十一:桃薔薇



「待たせたか」

「いえ、大丈夫ですよ」


現在、将軍様の部屋を退出した後、私は九条様に連れられとある部屋に入室していた。そこで暫く待っているように言われていた。

九条様が退出されて数十分ほどだろうか。さて、彼女は何故私を部屋に待たせたのだろうか。はっきり言ってしまえば私はもうここにいる理由がないため、さっさと追い出される立場だからだ。


「桔梗院家の処遇について将軍様から回答がきている」

「!」


わざわざそれを伝えるために……九条様の優しさに少しだけ笑みが零れた。


「お前が望んだ通り、桔梗院家は絶家することとなった」

「……そうですか」

「これで良かったのだろう?」

「はい。ありがとうございます、九条様」

「礼なら将軍様に言え。私はお前の要望を将軍様に伝えただけだ」


もしあの場で将軍様に桔梗院家を消してくれと言ったら頷いてくれだだろうか。

でも、九条様が私の気持ちを将軍様へ伝えて、それが受理されいるんだ。九条様の伝え方が将軍様の判断材料になっているのは間違いないはずなんだ。


「その……少し聞いてもいいか」

「はい、なんでしょうか?」

「お前と将軍様は過去に何か関わりがあったのか?」


どこかそわそわとした様子で九条様が問いかけた内容は、私と将軍様の関係だった。


「直接対面したのは今回が初めてです。なので私は世間から聞いた将軍様しか知りませんでした。ですが、先程将軍様と話して……どうやら私の祖先と将軍様が古い友人だったみたいで、それで私と話がしたかったと仰っていました」


簡単にだが、私と将軍様には直接的なものではなく、過去から続いていた縁による関わりが存在していたことを九条家へ伝えた。


「そうだったのか……すまない、私的なことを尋ねてしまって」

「構いません。私自身、まだ驚いているんです」

「本来であればお前は既にこの世にいない。……私が言うことではないが、今回のお前自身の処遇は将軍様による慈悲なのかもしれんな」


九条様の言う通りだろう。実際に将軍様も仰っていた……今回の私の処遇については将軍様自身の私情だと。将軍様の慈悲で私は命を奪われなかったのだ。


「すぐにでも稲妻を発つのか」

「なるべく早く出ようと思っています。それが今回の私の処遇ですから」


追放
それは名ばかりのもので、将軍様からいつでも帰ってきていいと言葉をいただいている。けど、世間的には私は罪人であるため、早い内に稲妻を去らなければ。


「ですがまずは、父と母に稲妻を離れる事を伝えなければ」

「……そうだな」

「それが終わった後は……うーん、どうやって稲妻を離れるか、ですね」


何だかんだ稲妻の外に興味はあったが、伝手がない。稲妻の外に出るための足、即ち船が。まぁ、綾人様に頼めば用意して下さるかもしれないが……。


「私からは以上だ。さぁ、出口へ案内しよう」

「お願いします」


私は九条様の後を続いて、廊下を進み……天領奉行を出た。朝日が昇りきったようで、本格的に一日が始まったようだ。


「ありがとうございました、九条様」

「礼を言われることをしたわけではない。当然のことをしたまでだ。……さ、私の案内はここまでだ」


こちらを振り返って、私の視界の大半を占めていた九条様が身体を半分反らす。彼女の背後の光景が見えたと思った瞬間、


「え、」


ここにいるはずのない人物が視界に入った。私の驚きの声に反応したのか、腕を組み背を預けた状態でこちらに首だけ向け、その人物……万葉は綺麗な紅色の瞳を少し見開いた。


「かず、は」


どこか怒りを含んだ表情を浮べ、ずかずかとこちらへ歩み寄ってくる万葉に、反射的に後ずさってしまう。


「わっ、ぷ、」

「…………無事で良かった」


後ずさってしまった私を引き寄せ、捕まえるように抱きしめられた。万葉の胸に顔を押しつけられる形で耳に届いたその言葉に、また彼を不安にさせてしまったと今更後悔を感じる。


