一:夜明けに溶けた青紫



「あれ? あそこにいるのって楓真じゃないか?」


稲妻を訪れていた私とパイモン。
現在、鳴神島の紺田村を歩いていた時だ。見覚えのある姿が視界に入ったのは。

遠くから様子を見ていたのだが、キョロキョロと辺りを見渡して何かを探している様子だった。確か紺田村には彼の友人が多くいるはず。久しぶりの帰省で友達と遊んでいるのだろか?

そう思っていると、楓真くんがこちらを振り返り、私達を視界に捉えた。
彼は私達を見つけると駆け寄ってきた……不安そうな表情を浮べながら。


「蛍殿、パイモン殿っ」

「久しぶりだな、楓真! どうしたんだよ、そんなに不安そうな顔して……何か遭ったのか?」


そういえば、楓真くんの両親である名前と万葉は何処に?
パイモンが楓真くんに声を掛けている様子を見ながら考えていた時だ。


「うっ、ううぅ……っ」


今にも泣き出しそうな楓真くんが目の前にいるではないか!
名前と同じ色をした大きな瞳に大粒の涙がどんどん溜まっていく。一体どうしたら……!



「楓真」



内心慌てていたその時だ。
聞き覚えのある声が聞こえたのは。


「ち、ちちうええぇっ」


楓真くんの名を呼んだのは、彼の父親である万葉だ。楓真くんはその声に気づくと、まっすぐ万葉の方へと走っていく。万葉は片膝を着いて走ってくる楓真くんを受け止めると、軽々と抱き上げた。


「久しぶりでござるな、蛍、パイモン」

「万葉! あぁ、楓真泣いちゃったぞ……」


万葉が私達に挨拶してくれたが、声をあげて大泣きする楓真くんがどうしても気になってしまい、あまり集中できなかった……。


「一体何があったの?」

「オイラ達、ただ万葉と名前について楓真に聞いただけなんだ。だけど、聞いた途端泣きそうな顔を浮べて……」

「拙者から話そう。ほら楓真、大丈夫だから泣き止むでござるよ」


___しばらくして、楓真くんは泣き疲れたのか万葉の腕の中で眠ってしまった。
その寝顔にはまだ不安が残っているように見えた。


「迷惑を掛けたな」

「そんなことないぞ!」

「それで、名前は何処にいるの?」

「名前だが……実は今まさに探している所なのだ」

「えぇっ!?」


万葉の告げた言葉に大きな声が出そうになった。けど、パイモンが先に大きな声を出したこと、楓真くんが寝ていることを思い出した事で何とか留まった。


「拙者達が稲妻を出て暫く経つ。なので、名前の両親に挨拶しにと参ったのだが……」

「朝起きたら名前の姿がなかったんだな」


そっか。
確かにあの日名前が稲妻を発ってから、割と時間が経っている。万葉によれば、ちょくちょく稲妻に戻る機会はあったけど、それは仕事としてだったそうで、ゆっくり時間が取れなかったそうだ。

北斗が気を利かせてくれたようで、家族3人で稲妻へ戻ってきたが到着した時間が夜だったため、朝日が昇ってから移動する予定だったらしい。……そして次の日、つまり今日彼らが起きた時には既に名前の姿はなかったそうだ。


「2人とも耳が良いじゃないか。どちらか気づけたんじゃないか?」

「神里家に仕えていた時の名前を忘れたか? 隠密行動を基本としていたのだ、拙者達の耳を騙すことなど簡単であろう」

「あ、そうだったな……」


かつて、名前は神里家に仕えた武士で、綾人さんの指示のもと任務を執行していた。その中で培われた技術は今も尚残っている。


「これまでに名前が勝手にいなくなることはあったの?」


この質問は、勿論名前と万葉が互いの気持ちを再確認した後を前提としている。わざわざ伝えなくても万葉には伝わるはずだ。


「それについては否だ。あんなことが遭ったのだ、名前が拙者の目の届くところから離れる際は行き先を言うようにを伝えていた。そして、名前もそれを守っていた」

「でも、名前は何も言わずに消えちゃったんだろ?」

「うむ。拉致の線も考えたのだが、争った痕跡が全く見つからなかったのだ。そもそも、争っていたのなら拙者はすぐに気づいて目が覚めている」


名前の実力なら攫われた、という線は薄い気がするが無いとは言い切れない。彼女の戦闘能力が高いことは理解しているけれど、自分の身を顧みない傾向があるから心配だ。


「だったら、名前は自分の意思で2人から離れたってことになるぞ」

「……そうであるな」


楓真くんを抱える万葉の腕に力が入る。次に彼の顔を見ると、悲しさと怒りが混ざったような表情を浮べていた。
今持っている情報だけでは名前が攫われたのか、自ら2人の元を離れたのか判断できない。


