十一:彼岸花



「な、んで……貴方が」


やっとの事で出せた声は途切れ途切れで、動揺を隠しきれていないものだった。


「拙者がいると何かまずいことでも?」

「まずい、こと……はっ、楓真ッ」


彼の言葉に楓真の名を口にしてしまった。拘束から逃れようと暴れるが、男女の力の差というべきか、びくともしない。
貴方にあの子の存在を認知されたら、されてしまったら……!


「……何故暴れる」

「そ、それは」

「あの幼子の事ならもう分かっておる。……拙者とお主の子であろう」


その言葉が耳に入った瞬間、頭に強い衝撃が走ったような感覚に襲われた。

……当然だ。だって楓真はあまりにも貴方に似過ぎている。見つかればすぐに気づくだろうと分かっていた。


だから、楓真を貴方に見られたくなかった。
……人殺しの私は、もう貴方を愛してはいけないのに。分かっていたのに貴方を忘れられなくて、その繋がりを捨てたくなくて楓真を殺せなかった……。

せめて見つからないように、と警戒していたのに……知られてしまった。


「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

「謝る必要などない、拙者は嬉しかったのでござる」

「うれ、しい……?」


私を閉じ込める彼の腕に力が入る。背中に感じる体温の面積が広がった気がした。


「正直に言うとお主が避けているのは、もう拙者に気持ちがないからだと思っていた。家の繋がりのため、まだ拙者を気に掛けてくれているだけだと思っていた」

「っ、」

「……だが、楓真を見て思ったでござる。拙者の一方通行ではなかったと」


まだお主は……名前は拙者を好いてくれておるのだろう?

……答えられなかった。
だってここで答えたら困らせてしまう。けど、楓真の存在が彼を確信させてしまっている……否定しないと。私はもう彼の側にいることはできな…



「頼む。まだ気持ちが変わっていないのなら___拙者を拒絶しないでくれ」



肩に感じる重み。更に密着した身体から体温が伝わってくる。
……彼の顔が私の肩に乗っかっているんだ。

だから彼の声音がよく分かる。震えた声が離れない。


「わたしは、人を殺した……殺してしまった。こんな人間が貴方のそばにいる資格なんて…」


ない

そう言おうとした瞬間、顎に手を添えられた。それに気付いた瞬間、唇に柔らかい何かを感じた。彼の……万葉の顔が目の前にあることで、今の私の状況が何なのか分かった。

私、彼に口付けされている……!?


「ふぁっ、ん、んんっ……、」

「はっ、……こら、逃げるでない」


それに気づいた瞬間、慌ててしまい口を開いた。その隙を待っていましたと言わんばかりに舌を入れられ、絡められた。

間近に聞こえる水音が、自分達が発しているものであることに羞恥心を感じてしまう。逃れたくても後頭部に手が回されていて動けない。


「っ、ひゃぁ」


口付けに夢中になっていると、ドサッと床に縫い付けられた。目の前には万葉、その奥には天井が見え、彼に押し倒されたと気づく。
手首も掴まれていて、起き上がろうにも上から押さえ付けられている。……本格的に逃げられなくなった。


