二:青天の下、真の桔梗はつぼみを開かず



「夢に出てきた人?」


パイモンの問い掛けに名前はコクリと頷いた。
霊体の敵と戦い終わった後、名前はこちらへと駆けてきた。そして、私達がどうしてこんなに人気のない場所にいたのか、先程戦っていた存在は何なのか質問した。その返答が「夢に出てきた人」だったのだ。


「人と言うとちょっと違うかも。その人は人の形をしている人ならざる者だから」

「え、じゃあやっぱり幽霊なんじゃ……」

「ううん、違うよ。でも怖い存在に思うかも」


その人物は誰なのか。パイモンの問いに優しく答えていた名前へ直球に聞いた。


「……たしか、二人は知ってたよね。私の血統について」

「うん。桔梗の花の精霊でしょ」


こう見えて名前にはうっすらと人ならざる者の血が流れている。妖怪……桔梗の花の精霊という存在の血が。でも、それが一体どうしたんだろう?


「その、今日見た夢に出てきたの___私そっくりの存在が」

「え、それって……」

「その存在は私にこう言った、我は桔梗の花の化身だと」


初めて聞いたけど、自分にそっくりと言う発言で察しは着く。だって、自分そっくりというのは、血が繋がっていないとほぼあり得ないのだから。

だから、名前の最後の言葉で分かった。彼女の言った桔梗の花の化身は、名前と関係が深い存在だってね。


「もしかして、そのそっくりだって存在は……名前の祖先である桔梗の花の精霊?」

「! よく分かったね。蛍には教えてなかったと思うんだけど」

「顔がそっくりってなれば、疑うのは血縁者だからね」


……自分で言っておいて、少しだけ悲しくなった。いつどんな出来事に直面しても、すぐにその姿を思い浮かべることが出来る、私の片割れ。この世界で唯一の血縁者で、探している人。


「正解だよ、蛍。私が夢で見たのは、私の祖先だったの」


でも、ただの夢とは思えなかったんだ
そう言って考え込む名前。……実際、こうして1人で飛び出すくらいだから、本当にそう思っていたのだろう。


「どうしても夢の中で祖先が言っていたことが気になって、日が昇る前にセーフハウスを出てきた。実際に言われた場所に着いたら……」

「さっきのオバケ武者がいたってことか」

「オバケ武者……まぁ、間違っていないかな」


ま、まあオバケと言えばオバケかもだけど……。あ、名前笑ってる。


「あの敵は? 海乱鬼にも見えたけど」

「恐らくそれを模した存在じゃないかな。ちょっと嫌なところを見せちゃったけど……貫いたとき手応えがあったから、ただの霊体ではないかも」


ただの霊体じゃない……か。不思議な敵だ。
パイモンなんてもう怯え切っちゃって「ひっ……」しか口から出ていない。


「でないと私、幽霊なんて相手に出来ないもん」

「えっ」

「私もパイモンと一緒で、幽霊怖いんだ。でも、透けていても感覚があったから……触れられる幽霊って思い込んで、怖い気持ちを抑え込んでる」


と思っていたら、なんと名前も幽霊の類いは苦手だと言ったではないか!
意外だ、平気そうに見えたのに……でも、こうして自分の苦手な事を明かしてくれるのは、信頼して貰えているんだなという証拠な気がしてて、名前が自分の弱みを教えてくれた事が、純粋に嬉しいかった。


「って、話が逸れてきたね……」

「まだ名前があの海乱鬼と戦っていた真の目的が分かっていない」

「うん、まだ話してなかったね」

「桔梗の花の精霊が名前にあの海乱鬼を倒すように言ったのは、今の流れを聞いたら何となく分かった。けど……それを受け入れた理由が私はまだ分からない」


桔梗の花の精霊に言われたというのは、実際に話を聞いたことで推測できた。けど、名前はそれを断る事ができたはず。だというのに、名前はそれを断らなかった。その意思を私は知りたい。


「流石だね、蛍。今話した内容だけで、そこまで推測できるなんて」

「万葉と楓真くんが心配してたよ。せめて一度二人に会ってほしい」

「……たしかに、2人には何も伝えずに出てきてしまったから、事情を話すべきなのかもしれない。これは、私の勝手な意思によるものだから」

「勝手な意思?」


やっと復活したらしいパイモンが、名前の発言をオウム返しした。もしかして、名前の言う勝手な意思が、今回の話に関わっていそうだ。


「桔梗院家が次いできた武術は、祖先を除くと女性の継承者は誰もいなかった。私が初めてだったんだ」


桔梗院家の武術は、稲妻の神である雷電将軍もとい、影が認めたものだ。


「だから、私はすごいんだってずっと思ってた。自信を持つことは動きにも反映される……そう教わったから」


名前が繰り出す剣術は、本当に洗練されている。私も戦うために剣を振るうから分かる……名前は刀が大好きだからこそ、その道を究めたんだって。聞くには法器を除いた他の武器種も扱えるそうだけど、それでも名前は剣術を重視しているように見えた。


