十五:土国桔梗



「あ、楓真!」

「宏一! あ、そういえば約束を破ってしまい、すまぬ……」

「大丈夫だって! 猛に聞いたんだ、大変だったんだろ……?」

「でも無事で良かったよ〜!」


場所は稲妻城入り口付近。
神里屋敷からここまで徒歩で歩いていた。

昨日、宵宮の元から神里屋敷に戻り綾華様とトーマに稲妻を出る事を伝えた。お別れと言うことで神里家に一泊したのだが、神里屋敷を発つとき、楓真は寂しそうだったなぁ……。

なんて思いながら稲妻城入り口に着くと、こちらに駆け寄ってくる男の子。続けてたくさんの子供達が集まってきた。

どうやら楓真の友達のようで、何か約束をしていたらしい。話の内容を聞く限り、楓真が攫われた日と被っているようだ。


「普段の楓真は宵宮から聞いていたけれど、こんなに友達が多かったんだね」

「拙者も楓真から少し話を聞いていたが、ここまで友がいたとは嬉しいものでござるな」


遠くから楓真の様子を万葉と共に眺める。すると、楓真の友達の一人がこちらに気づく。……そして指をさしながら口を開いた。


「あーっ!? 楓原万葉だ!!」

「え? あぁ、本当だ!!」


正確には万葉の方を指さしてだけど……なんて思っていると子供達の関心は彼に向く。こちらに駆け寄ってくる子供達に万葉は少しだけ目を丸くしている。


「お、お主等少し近くないか……?」

「やっぱり楓真くんそっくり!」

「ちょっと並んでみてよっ」

「お、押すでないっ」


子供達からの熱烈な言葉に慌てる万葉と、友達に背を押される楓真。その様子を私は少し離れた場所で見守る。


「ほら〜! やっぱりそっくりだよ!!」

「俺達の目は間違ってなかったな!」

「あー、えっと……そのことについてお主等に話がある」


友達が盛り上がっている中、万葉と並んで立つ楓真が気まずそうに口を開く。……あぁ、そっか。楓真も言われるまで知らなかったもんね。だから友達も当然知らない訳だ。


「なぁに楓真くん」

「実は楓原万葉は……わっ!?」

「楓真の父だった、というわけでござる」


楓真を自分の元へ引き寄せながら、笑顔でそう言った万葉。……数秒後、子供達の絶叫が辺りに響いた。


「なんで教えてくれなかったの!?」

「知ったのは数日前だったのでござるよ」

「楓真くんも知らなかったんだ〜」


子供だからこそこの反応で済むけど、彼らの親からは冷たい目で見られるだろう。……それもそうだ。私自身の都合で楓真に父親の存在を……万葉の存在を隠していたのだから。


「じゃあじゃあ! そこの人は楓真くんのお母さん?」

「え?」


考え込んでいると、こちらに声を掛けられていることに気づく。顔を上げれば、楓真の友達の一人が私を見ていた。


「髪の色が楓真くんと一緒だもん! 絶対そうだよ!」

「美人なかーちゃんだな!」

「いいなぁ〜!」


まさか自分の容姿を褒められる日が来るとは思わなかった。素直な子供達の言葉に少し照れてしまう。


「妬けてしまうなぁ」

「え?」

「名前の頬を赤くして良いのは拙者だけであろう?」


子供達の間を通り抜け、私の元へ歩み寄った万葉。その手は私の頬に添えられると同時に、視界のほとんどが優しげな表情を浮べる彼で埋まる。


「ちょ、ちょっと万葉っ、恥ずかしいよ……っ」

「ははっ、お主は変わらないなぁ」


からからと楽しそうに笑う万葉を睨み付けるけど……効いてないな、これは。


「おまえの父ちゃんと母ちゃん、ラブラブじゃねーかよ!」

「いいなー! あたしもあんな風になりたーい!」

「そ、それより! 楓真、大事なことを言わないとでしょ?」


何とか私から注目を逸らし、楓真に声を掛ける。
……大人げない?
う、確かにそうだったけど……でも大事なことだし!


「大事なことって?」

「あぁ、そうであった。実は……」


楓真は友達に稲妻を出る事を伝えた。
当然、楓真がいなくなることに悲しんでいたけれど、たまに戻ってくる事を聞いて「また一緒に遊ぼうな!」「他の国について沢山教えてね!」など、前向きに送り出す声が聞こえた。

……良い友達に出会えてよかったね、楓真。


「では、他にも行かねばならぬ場所がある故、そろそろ切り上げてもよいか?」

「そうであったな、父上。では皆、また」

「おう、またなー楓真!」

「またね、楓真くん!」


友達に見送られながら、私達は稲妻城城下町へ踏み入れた。ちょっとだけ寂しそうな楓真の頭を撫でると、嬉しそうな笑みを返してくれた。



***



「この場所へ来るのはいつぶりだろうか」


場所は稲妻城城下町から少し外れた場所。……ここは元桔梗院家本家、即ち私の家があった場所だ。
建物があった痕跡はどこにもないけれど、そこに家があった”証拠”はまだ存在していた。