……そうだよ。昨日約束したのに、私は破ろうとした。『二度と自分の前から消えないでくれ』という万葉の言葉に対し、私は『約束する』と言ったのに、だ。

万葉が怒るのも、不安になるのも当然だった。


「……うん、ごめん」

「二度とと言ったであろう」

「うん……っ、本当にごめん……っ」

「お主は拙者にとって何にも変えられぬのだ。だから、だから……簡単にその身を差し出す行為はやめてくれ」


背中に回る腕に力が入る。それに応えるように私もそっと万葉の背中に手を回した。



***



「よく戻ってきました、名前」


場所は移動し、社奉行本部
私は万葉と共に神里屋敷へ戻ってきた。出迎えてくれたのは綾人様だった。


「蛍さんから粗方事情は聞いています。……それで、将軍様のご回答はいかがでしたか?」

「えっと、蛍から事情を聞いたと言うのは……?」


私の問いかけに対し、綾人様は説明をして下さった。
どうやら私が天領奉行に連行された後、その場にいた蛍と万葉に九条様がいろいろ話してくれたという。

その”いろいろ”というのは、私が何故将軍様の元へ連れて行かれたのか、というものだった。その話で、私が将軍様によって処刑されることがないだろうと蛍と万葉は思っていたらしい。


……九条様、将軍様をよく理解していらっしゃるんですね。私はあの言葉を貰うまでは処刑されるものだと思っていた。


「それで、どうだったのですか?」

「はい。時期に通達が来るかもしれませんが……将軍様より、稲妻から追放を言い渡されました」


綾人様の問いかけに対し、私は将軍様より言い渡された処遇を伝えた。それを聞いた綾人様は顎に手を添え、考える素振りを見せた。


「追放……なるほど」

「はい。……ですが、その。将軍様はいつでも戻ってきて良いと言って下さいました」

「なんですか、それは。まるで追放とは名ばかりのものに聞こえますが」

「私も伝えられたときに同じ事を将軍様に言いました。ですが、あの時の将軍様を思い出すと……きっと将軍様にも事情があって、今回私の処遇を追放としたのだと思います」


私は将軍様について殆ど知らない。だから、あの表情が何を想ってなのかは予想出来ないけど、将軍様にとって辛いことだったのではないか。それだけは分かるんだ。


「なるほど……分かりました。寂しいですが、それが将軍様より貴方に下された罰です。名残惜しいですが、稲妻を発つ準備をしなくてはいけませんね」


どこか寂しそうに微笑む綾人様に、何かが込み上がってくる感覚がする。……あの日、殺そうとした人物に仕える事になり、私の目的に助力して下さり……ここまで多くの迷惑を掛けてきた。

これからもずっと仕えるのだと思っていたのに、まさかこのような結果になるとは。まだまだ返したいことがあるというのに、私はこれ以上稲妻にいることはできないから。


「ところで、稲妻を発つ宛てはあるのですか?」

「あ、えーっと……それについてはこれから探そうと…」


綾人様の問いかけにそう答えていたとき、服の裾を引っ張られる感覚がした。その方へと振り返ると、何故か不満げな表情を浮べている万葉がいた。


「何故真っ先に拙者が思い浮かばぬのだ」

「え?」

「お主も知っておるだろう。今、拙者は南十字船隊と行動を共にしておる……故に、真っ先に思い浮かぶのは拙者でござろう?」


……あぁ、なるほど。万葉の言いたい事が分かった。


「つまり、万葉が乗ってる船に来ないかってお誘い……?」

「うむ」


私の回答に満足なのか、先程の不満げな表情はどこへやら、ニコニコと嬉しそうに万葉は微笑んだ。


「けど、突然知らない人を船に乗せるなんて言ったら困るんじゃ……」

「元よりお主を船に乗せることは船長には話しておる。気にすることはないでござるよ」


勿論、楓真も連れて行くでござるよ
その言葉に下がっていた頭が上がり、万葉を視界に捉える。……まさか、万葉からその言葉を聞けると思わなかったからだ。だって、万葉から言ってくれたって事は。


「名前と”拙者”2人の『宝物』でござるからな」


出会って、認知して数日だというのに楓真を自分の血が流れる子供だと思ってくれていることだよね?


