内であれば何時でも構わぬ、会いに来てくれぬか』。そう言っとったよ」


で?
行くんか?
宵宮は名前に問いかけた。しかし、名前は黙り込んでしまっており、宵宮の声掛けに反応しなかった。


「もし行く気があるなら、離島に行きぃ。あの船は宴会の日から全く動いとらんよ」

「……」

「アンタの気持ちは理解しとるつもりや。でも、アンタに逃げられたときの顔、寂しそうやったで」

「!」

「気持ちの問題ってのはどうしようもならん。けど、少しでも気があるなら行ってみたらどうや」

「……考えてみる」

「期限は今日を入れて3日。案外過ぎるの早いからな」


そう言って宵宮は窓を閉めた。名前の周りを静けさが包む。時間帯もあって、人の気配は殆ど無い。



「……もう少しだけ、時間がほしかったな」



3日。それは名前にとっては短い時間だった。自分の事について時間を割く事は殆ど無い。……万葉が再び稲妻に訪れたことを知ってからは。

名前がどのようにして万葉が稲妻に戻ってきた事を知ったのか。それは稲妻を統べる神、雷電将軍の夢想の一太刀を受け止めたという話からだ。

その時名前は自身が仕える主、綾人の指示により別件で動いており、万葉については綾華から聞いていた。


「……まだ、受け入れられないよ」


自身の胸に手を当て、悲しそうな声でそう呟いた名前の声は、誰にも届くことなく闇夜に消えた。



***



「結局名前は来てくれなかったな」


場所は離島の港。そこに停泊していた死兆星号の前に万葉、蛍、パイモンはいた。

万葉と名前が再会を果たして3日が経った。宵宮の言う通り、名前は万葉の元へ現れる事はなかった。それは彼女の受け持つ”仕事”が理由か、それとも心の問題か。


「大丈夫でござるよ。何となく、分かっておった」

「万葉……」

「だからと言って、諦める気はないでござる」


一度目を伏せ、再び紅色の瞳を覗かせた万葉の表情は、穏やかさの中に強い意志が混ざっていた。


「一度稲妻を離れる事にはなるが、再びここへ戻る機会はある。北斗の姉君によると、暫くは稲妻への運搬作業の仕事になるらしい」

「じゃあこれが最後ってわけじゃないんだな! ふぅ、良かったぜ……」

「それに、収穫はあった。過去と今の名前について知る事ができた。……それまでにおった傷が拙者の思う以上に深かったことは想定外だったが、何とか解決できるようにせねば」


万葉は離島の奥に見える稲妻城を見上げた。彼は何を想ってそれを見ているのだろうか。


「おーい、万葉ー! そろそろ出航するぞー!」

「今行くでござるよ。……では二人とも、また」

「おう! またな〜!」

「またね、万葉」


万葉は蛍とパイモンに見送られながら船へと乗り込む。しばらくして死兆星号は璃月に向かって出航した。


「……」


すっかり定位置になりつつある場所、帆柱へと登った万葉は少しずつ遠くなっていく離島を眺めていた。……その時だった。


「……! 名前、」


紅色の瞳が大きく見開き、呟くような声で紡がれたその名前は、彼が会いたかった人物。今でも尚、心から愛している女性だった。

狭い場所だというのに、無意識に立ち上がってしまうほど万葉には衝撃的だった。……それもそうだ、彼の中では名前は来ないと思っていたから。彼の考えを裏切って、彼女は稲妻を離れる死兆星号を見送りに来たのだから。


「……次、此処へ参った時こそ、お主と話したい」


それまでどうか、無事で……元気でいてくれ
万葉の視界に映る、見覚えのある色合いで構成された身なり。黒い首巻きが風に靡いており、万葉はどこか彼女から寂しさを感じ取った。


「お主が抱えるものを全て教えてくれ。……拙者は全て受け止める所存でござる」


稲妻が、離島が遠くなる。必然的に名前の姿も小さくなっていく。それでも万葉は稲妻が完全に見えなくなるまで見つめ続けていた。



「……さようなら、万葉」



離島某所。
稲妻から離れる一隻の船が見えなくなった所で、少女は背を向けた。その動作に釣られるように彼女の首巻きが靡く。


「どうか、幸せになって」


頭巾を被り、口元を隠しながら少女、名前は離島を離れた。その背は言葉と裏腹に悲しそうだった。







金盞花(キンセンカ)...寂しさ
ある少女は蒼色の瞳に寂しさを映しながら、遠ざかる船を見送った
___これで良かったんだ

ある少年は離れる島に見えた青紫を見て、寂しさを覚えながらも諦めはしなかった
___次訪れた時、今度こそお主を見つける



2023年02月18日


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