「紅く色づいた小さな紅葉に、少なくなってしまった桔梗の花……うむ、拙者と名前が植えたもので間違いない」

「これだけはどうしても失いたくなかったんだ。……万葉との思い出も一緒に消えちゃうって思って」

「名前……」


父様を失い、母様を失い……そして、家を奪われた。当時の私にはこの紅葉と桔梗だけが、今までの思い出の証拠たる存在だった。これされも失えば、私には何も残らない。そう思っていた。


「思い出に縋るのは良くない。だから私は万葉を忘れようとした。……なのに、忘れられなかった。けど、こうして万葉と向き合ったことで、私の考えが間違っていたことに気づけた」

「拙者はその気持ちを持ち続けてくれていたことが、嬉しいでござるよ」

「? どうして?」


私の言葉に対しそう返答した万葉の発言に首を傾げる。万葉と暫く目が合っていると、彼が視界を逸らす。その先には私達を見上げる楓真がいた。


「お主が拙者を忘れなかったからこそ、楓真に出会えた。そして、楓真の存在は拙者の不安な気持ちを解消してくれたのでござる」

「拙者の存在が?」

「うむ。名前の気持ちが冷め、拙者の事がどうでも良いとなっていたのなら、お主は今この世界には存在しておらぬからな」


楓真の存在が、万葉を忘れられなかったこと、今でも恋い慕っている証明である事は私にも分かっていた。……このような結果になったとなら、あの時の私の決断は間違っていなかったのだと、今だからこそ思える。


「さて、名前の父上と母上に挨拶と謝罪をせねばな」

「え? なんで謝罪?」

「……お主が苦しんでいる中、拙者は何もできなかった。不安な状況の中、支えてやることができなかった。だからこそ、これからで償い、二度と同じような目に遭わせぬと二人に誓うのでござるよ」


こちらに微笑みかけたあと、万葉は紅葉の幼木と桔梗の花が咲く場所へ屈む。手を合わせ目を閉じるその様子を見て思うのは、彼が父上と母上に何を話しているのだろう、というもの。大まかな内容は先程言っていたけど、その内容を紡ぐ言葉が気になるなんて、細かいかな。


「拙者も祈るでござる!」


続けて楓真も万葉の隣に並び、手を合わせて目を閉じる。私が任務で不在の時も、時折ここへ赴いていた事を宵宮から聞いている。一度も見た事はなかったけれど、貴方にとっておじいちゃんとおばあちゃんが眠る場所に、最後のお別れをしているのかな。


「……私も」


楓真を間に挟むように、私は屈んで手を合わせる。
……父様、母様。私は桔梗院家を解放しました。それと同時に、これまで尊き祖先が継いできた武芸を最悪な形で扱ってしまったこと、申し訳ございません。

ですが、許されるのならばこの武芸は……楓真が望むのであれば継承したいと考えています。


「……!」


風が吹く。その強さは優しいもので……まるで父様と母様からの返答に感じた。
……ありがとうございます、父様、母様。

そして、2人には大切なことを伝えなければなりません。私は将軍様より稲妻からの追放を言い渡されました。……ですので、近々楓真と共に稲妻の地を旅立ちます。

ですが、将軍様は永遠の追放ではなく、たまに戻ってきて良いと言って下さいました。此処へ戻ってくる頻度が低下してしまいますが、一年に一度稲妻の地に戻る事を約束します。


そして、戻る度に二人へ語ります。……稲妻の外の世界について。
私も人から聞くものでしか他国を知りません。ですが、漸くこの目で見る事ができる……それが楽しみでもあるのです。

ですから、どうかこの地でゆっくり休みながら待っていて下さい。……良い思い出話を土産に帰ってきます。



「……うん? あ、」



目を開けると感じた視線。隣を見れば万葉と楓真が私をジッと見ていた。


「随分と話し込んでいたみたいでござるな」

「うん。……話したい事が沢山あったから」

「では、次はお主がこの場所で楽しい思い出を語れるよう、良い旅にしなければならぬなな」

「ふふっ、お願いね? 旅の先輩?」

「よろしく頼む、父上!」

「うむ、任された」


父様と母様への挨拶は終えた。これで私と楓真のやるべきことは終わった。けど、


「では、次へ参ろう。少し危険な道を歩く故、気を付けるでござるよ」

「楓真、離れないようにね」

「承知した!」


どうやら万葉はまだ用事があるらしい。……それも、私と楓真に会わせたい人がいるのだと。話を聞いていないので誰の事か分からないけど、着けば分かるかな。

そう思いながら私は楓真と共に万葉の後ろを着いて歩いた。



***



「刀……?」



場所は鎮守の森に近い場所。崖の間に出来た小道を歩いた先にあったのは、突き刺さった1本の刀と、光を失った神の瞳だった。


「……ここは、かつて共に行動していた友が眠る場所だ」

「!」


刀、神の瞳……判断材料としては少ないけれど、万葉の言う人物が誰をさしているのか分かった。
あの日……まだ目狩り令の最中だった頃。偶然目撃した御前試合で、将軍様に挑んだ流浪がいた。その人物の神の目を持ち去った事で万葉は指名手配されていた……。