「何を驚いた顔をしておる」

「だって、万葉からそんなこと言って貰えるなんて思っていなかったから……」

「もしや拙者を薄情な男と思っておったのか?」

「そ、そう言う意味じゃないよ!! その……嬉しくて」


……はっ!
私今何を言って……と気付いた時には遅く。


「わっ、」

「当然でござろう? ……やっと拙者達は家族になったのだから」

「か、ぞく?」

「昔伝えたはずだ。拙者は許嫁関係なくお主を愛しておると。……そして、」


頬に添えられた万葉の手。その温もりにビクッと反応してしまう。紅色の瞳から視線をそらせず、ジッと見つめ返す形になる。



「名前に恋をしてからずっと、拙者の隣はお主だけだと決めていた。家族として共に在りたかったのでござる」



お主は違うのか、名前
……その問いかけはずるい。ずるいよ、万葉。


「わたし、貴方の隣にいていいの……?」

「駄目など一度も言っておらぬ」

「わたし、貴方を殺すように言われてたんだよ……?」

「もうお主を脅かす存在はおらぬだろう? 仮にいたとしても拙者が守る。……今度こそ、守ってみせる」


いつの間にか万葉の片腕が私の背中に回っていたことに気づく。その腕に力が入り、万葉の元へ引き寄せられた。



「___行こう。拙者と共に、果てしない美しき世界の旅へ」



そんな優しい表情で言われたら、嫌だなんて言えないよ。……いや、そもそも嫌なんて選択肢が私にはなかった。


「……っ、うん」


万葉の問いかけに頷くと、近くから拍手の音が。……はっ、そういえば此処には綾人様もいらっしゃったんだった……!!


「も、ももも申し訳ございません!!」

「いいのですよ。私は気にしていませんから」


顔が赤くなる感覚を覚えながら謝罪の言葉を伝えると、綾人様はクスクスと笑いながら大丈夫だと返してくれた。うぅ、恥ずかしい……。

万葉は何とも思わなかったのだろうか。そう思いチラッと隣にいる万葉を見上げるが、先に事を始めた本人は知らぬ顔。なんだたったら嬉しそうだった。


「船についてはこれで問題ありませんね。持ち物はどうでしょうか?」

「元より持ち物は少なかったので、私は問題ありません。楓真はもしかすれば多いかもしれませんね。後ほど確認します」

「なるほど、そうですか。であれば、残るは別れの言葉ですね」


綾人様の言葉に数名思い浮かぶ。私という存在を認知してくれた数少ない人達。


「綾華とトーマについては後ほど時間を作るよう言っておきますので、その他で貴方が別れの言葉を告げる必要のある方達の元へ行ってください」

「はい、ありがとうございます」


私は綾人様へ一礼し、その場を去る。向かうは楓真のいる場所だ。
昨日は楓真と万葉の3人で過ごし、楓真が寝付いた後私は任務へ赴いた。時刻も時刻であったため、万葉も寝ているものだと思っていたのだけど……どうやら狸寝入りだったらしい。



「楓真、起きて……わあっ!?」



部屋の前で声を掛けると、勢いよく開いた襖。そこから私に飛びついてきた影に驚く。その正体は涙を溜めこちらを見上げる楓真だった。


「ぐす……っ、寂しかったでござる」

「ご、ごめんね楓真」


私を睨む楓真だが、正直に言って全く怖くない。でも本人は真面目に怒っているのだろうから言えない。


「母上は分かっていたからまだ良い。だが、拙者が怒っているのは父上のほうだ!」


私から離れた楓真が次に見たのは万葉だった。彼の方へビシッと指をさした楓真に万葉は少しだけ目を丸くする。


「せ、拙者でござるか?」

「うむ! 今日も父上と朝を迎えられると思っておったのに、誰もいなかった……だから、寂しかったでござる」


私が綾人様立案の作戦に引っかかる前日…即ち、楓真が流浪に襲われた日。
その日の夜、万葉は楓真と共に過ごしたそうだ。その場面を見ていたわけではないと言うのに穏やかな気持ちになったのを覚えている。