「拙者はお主の罪も、抱えているものも、何もかもを受け入れる。だから、だから……」


拙者の前から、消えないでくれ……っ
胸元に軽く万葉の額が当たった。……そう思った後、水気を感じた。


万葉、泣いてる……?
それに驚いていると鼻を啜る音が聞こえる。それが私の感じた事が本当であると証明した。

……そっか。そうだよね。

あの日、御前試合の時。
あの場から逃げ出すとき彼が苦しそうだったのは……知人を亡くしたからだ。あれを見て心優しい彼が何も思わないわけがない。

……私は彼を想ってずっと避けてきた。けど、その行動は間違っていた。彼の心を傷つけ続けていた。あの日の彼の表情を見ていたのに、その心情に気づけていなかった。


「ごめんなさい……私、貴方を想って離れていたのに、それが逆に傷つけてた。本当に、ごめんなさい……!」


ねぇ、この手を離して?
そう問いかけると、恐る恐ると言った様子で万葉は手首から自身の手を離した。

彼の手が離れた後、私はゆっくりと目の前の人物の背中へ手を回した。ビクッと彼の身体が跳ねたことに気づいた瞬間、自分の背中にも腕が回った。


「約束してくれ。……二度と拙者の前から消えないと」

「うん、うん……っ、約束する……!」


暫くの間、私達は涙を流しながら抱きしめ合った。今まで会えなかった時間を埋めるように。忘れかけていた温もりを刻むように……。



***



「やっと来たでござる!」


お互い落ち着いた後、万葉に手を引かれ連れて行かれた場所には楓真がいた。だが、楓真だけではなく……


「おやおや、これは寄りを戻したと言っても良いでしょうね」

「作戦大成功ですね、お兄様!」

「はーっ、漸くやな」



綾人様、綾華様、宵宮……声に出してはいなかったが、トーマさんに蛍、パイモンと多くの人がそこにいた。


「さ、作戦? 作戦とは一体何のことでしょうか……?」

「ふふっ、説明しますからそこへ座りなさい」


綾人様が手を指した方には、ニコニコとした表情を浮べた機嫌の良い楓真がいた。状況が全く呑み込めないままでいる私を「行こう」と万葉が手を引く。



「……コホン、ではまず結論から。これまでの出来事は”芝居”です」

「…………はい?」



綾人様の発言が頭に響く。芝居、しばい、シバイ……芝居だって!?


「ま、まさか私を騙していたのですか!?」


日頃からトーマさんが被害に遭っている(と本人が言っていた)悪戯に嵌められたのでしょうか?
しかも、私が絶対に明かしてはいけない部分だったというのに……!


「いえ、楓真が攫われたのは事実ですよ」

「え? でも先程芝居だと……あれ?」


頭がこんがらがってきた……楓真が攫われたのは事実?
それとも作り話?

うぅ、考えすぎて目が回りそう……。


「綾人殿、名前は混乱しておるようだ……」

「おや、それはすみません。この芝居は事実を元にしたものだったのですよ」


な、なるほど……。楓真が攫われたのは事実……事実!?


「本当に大丈夫だったの楓真!?」

「せ、拙者は無事だ、母上えええ」


思わず楓真の肩をがしっと掴み揺らしてしまった。あ、ごめん……。


「はっ、そういえば楓真を助けてくれた人って結局誰だったの?」

「え、母上気づいておらぬのか? 拙者はちゃんと連れてきたであろう?」


そう言って楓真は私の後ろを見つめる。

……ま、まさか。
そう思いながら自分の後ろを振り返る。


「楓真の危機を救ったのは拙者でござるよ」


ニコッと人懐っこい笑みを浮べ、万葉はそう答えた。思わず他の人を見て、本当なのかと目線で訴えてしまう。

……目が合った全員が頷く。じゃ、じゃあ事実?


「……ほ、本当なんだね」

「何故他に尋ねた」

「だ、だって……」

「酷いでござる名前。拙者の事を信用しておらぬのか……?」

「そ、そう言う意味じゃないよ!? ただ、本当かどうか確かめたかっただけで……!」

「フォローになってないぞ……」

「うっ、」


パイモンの言葉に声を詰まらせる。た、確かに捉えようには信用してないって意味になる……。でも、疑ってたわけじゃないのは本当だから!!