「探しに行こう」


だったら残るは、名前を探す事。
今持っている情報だけでは難しいかもしれないけど、名前という人物像を知っていればある程度は絞り込める。


「名前は稲妻にいるのは確かなんでしょ?」

「そうだな。ここへ参った時も南十字船隊の皆が送ってくれたのだ。帰りも同じく彼らが迎えに来る手筈だ」

「名前が他の人に稲妻を出たいから船を貸してくれって言ってそうなイメージもないし、稲妻にいる可能性は高そうだな」

「うむ、名前は警戒心が高い故、知らぬ人に頼み込むことはないだろう」


まず、名前は本当に警戒心が高い。
だから人に頼み込んで稲妻を出た線は薄い。


「それに、時間帯から考えるなら鳴神島にいる可能性も高い」

「流石の名前でも、朝起きてからすぐに神無塚やヤシオリ島には行けないはずだぜ」

「万葉、名前が行きそうな場所に心当たりはない?」


今の時間帯は朝だ。
流石に鳴神島にいるはず。


「……すまぬ、心当たりが全くない」

「え、えええぇっ!!?」

「名前とは鳴神島に限らず、稲妻を巡ったことはほぼないのだ……」

「そうだったのか……」


そっか、そうだった。
名前は桔梗院家の事があってから、すぐに追放となった。万葉と稲妻を巡る時間などなかったのだ。


「名前の両親の元へは3人で行こうと話していた。だから先に行っているという考えはしたくないが、いる可能性もある」

「だったら万葉と楓真はそこへ行ってみてくれ」

「承知した。2人はどうする?」

「私とパイモンは町の外を探してみる。万葉は魔物がいない安全な場所を探して。楓真くんがいるんだし、危険な場所は私達が行ってみるよ」

「気遣い感謝する。では、拙者達は稲妻城を探してみるでござるよ」

「気を付けるんだぞ、万葉ー!」


しかたない。しらみつぶしで行って見るしか無い。その間に名前が移動している可能性もあるけど、行ってみることしか今はできない。


「蛍、何処か心当たりはあるのか?」

「正直ないけど、名前は人が多い場所にはあまりいない事が多かったじゃない? だから、人気のない場所がいいと思ったの」


神里家に仕えていた時もそうだ。
名前は人が多い場所には極力近付かずかないようにしていた。どうしても人が多い場所に行かなければならない場合は、夜に訪れたり物陰に隠れたりしていた。

だから名前は人があまりいない場所にいるのではと思ったんだ。


「そっか。じゃあお前が思う人気のない場所に行ってみよう! オイラも頑張って探すぞ!」

「ありがとう、パイモン」


人気のない場所ということで、この場から一番近い古びた社がある場所……前に幽霊に出会った影向山の社に行ってみよう。



***



「こ、ここにはいないみたいだなぁ……?」


震えた声でそう言うパイモンの言葉を聞きながら、辺りを見渡す。
目的の場所へ到着したが、いるのは女性ファデュイくらいだ。


「そうみたいだね。別の場所に行ってみよう」

「お、おう。相変わらずこの辺りは怖いなぁ……」


やっぱり怖がってたんだね。怖がっているパイモンを弄る趣味はないので、早く移動しよう。


「次は荒海辺りに行ってみよう。あの辺りも人気はないほうだよ」

「でも魔物が多いだろ。特に遺跡系の奴らが……」

「だからこそ人があまりいない。名前がいる可能性が高いんだよ」

「なるほど……オイラはお前の考えを信じるぜ!」


道中に野伏衆がおり、見つかる度に刀を向けられたため行動不能にさせた。そんな感じに進んでいれば、時間はもう少しでお昼になる頃だった。


「名前のやつ、全然いないぞ……」

「ここも違ったのかな」


荒海と呼ばれる場所までやって来たが、やはり名前の姿はない。まだ奥まで見ていない、もう少し進んでみよう。
パイモンにそう伝え、荒海の奥へと足を進める。


「……あれ、何か聞こえないか?」


パイモンの言葉に耳をすませる。
……静かな場所に、小さく聞こえる金属音。それは、まるで刀をぶつけているような……って!


「行ってみよう、パイモン!」

「おう!」


音の聞こえる方へと全力で走っていく。
先程まで野伏衆と戦闘していたから、硬いものがぶつかる音が馴染んでいる。この音が探している人物によるものかもしれない。そう考えたら走らずにはいられなかった。


「!」


音が大きくなってきた。
そう思いながら走っていると、視界に入ったのは見覚えのある羽織。動く度に揺れる黒い首巻きが揺らめく。

……そう、私の視界に入ったのは名前だった。


「あいつ、襲われているぞ……って、ひいぃっ!?」


そして、名前が相手しているのは海乱鬼だ。しかし、その野伏衆の身体は透けている。言ってしまえば、幽霊だろう。
何故名前があの海乱鬼と戦っているのか。それを問いただすため彼女に参戦しようとした。


「そこだッ!!」


海乱鬼の手から刀が離れる。その瞬間、名前は海乱鬼の胴体に刀を突き刺したのだ。生身の人間であれば大怪我で済まないが、相手は霊体。大事になってないと言っていいのかは分からないが、大問題にはならなさそうだ。

でも名前の動き……本当の人間であれば即死だろう。彼女が本当に人を殺したことがある証明にもなっていて、少しだけ悲しくなった。


「はぁ、はぁ……っ、これで8人目……うん?」


名前がこちらを振り返る。そして、蒼色の瞳に私達を移した。


「蛍にパイモン、どうしてここに……!?」


私達の名を呟いた名前の表情は、驚きで染まっていた。
その発言から読み取れるのは、誰にも目的を伝えていなかったという事。

……詳しく話を聞かせて貰うよ、名前。






※幽霊の海乱鬼のイメージは、稲妻ギミックの剣柄に出てくる海乱鬼です。


2024年01月09日


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