「でも、祖先の刀を受けて……私は、祖先とは違うと感じた」

「刀を受けてって、戦ったのか!?」

「うん。夢の中でなんだけど……現実のようだった」


そう言って名前は自分の両手に目線を落とす。僅かに震えているようにも見える……それほどに、夢の中で戦った彼女の祖先は強かったと言う事だ。


「当然だよね。ただ似ているからって、実力が同じ訳じゃない。……先祖返りだからって、祖先と同じじゃない」


先祖返り
名前は先祖返りの1人だったんだ。
そう言えば、一斗もその1人だったけ。妖怪の血を持つ者は、何処かのタイミングで先祖返りが生まれるのかな。


「でも、こうとも言えるよ。名前は先祖じゃない___名前は名前だって」

「……!」

「万葉は貴女が桔梗の花の精霊の先祖返りだから、名前と一緒にいることを選んだわけじゃないでしょ?」

「……」


私の言葉に考え込んでしまった名前。私的には即答で頷いてほしかったんだけど……。でも、私が言いたいのは。


「今の名前は祖先に縛られてる。祖先のことを考えすぎて、自分を見失いかけているよ」

「!!」


名前は先祖返りだからこそ、祖先に近付こうとしている。元々は純粋に桔梗院家の武術を取得したのに、名前は何処かのタイミングで先祖返りということを知ってしまった。
そして……祖先と刀を交えたことで、同じでなければならない思考に陥った。そうじゃないかな。


「私はただ、祖先に自分の力を見て貰って、認めて貰いたかっただけ……。でも、蛍の言う通り、私は祖先自身になりたかったのかもしれない。彼女の血が流れているから、私だって祖先と同じ位置に立てるはずだって」


名前の本音は、私が予想していたものと同じだった。……名前は過去という概念に縛られる傾向でもあるのだろうか。

以前は自分の母が託した願いのために自分の身を削り、共に消えようとした。今回は、自分という存在を祖先と同一にしようとした。相変わらず自分の事を考えていないようで。


「名前は今の名前でいいんだぞ! オイラ達はお前の祖先を実際に見たわけじゃ無いから強く言えないけど……お前がお前でなくなっちゃったら、万葉や楓真が悲しむぞ」


私とパイモンは名前の祖先を見た事が無いから、その素顔も実力も分からない。それでも言える事は、今の名前が好きだと言うこと。
そして、そんな貴女を愛している人がいると言うこと。


「……ありがとう、蛍、パイモン。2人がいなかったら、私間違った道に進むところだった」


名前は私達の言葉に納得してくれたのか、自分のやっていたことが危ういことだったと気づいてくれた。


「来て本当に良かったぞ……」

「名前、一旦万葉達のところに帰ろう? 2人とも名前を探してる」


目的の人物も見つけ、説得もできた。名前のことを止めたいわけじゃないけど、一度万葉と楓真の元へ顔を出して、黙って出て行った理由を話すべきだ。


「……ごめんなさい。祖先が出した課題は、日没までに終えなければならないの」


だが、名前は祖先から与えられた約束があるから難しいと答えた。


「その課題は?」

「あのオバケ武者を指定の数倒す事。その敵は、最大10体鳴神島に発生させるからって祖先は言ってた」


現在の時刻は午後となっており、数時間後で夕方になる。……間違いなく話こんでしまったから時間が奪われている。


「約束を一方的に破るのは違うもんな……うぅ、どうしよう?」

「このまま名前を放って置くわけにもいかない。名前、私達も着いて行って良い?」

「え?」


まさか同行すると思わなかったのか、名前は目を丸くして驚いている。……私はただ、名前が心配なんだと目線で訴える。


「……分かった。人の厚意を断る事は、私にはできないもの」

「ありがとう、名前」

「あと2体だろ? どこにいるのか分かるのか?」

「場所は分からないけど、気配は覚えた。……しらみつぶしに鳴神島を走り回ることになるけど、良い?」


これは名前からの最後の問いだ。本当に自分に着いてくるか、と。
……けど、引く気なんて無い!


「勿論!」

「着いてくぜ!」

「流石冒険者。伊達に各国を旅して、救ってきたわけじゃないって事だね」


着いてきて。
名前はそう言うと、私達に背を向け走り出した。

私はパイモンと一度目を合わせて頷いた後、名前の背中を追うため、走り出した。






2024年01月22日


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