それで、次の日には私がいたことで楓真の機嫌は最高潮。その次の日は私は桔梗院家との決着を付ける日であったため、楓真が寝付いたのを確認した後神里家を発ったのだ。

万葉も寝ている様子に見えたのでそのまま出て行ったのだけど……。まさか狸寝入りだったし、現場に来るなんて思わないって。


「そ、それはすまなかった……だが、拙者は母上が心配だったのでござるよ。許してはくれぬか、楓真」

「……むぅ、分かったでござる」


楓真から許しの言葉を貰った万葉は困ったような笑みを浮べていた。……楓真には父親、万葉の存在を隠していたわけだけど、私が思っていた以上に父親という存在が気になっていたんだろうな。こんなにも感情豊かな楓真は初めてだもん。


「楓真、これからの事を話したいんだけど良い?」

「? 勿論でござる」


首を傾げながらも楓真は私の問いかけに頷いた。
まず私は今回の任務で稲妻から追放される身になったことを楓真に分かるようかみ砕いて伝えた。

そこで私は楓真に問いかけた。……稲妻に残るか、私と万葉と共に稲妻を出るか。


「……友との別れは寂しい。だが、拙者は母上と一緒に行きたい」

「拙者も着いて行くでござる」


楓真からの答えは、私と共に稲妻を出ること。そして、万葉がお世話になっている南十字船隊の元へ行くということだ。


「決まったでござるな」

「じゃあ、稲妻を出る準備をしなくちゃね」

「うむ。持ち物は……ほぼ宵宮の姉君のところにある」

「まあそうだろうね……」

「では、宵宮殿の元へ参ろう」


というわけで、私達は宵宮の元へ向かった。元より彼女は仕事のため私が任務に向かう前に自宅へと帰路を辿ったのだ。今日は自宅にいるだろうか……。



「龍之介さんの姿もない……留守なのかな」



稲妻城、長野原家付近
いつもなら家の前で龍之介さんの姿が見えるのだが、その姿が見えない。家族揃って出かけているのだろうか……そう思っていた時だ。


「名前やんか〜。それに、楓真も万葉も。どないしたん?」


後ろから聞こえた声。それは目的の人物、宵宮だった。彼女の手には商売道具である花火の材料が入った箱があることから、どうやら仕事中だったみたい。


「宵宮! 実は……」


私は宵宮にこれまでの経緯を話した……。宵宮は黙ってそれを最後まで聞いてくれた。


「そっか……そりゃあ、寂しくなるなぁ」

「でもずっと稲妻に戻らないわけじゃない。ちゃんと戻ってくるから」

「へへっ、そっか。なら、旅の思い出を土産話に待っとるわ」


宵宮、知ってる?
私、貴女が思っている以上に宵宮に感謝しているんだよ。楓真の事は勿論、傷だらけだった私を見つけてくれて、介抱してくれて……。今思えば、あの時がなかったら私達、ここまで仲を深めることすらなかったのかもしれない。



「___うん、楽しみにしてて!」



私、上手く笑えているかな?
そう思いながらも自分の中で精一杯の笑顔を出せば、宵宮は少し目を丸くした後、花火が咲いたような笑顔を見せてくれた。







桃薔薇...感謝
人から忘れられることを選んだ私と関わり続けてくれた方達……本当にありがとう
この言葉だけでは抱える気持ちを伝えきれないほど、感謝しています

あなた方のこれからに、どうか幸あれ


───桔梗院名前


2023年04月18日


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