彼女は何かを隠している



モンド城内で活動すること3日。無さんが探す人物についてだが、彼女がその人について覚えていないため、逆引きのように無さんを探している人がいないかという目的にシフトチェンジした。

まず初めに西風騎士団に何か依頼がきていないか尋ねた……が、それらしいものはなかった。その次に尋ねたのは冒険者協会だ。……だがやっぱり手掛かりは掴めず。

こうして3日経ったわけである。


「すみません……。貴方も妹さんのことがあるのに手伝わせてしまって」

「大丈夫だって」

「そうそう! それに、1回は会えたんだ」

「そうなのですか……?」

「詳しく話すと長くなるけど……うん。会ってはいるんだ。けど……」


思い出すのはアビス教団で姫様と呼ばれていた妹。そして、明るかった雰囲気が逆転し、ただ無表情で俺を見ていた姿だ。

どうして俺が無さんを気に掛けるのか。きっとそれは私情が大きい。彼女が俺と同じような事に……探している相手が敵に堕ちていないことを願いたいんだ。


「……大丈夫ですよ。無理して話さなくてもいいんです」

「え……?」

「貴方の辛そうな顔を見ていたら、何となく状況を察することはできます」


悲しそうな表情でこちらを見つめる無さんに、気を使わせてしまったと脳が判断する。まだ出会って数日だけど、無さんの人柄がどんなものなのか固まってきた。

まずこの人にどんな印象を持つかと問われたら、初めに出てくるのは『優しい』ということだ。自分の事よりも他人を思いやれる……そんな人だ。

俺がモンドの栄誉騎士ということで警戒が薄まったのか分からないけど、少しだけモンド城の人とも会話するようになった。人見知りなのかと思っていたけれど、どうやら人と話すことは苦ではないらしい。むしろ楽しそうだ。

でも、それだと初めて会った時に彼女が言っていた内容と矛盾ができてしまう。『人の多い場所を避けてきた』と言っていたのに、どうして人と話すことは嫌いではないのか。
……いや、嫌いだと思い込むのはちょっと勝手だった。人と話すことを楽しんでいる事と、人を避けてきたという事実は、矛盾はしているけれど冷静に考えれば驚くようなことではない気がした。

だって、もし苦手だったら……あの日、助けた後に会話してくれただろうか。もし嫌いだったのなら態度だって素っ気なかったかもしれないし、無言で立ち去られたかもしれない。

けど無さんは自分が旅している目的を話してくれた。だから、驚くようなことではないと思ったんだ。
そうなると人を避けてきたという点が引っかかる。話す事が嫌いではないのなら、人を避けるきっかけがあったと仮定できる。

そのきっかけは一体何なのだろうか。


「うーん……どうする?」


おっと、無さんについて考え込んでしまっていた……。気にはなるけど、今は現状を解決しなければ。


「騎士団にも冒険者協会にもないとなったら、残る情報網は1つしかない」

「……ああ、彼奴だな! 確かに尋ねてみれば、何か分かるかもしれない! ……いるか分からないけど」

「あいつ……?」

「ディルックって言う人なんだけど、彼も広い情報網を持っているんだ」


ディルックというのは、モンドの酒造アカツキワイナリーのオーナーである。本人は嫌がっているが、闇夜の英雄とも呼ばれているようだ。
確かにあの人は様々な事に詳しかった。どうやらかなり広い情報網を持っている様だ。頼るには申し分ない。

だが、彼が確実にいる場所と言えばモンド城から離れたアカツキワイナリーだ。今から向かうと日が暮れてしまう。運良く酒場にいないだろうか……。


「よし。酒場に行ってみよう」


無さんに酒場にいる人物なら手掛かりに繋がる情報を持っているかもしれない事と、これから向かう事を伝えた。
……そういえば無さんはお酒が飲めるのだろうか?
見た目こそは俺とほぼ変わらなさそうだけど、雰囲気が落ち着いているからなのか、稲妻で出会ったとある少年を彷彿させる。確か彼はお酒を嗜んでいたはず……。


「おわっ!?」


色々考え込みながら酒場へと歩いていると、急に後ろへ引っ張られた。突然の事だったから驚いてしまった。どうやら建物の間に引きずり込まれたようだ。誰がこんな事を……と思う前に後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


「静かに……!」


どうやら俺を引っ張ったのは無さんだったようだ。なんでこんな事を……そう思っていたときだ。


「気のせいだったか……?」

「確かにそうだと思ったんだが……」


建物同士の隙間から見える光景の先にいたのは___ファデュイ!
いくら事態が落ち着いたとはいえ、まだモンド城内にいることは知っていた。だが、先程のファデュイは誰か探しているようだ。……って、まさか!


「……行きました、かね?」

「俺が見てくるよ。無さんはここで待ってて」


慎重に表へと顔を出し、ファデュイが去って行った方へ首を動かす。どうやら気づかれていないようだ。遠ざかっていく背中にそう判断し、無さんに大丈夫であることを伝える。


「すみません……ありがとうございます」

「でも、どうして隠れたんだ?」

「えっと……あの人達は危ないと思って」


なんかそれっぽい答えで誤魔化された気がする……目も逸らしているし。因みに先程彼女について少し分かってきたと言ったが、こうして目を逸らすのは嘘を付くクセではないかと思っている。

それに……彼女の様子が明らかなのだ。


「震えてるよ」

「!」

「……何か遭ったんじゃないの?」


平気を装っているようだが、身体は震えていて怯えている様子の無さん。
……無さんとファデュイ。一体どんな関係なのだろうか。願わくば、敵ではない事を祈る。


「……それは」

「ま、まあ! まずは安全な場所に行こうぜ! まだ彼奴らが近くにいるかもしれないしな!」

「そうだね。移動しよう、無さん」

「……はい」


幸いにもディルックがバーテンダーを務めている酒場まで距離は短い。走ってしまえばすぐに辿り着くだろう。もしいなければ明日アカツキワイナリーへ向かえばいい。
先程の事もあって無さんには一度ローブを着用して貰った。


「いるといいなぁ……」


と言うわけで酒場に着いた俺達。出入り口正面に設置されたカウンター席の向こう側には、探していた人物の背中が見えた。


「ディルックの旦那〜!」

「ん? ……君たちか」


パイモンの声に反応しこちらを振り返ったのはディルックだ。こちらを見て次に無さんへと目線を向ける。


「そちらの方は……?」

「実はこの人……無について少し力を貸してほしいんだ」

「なるほど……。もうすぐ上がるから外で待っててくれないか。恐らく店内では話せない内容だろう?」


流石ディルックだ。察しが良い。
と言うわけで店番が終わるというディルックを外の席で待つこと数分。裏口から出てきた
ディルックが声を掛けてきた。


「待たせたか」

「そんなに待ってないよ。お疲れ様、ディルック」

「急ぎかな? そうでなければアカツキワイナリーまで来て貰いたいんだが……そこなら気にすること無く話せるだろう?」

「どう? 無さんに任せるよ」


俺達はあくまで無さんに協力している身。彼女の都合に合わせるつもりだ。


「……分かりました。その条件を呑みます」

「女性だったのか。すまない、ローブを被っていたから分からなかった」


どうやら無さんの声を聞いてようやく女性だと気づいたらしい。このローブについたフード、結構深めになるから確かに顔は見えにくい。その分、怪しさが増すけれど……。


「い、いえ。大丈夫、です。……今姿を見られるわけにはいかないので」

「そうか。なら早速向かおうか」


ディルックを先頭に俺達はアカツキワイナリーへと足を進めた。






2022/10/30

加筆修正
2023/01/14

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