二:紅葉



「うちが名前と出会ったのは、今から5年くらい前や」



5年前といえば、名前の母上が亡くなった年だ。……そして、名前の消息が分からなくなった年でもある。だが、今年になって蛍達から名前が生きている事を知った。それだけでも心にあったわだかまりが少しだけ解消された。


「……うちが初めて名前と会った時、あの子は傷だらけやった」

「え……っ」

「前に蛍とパイモンには濁して話したけど、今回ははっきり言うで。……あの子は人を斬っとる。それも、両手では数え切れんくらいにな」


宵宮殿の言葉に頭が真っ白になる。……そして、今まで”そうであってほしくなかった”存在の正体であると察しが着いてしまった。

流浪人を狙う女武士の正体……それは名前だったのだ。

だが、名前の剣術は人を殺すために在ったのではない。もしかしたら拙者達が生まれる前には、伝えられてきた剣術で人を斬っていたかもしれない。

しかし、名前は人を斬るために伝えられてきた剣術を、武芸を身に付け、継いだわけではない……!
誰だ、誰が彼女にそれを強制させたのだ……!


「あの時『戻る事ができない』って言ってたのは、そう言う事だったのか……」

「あの日は雨が降っとった。傷に染みて痛かったろうに、あの子はただ座ってた。……うちが見つけてなかったら、死ぬ気やったんや」

「死ぬって……!」

「うちの主観やないで、本人がそう言ってたんや。『死にたい』ってな」


拙者がいない間、名前の身に何が遭ったと言うのだ。死を望むほどの仕打ちを受けていたのか……?


「まさか、名前がそんな事を言ってたなんて……」

「うちが今の名前まで回復させたんやで? 感謝してほしいわー」

「私達ではどうしても上下関係でしか見て貰えないのです。……宵宮さんの存在は名前さんの心の支えになっているはずです」

「へへっ、おおきに。これからも名前の心の支えになるつもりやからなー」


拙者が知る限り、彼女は他との交流は少ない方だった。だから拙者以外の者に心が許せるようになっていたことが素直に嬉しかった。……きっと宵宮殿の明るさが、名前を支え続けてくれている。


「拙者からも。……感謝する、宵宮殿」

「ええんやで。……それで話の続きやけど、しばらくうちで休ませた後、名前は勝手に家から出てった。でも、あんたら神里家に拾われたみたいやな」

「正確にはお兄様が彼女に手を差し伸べたのです。……彼女は元々、私達神里家の配下にあった家系の末裔ですから」

「家系?」

「名前さんの姓は桔梗院。桔梗院名前が彼女の本当の名前です」

「なんかすごそうな名前だな……」

「ええ。とてもすごい一族だったのです。彼らが継いできた武芸の数は勿論、その腕も精度も素晴らしいものなのです」


でも、それを良く知っているのは貴方の方でしょう?
そう言って綾華殿は拙者を見た。


「確かに拙者は、名前の武芸が素晴らしいものである事を知っている」

「そういえば万葉はどうして名前を知ってたんだ? 前は聞けなかったけど、今なら教えてくれるだろ?」


パイモンの言葉に、まだ拙者と名前の関係性について話していなかったことを思い出す。あの時は先にやるべき事があったから、後回しにしていたのだったな。


「うむ、そのような約束だったな。……拙者と名前についてだったか」

「勿体ぶらずに教えてくれよー!」

「はははっ、すまぬ。そのようなつもりはなかったのだが、お主はそう思ってしまったのだな」

「それで? 万葉と名前はどのような関係なの?」


腕を組みながら蛍が問いかけた。……これ以上勿体ぶるとパイモンが怒りそうだ。


「……まだ両家が存命だった頃。桔梗院家と楓原家は交流があった。その繋がりから親は互いの子を引き合わせ、将来を誓わせた。簡単に言えば、拙者と名前は許嫁の関係でござる」