「母上、楽しそうであるな」

「え?」

「とても輝いて見えるでござるよ」


私を見上げる楓真にどう反応したらいいか困る。だって、自分でそう想っている訳じゃなかったから……。


「そうやなぁ。やっと本当の名前を見れた気がするわぁ」

「宵宮……」

「楓真の言う通りや。今のアンタ、きらきらしとるで」


宵宮に言われたその言葉に視界がぼやける。……ずっと宵宮には迷惑をかけてきた、相談に乗って貰った……弱っていた私を介抱してくれて支えてくれた彼女には、感謝しきれないほどの恩がある。

本当なら突き放していてもおかしくないのに、今日まで私と関わり続けてくれた。……友人、いいや。親友として。


「泣かんといて。うちは笑って欲しいだけや」

「ごめっ、涙が止まらなくて……っ」

「こんなに感情豊かやったんやな。もう押さえ込む必要はないんや。気ぃ緩くしぃ」


宵宮に頭を撫でられながら、彼女の言葉を頭の中で復唱する。……気を緩くする、か。


「……いや、まだ気は抜けない。私にはまだやるべきことが残っている」

「桔梗院家のことでござるか?」


万葉の問いに私は頷く。
そう、まだ気は緩められないんだ。……明日。明日ですべてを終わらせる。


「そうですね。ですが、この件は元より私も練っていたもの。手を引いてもいいのですよ?」

「いえ、それはできません。これは母との約束ですから」


もう少しで母様の願いを叶えられる。……手を引くなんて選択肢はない。
綾人様の目を見てはっきりと私は応えた。


「当初の計画通り、私にお任せください。必ず責務を果たします」

「どうしても引きませんか」

「はい」

「___生還が低いとしても、ですか?」


綾人様の言葉に周りが息を呑む声が聞こえた。それは私の両隣からも聞こえた。


「元よりその覚悟です。生半可な気持ちで私はこの件に手を出したわけではありません」

「折角彼と再会できたというのに、貴方は自ら危険の道を歩むというのですね」


綾人様の言葉を静かに受け止めていると、服を引っ張られる感覚が。振り返ればそこには不安そうな顔で私を見上げる楓真が。


「母上……」

「ごめんね、楓真。これだけはどうしてもやり遂げたいんだ」

「分かっておる。けど、けど……母上がいなくなってしまうのではないかと思ってしまった」

「!」


……この子は感が鋭い。
濁して言っているが、私は死にに行くようなものだ。……あの男によるが、私は最悪殺される可能性がある。あくまで可能性、だけど。

並程度な鍛え方はしていない。そう簡単に負ける気もないけれど……計画だけはしっかりしたものを立てる男だ。……だから、桔梗院家は奪われた。油断はできない相手なんだ。


「私がそう簡単に負けるように見える?」

「ううん、見えぬ!」

「でしょ? だから楓真は安全な場所にいてね」


いまだ不安そうに私を見上げる楓真の頭を撫でる。……必ず帰るとは一度も言えなかった。いつか楓真の前から消えることになるかもしれない可能性があったから。


「楓真の無事も確認できました。では私は明日に向けて準備をしてまいります」

「今日は休暇を与えたつもりだったのですが」

「……明日、必ず成功させなければなりませんから。万全な状態にしたいのです」


……明日成功させれば楓真の不安そうな顔を見ることが無くなる。いや、無くせるんだ。
今まではっきりと答えられなかったけど、全てを終わらせてこの子から不安を取り除くんだ。


「拙者には手伝えぬのか」

「……その気持ちだけで十分だよ」


本当に親子だな。楓真と同じ顔をしている。……なんて、他人事の様に言うけど、楓真には私の血も半分流れているんだけどね。


「ではこれにて失礼します」

「……宣言したからには、失敗は許しませんよ」

「はい、勿論です」


綾人様の言葉にそう返事し、私は部屋を後にした。……先に部屋を後にした私は知らない。


「綾人殿。明日名前が向かう任務について詳しく聞きたいのだが」


万葉が綾人様にそんなことを聞いていた事を。







彼岸花...再会
すべては私の勘違いで、思い込みだった
その所為で彼を深く傷つけていた

……あの子を助けてくれてありがとう、万葉


後は全てを終わらせるだけ
……母様の願いを果たすため、あの子の不安を取り除くため、もう少しの辛抱だ


───桔梗院名前


2023年03月26日


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