万葉の言う友とは、その御前試合で敗れたあの男性ではないだろうか。


「彼は拙者の話をよく聞いてくれていた。その話のほとんどは名前についてだった」

「私について……」

「ああ。最期の時まで拙者と名前が再会することを望んでおったよ」


だから、こうして報告できることが嬉しいのでござる
そう言って万葉は刀の傍に近付き、片膝を着いて屈んだ。


「……見ておるか? お主は言っておったなぁ、二人揃った所を見たいと」


こちらを首だけ振り返る万葉。その瞳が私を呼んでいる気がして、足を進めてその隣に屈む。


「……あなたの最期は私も見ていました。その勇姿、とても素晴らしいものでした」


どうか、安らかにお眠り下さい
そう告げて私は手を合わせ目を閉じた。……隣から感じる視線を味わいながら。


「聞いてくれ。実は拙者に息子がいたのでござるよ。……楓真」

「どうした? 父上?」


目を開け隣を見れば、楓真に声を掛けている万葉。対する楓真は近くにいた白い猫と遊んでいたようで、一緒に万葉の元へ近寄ってきた。


「拙者の友に楓真を紹介したいのでござるよ」

「そうであったか! 拙者は楓真でござる!」


笑顔で自己紹介をする楓真を見ながら思うことは、万葉の友だったという流浪。……あの服装には覚えがあったから。

それは私が流浪狩りを強制させられていた頃。……まだ人を斬ることに抵抗があった頃だ。彼の刀捌きはなかなかのものだったから苦戦した相手でもあった。

……本来であれば、彼はあの時私が殺していたかもしれない相手。だというのに、当人は私に言葉をぶつけてきたのだ。


”あなたの刀からは迷いを感じる”
”自分の行いが間違っているのではないか。そう思っているのではないか”


その言葉は、あの男の言いなりになっていた私には強く刺さった言葉だった。間違っていると分かっていても、怯えていた私には実行する勇気はなくて……それでもその言葉はずっと私の心に残っていた。

……あの言葉がなかったら、もしかしたら。本当の人斬りになってしまっていたかもしれない。


「……、名前」

「ひゃい!?」

「何か考え込んでいたようだが……大丈夫でござるか?」

「だ、大丈夫、大丈夫! 心配されるようなことじゃないから!」


きっと万葉は知らないだろう。彼の友人と流浪狩りをしていた頃に知り合っていたことを。ないとは思うけど、尋ねられるその時までこの事は隠しておこう。


「誠か?」

「……いや、見知らぬ私の事も考えてくれてたんだなーって思ってただけだよ」

「そうでござったか」


万葉の友人だったあなた。
彼と出会ってくれてありがとう。稲妻を彷徨っていた彼にとって、あなたは間違いなく心の拠り所だったと思う。

最期の時まで彼の事を考えてくれてありがとう。これからは私が彼を、万葉を支えます。もう二度と誤った考えはしません。どうか、安心して眠って下さい。


「では、そろそろ約束の時間になるな」

「死兆星号に行かなくちゃね」

「あの大きな船であろう? 乗れると思うと、楽しみでござる!」

「船には楓真と年が近い子供も乗船しておる。新しい友ができるでござるよ」

「わああ……!」


瞳を輝かせながら万葉の話を聞く楓真に笑みが零れる。……生まれ育った国を離れるのは寂しい。だけど、これからは新しい発見の連続が待っているはず。



「さ、参ろう。今日から死兆星号が拙者達の過ごす場所だ」

「母上、早く!」


私の手を引く楓真に着いて行きながら、この場を離れる。その少し先を歩く万葉と、隣を歩く楓真を見て思うのは、その新しい発見の連続を二人と共に体験できること。


……さようなら、稲妻。
だけど、いつか必ず帰ってきます。だからどうか、私の新たな門出を見守って下さい。

死兆星号が停泊する離島までの足取りが軽く感じたのは、きっと気のせいじゃない。







土国桔梗(トルコキキョウ)...希望
稲妻の外……気になった事がないと言えば嘘になる
でも、こうして稲妻の外の世界を見た時、感動という言葉では収まらない何かを感じた

この先も私の知らない景色が沢山あること、そして何よりも大切な人達と見ることが出来る……そんな楽しみがある


こんなにも明日が、未来が楽しみだと思えた日はいつぶりだろうか
……万葉と楓真がいるなら、この先ずっと”楽しみ”ありふれているんだろうね!


───桔梗院名前



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2023年04月24日


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