「い、許嫁?!」

「じゃあ名前は万葉のお嫁さん……!?」


二人は拙者の発言に大声を出した。だが、宵宮殿、綾華殿、トーマ殿は驚いた様子がなかったため、拙者と名前が許嫁の関係であったことを知っていたのだろう。


「いや、あくまで許嫁。……名前を迎える前に楓原家は廃れた。同時に名前との婚約も白紙になったのでござる」

「そんな……」

「でも、万葉は名前を探してるんでしょ?」

「!」


蛍の発言に目を丸くしてしまう。……彼女にそんな話をしただろうか。記憶通りであれば、拙者は彼女達に名前を探していることなど話していないはず。


「どうしてそう思ったでござるか?」

「名前の名前を言ってた万葉の顔、すごく辛そうだったから」

「! ……顔に、出ておったのか」


拙者もまだまだでござるな。……隙を見せれば、あっという間に追い込まれることを学んでいるはずだと言うのに。


「じゃあ、あんたは名前のことを捨てたわけじゃないんやな」

「捨て……!? 宵宮、それはあんまりだぞ!」

「確かに事情があったのかもしれん。でもな、あんたの反応を見て思うとったけど……大方の察しは着いとったんちゃうか」

「……宵宮殿の言う通りでござる。死に物狂いで探すべきだった」

「万葉……」

「連れ出すには……拙者は弱かった。だが、拙者は名前を捨てる気など毛頭ない。ずっと、ずっと……その姿を探していた」

「けど、あんたは指名手配されてもうた。名前を探すには、どうしてもそれが邪魔して自由に動けんかった。……そうやな」

「その通りでござる」


宵宮殿と拙者の醸し出す雰囲気にパイモンが慌てた様子で蛍の周りを飛んでいる。そんなに動揺することでもない。むしろ、説教をされて当然なのだから。


「……ま、うちはあんたから話が聞けたから安心したわ。モヤモヤも晴れたしな」

「?」

「あんたはまだ名前を好いとる。そして、名前が犯した罪とその過去を知っても尚、それを受け入れて手を差し伸べようとしとる……親友として任せられるな」

「ま、まさかお前、万葉を試してたのか!?」

「当たり前や。うちは名前に幸せになってほしいねん」


どうやら宵宮殿は拙者を試していたらしい。蛍からは明るい人だと聞いていたから、話と違って内心驚いていた。だが、それはすべて名前のためだったようだ。


「あんたら名前の髪型見た事あるか? うちとお揃いなんやで!」

「確かに名前も髪を団子にしてたよな! 位置も形も違ったけど」

「あんな綺麗な簪持ってたのに使うてないのが勿体なかったからな。うちが結び方教えたんや!」


あれって、あんたが贈ったものやろ?
そう言って拙者を見る宵宮殿は、何もかもが分かっているように思えた。


「折角教えたんや。……絶対にあの子を守りぃ」

「勿論でござるよ。二度と辛い思いをさせぬ」


……名前、良き友人を持ったな。それも、拙者が妬けるくらいにお主を想ってくれる人に。


「でも、名前は万葉を避けてるんだろ? どうしたら……」

「……あ、そういえば前に離島でセーフハウスがあるって言ってなかったっけ? もしかしたらいるかも」

「確かに!」


どうやら普段姿を見せない名前がいる場所を蛍とパイモンは知っている様だ。そのせーふはうすとやらを教えて貰おう。


「いや、おらへんよ」

「え?」

「というより、うちがここにおる事と、時間が夜な時点で名前が来るわけない」

「話が見えないんだけど……」


宵宮殿は名前に詳しいのはもう分かった。だが、パイモンの言う通り話が全く見えない。何故彼女が夜にここにいる事が名前がいない事に繋がる?


「だって、名前はあの子の面倒を……」

「よ、宵宮さん!! それは言わない約束です!!!」

「……はっ! しもうた!!」


パイモンの疑問に答えようとした宵宮殿を綾華殿が慌てた様子で止めた。宵宮殿の発言の意味を理解しているのは綾華殿だけのようだ。トーマ殿は不思議そうに首を傾げている。拙者もその一人だ。


「急に大声出すなよ、綾華……」

「す、すみません……ですが、それだけは言わない約束では」

「そうやった……すまんな、止めてくれて」


……これは拙者でなくても察しが着く。この二人は何か隠している。それも、名前に関する何かを。

いや、何かと表現しなくても良いか。二人が隠そうとしているのは”人”だ。何故分かったのか。それは先程の宵宮殿の発言にある。

彼女はまず死兆星号の船員ではない。今回の宴に招待された客人である。彼女がここに来ることが名前がいない意味になるということは、どちらかが着いていなければならない存在だという事。夜という言葉も鍵になるだろう。

……ま、そもそも彼女は”あの子”と言ったので、その時点で対象が人であることはわかるのだが。


しかし、名前に関する誰か……彼女にはもう家族は存在しないはず。であれば、誰の事だ……?


「して、名前がここにいない理由である”あの子”とは誰の事でござるか?」

「え、えっとぉ……」

「よ、宵宮さん……!」


先程拙者を叱ってくれた彼女はどこへやら。今の宵宮殿は追い詰められた犯人のようでござる。


「あ、あの子ってのは……そうや! 弟や!!」

「”そうや”って言ったな」

「うぐっ、」


パイモンの鋭い指摘に宵宮殿の表情が更に焦りを覚えた。明らかにその場で思いついたでござるな。


「弟? 拙者が知る限り、名前に弟はいなかったはずだが」

「そ、その話はもうええやろ!!」

「しかし、拙者は今の名前について殆ど知らぬ。だから、名前に”詳しい”宵宮殿から色々話を聞きたいのでござるよ」

「うううぅぅ……そんなに気になるなら名前を見つけたらええやろ!!!」


そう言って宵宮殿は走るようにその場から去った。恐らく船を降りたのだろう。……ということは、次に視線が向くのは。


「……ふぇっ、私ですか!?」


先程、宵宮殿を庇った綾華殿である。


「綾華は知ってるでしょ」

「……お、弟です!!」

「さっき万葉が否定してたよ」

「それに、彼女の母上は再婚してすぐに亡くなっておる。相手に名前より下の子供がいた可能性もあるかもしれぬが、そうであるならば多少話が入ってくるはず。それがないということは、彼女に弟がいる可能性は低いでござるよ」

「うぅ……」


ものすごく困った顔をしている。そんな顔をされては、こちらが悪いことをしている気分になってしまうのだが……。


「よ、宵宮さんが知らないのであれば、私にも分かりません!!」


そう来たか。
名前について詳しいのは宵宮殿と、綾華殿の兄上くらいだ。……綾華殿もある程度は知っている様だが、2人の方が正確な情報を得られそうだ。


「あんなに隠されたら知りたいに決まってるぞ」

「拙者も同意でござる」

「じゃあじゃあ! 明日宵宮の所に突撃訪問しようぜ!」

「いいでござるな!」


拙者とパイモンの間で進む話を蛍はニコニコとしながら見つめ、綾華殿は慌てた様子だった。トーマ殿は綾華殿を落ち着かせようとしているみたいだが、やはり名前について少し気になっているのか、こちらの会話に耳を傾けている様子。


「じゃあ明日の朝、宵宮の家に行こう」

「決まりだな! 万葉も来るだろ?」

「勿論でござる」

「よし! じゃあ……」


約束の時間と待ち合わせ場所を決め、明日宵宮殿の元を訪れることになった。本人の了承は勿論得ていない。何故ならその場にもういないからである。

……拙者はただ知りたいだけなのでござる。どうして拙者を避けるのか、どうして会ってくれないのか。
拙者を避けているというのは、まだ拙者のことを忘れていないという事。……何故なのだ、名前。






紅葉(モミジ)...大切な思い出
お主と出会ったことで得た経験は、全て大切な思い出でござる
今でも鮮明に思い出す……拙者はただ、お主と会いたいだけだ

───楓原万葉


2023年02月10日


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