彼女の状態について



我と名前は番の関係になる前……幼子の頃から共にいた。そのきっかけは、名前の性格とその能力にある。

名前は夜叉一族には珍しい温厚な性格と、守りに長けた能力を持っていた。当時名前が暮らしていた場所では、彼女の存在は夜叉一族の恥と言われていたという。そのため、彼女はその場所で暮らす一族達の輪の外にいた。

我が名前と出会った時、やつは1人で涙を流していた。


『どうして泣いている』

『寂しくて、誰も私と話してくれないの』

『なら、我が話し相手になってやる』

『本当? 私の事、変な奴だって言わない?』

『今日会ったばかりなのに、どうしてそんなことを言わなくてはならない。それに、』


お前がどんな者なのかは、我が決める事だ。
そう言葉を掛けたとき、当時まだ淡い水色だったその瞳を名前は大きく見開いて我を見ていた。

その日から我は名前と過ごすことが日常となった。初めは落ち着きがなく、我の機嫌を伺うばかりで気を使うことが多かった。だが、それも仕方のないことだと理解していた。彼女は周りから邪険に扱われていた。自然と相手の態度を探ってしまうようになってしまって当然だろう。


だから我は、その必要がないことを言葉と態度で教え続けた。その結果、初めて我に向けて笑みを見せた名前を見て、胸が温かくなる感覚を覚えたのだ。……今思えば、この笑顔を見たかったから名前と関わり続けたのかもしれない。


『やっと笑ったな』

『私、笑ったの……?』

『ああ』

『変、じゃないかな……』

『変ではない。むしろ、……その、ずっと笑っていてほしいと思った』


あの日涙を流していた淡い水色の瞳を、悲しむ顔ではなく、喜ぶ顔で見たかった。あの瞳を見た時点で、我はやつに惹かれていたのだろう。


『……っ、うん。私、沢山笑う! そして、あなたと一緒に楽しいを見つけたい』


自分で言った言葉に照れていた我に、やつが返した言葉がそれだった。少しだけ照れくさそうに頬を染め、そう言っていた名前を見て……こう思った。
この笑顔を守りたい。そして、ずっと一緒にいたいと。何気ない日常を共にしたいと思ったのだ。

……だが、我らはまだ幼かった。純粋で無知だった故に、物事の善し悪しを知らなかった我らは魔神に囚われた。魔神の思うがままに扱われて、次第に当時の純粋な気持ちを忘れてしまった。それでも、やつだけは何とかしてでも助けたかった。だが、魔神の力にかなうはずもなく、どうすることもできなかった。……そんな我らを助けたのは帝君……鍾離様が救ってくださった。


『っ、良かったぁ……』


我より多く傷を負っていたというのに、名前はただ我の無事に涙を流していた。……その時だっただろうか。名前が何よりも大切な存在なんだと自覚したのは。それと同時に強く思ったのだ……強くなりたいと。名前が二度と涙を流すことのないように。


『我はお前が好きだ。ずっとお前と共でありたい』

『……!』

『二度とこのような目に遭わせないと誓う。そして、お前の笑顔を守らせてほしい』

『……っ』

『……我と契ってくれ』


それと同時に、誰にも渡したくないという気持ち……独占欲が生まれた。我と関わりを持った事で、多少他の者に対し怯えないようになった。初めは喜びが勝っていたが、段々と別の感情……嫉妬というものを抱くようになった。異性の者と楽しげに話す姿が気にくわなかった。きっと我は、この気持ちを自覚する前から無意識で名前が大切だったのだろう。

それでも、名前が拒むのなら我はそれを受け入れるつもりだった。だが、本音を言えば受け入れてほしいと願った。
照れくさいことを言った事は自覚していた。だが、後悔はしていない。むしろ……。


『……っ、うんっ』


目尻に涙を溜めながら、こちらに笑みを向ける名前の表情を見て、胸の内を明けて良かったと思っている。あの時の名前の顔は今でも鮮明に覚えている。

この日を境に我は名前と番の関係になった。そして、我らを救って下さった帝君に璃月を守る契約を交すと同時に、名を与えられた。我に与えられたのはと言う名だ。彼女に与えられた名は名前。彼女に合う名だと素直に思った。

こうして我と名前はこの日から帝君から賜った名で呼び合うようになった。


そして年月は流れ、魔神戦争というものに参加する事になった。我は勿論、名前も戦場に立った。仲間達が業障に囚われてしまい1人、1人といなくなった。そして、夜叉一族は我と名前、そして行方不明者として浮舎が生き残りとなった。……だが、やつも後に亡くなっていたことが判明した。

昔より幾度か少なくなったものの、未だに妖魔は存在する。我は勿論、名前も業障を抱えながら生きていた。だが、やつが持つ能力によって、名前は痛みに対しては耐性があった。元々の性格もあり、名前は我より多くの業障を背負っていた。

それは自分が前線に立っていないからやら、守り癒やす事しかできないから等と言っていた名前が、亡くなった仲間を助けられなかったせめてもの償いだと話していた。

全く……確かに夜叉一族と比べれば戦えない方かもしれぬが、他と比べればお前だって夜叉一族の名に恥じない戦闘能力を保持しているというのに。謙虚すぎる性格だけは改善できなかったな。


『またお前は身を滅ぼすような真似をしているのか』

『私にはこれくらいしかできないから……』


そう言って負った傷を治す名前の姿は痛々しいもので。口調は冷静でも、行動は乱暴のように感じた。
自棄になっている。我はそう感じたのだ。

名前は自分の身を考えずに行動するやつだ。守りの力があるからと、仲間達の前に立ち、その力を惜しみなく使う。その癖が染みついてしまったようで、自己犠牲の強いやつになってしまった。


……だから何でも1人で解決しようとする。自分しかできないからと言って、傷を作ってくるのだ。


『お前ばかりに抱えさせるわけにはいかない。我にも背負わせてくれ……我はお前の番だろう』

『……ありがとう、


胸の中に閉じ込めたその温もりは、何度味わっても心を落ち着かせた。……お前が消えて、改めて自覚した。名前の存在は我の心を安定させる。


「……我にはお前だけだ」


番を失ったと誰にも言わせない。必ず探し出す。
……諦めるものか。お前は我にとって最初で最後だ。お前もそうであろう……?



***



「ここがモンド城……」


そう呟きながら当たりをキョロキョロと見渡している無さん。因みにフードを脱いで貰っており、彼女の顔が見えている状態だ。流石に顔を隠していると怪しい人に見られてしまうだろうし……。一応栄誉騎士と呼ばれている俺がいるから心配は無いと思うけど、念のためだ。


「もしかして、入った事ないのか?」

「えっと、はい。これまで人の多い場所を避けていたので……」

「なんでだ?」

「えっ!? えっと、その……」


どこか慌てた様子の無さん。パイモンの疑問の声に対し中々答えようとしない。


「パイモン、この質問はやめよう。誰にだって言いたくないことはあるだろ」

「そうだな……ごめんなさい、無」

「いえ、その……お気遣い感謝します」


そう言って胸に手を当てながらお礼を言う彼女の手の甲に目が向く。正確には手首だが、ローブから覗かせたそれには、見慣れたものが。もしかしてこれって……


「無も神の目を持っているんだな!」

「え? あぁ、はい。持っていますよ」


こちらに見えるように差し出された手首には確かに神の目があった。どうやら着用しているグローブのようなものに埋め込んでいるらしい。この色は……氷元素だな。


「あれ、この神の目の形はモンドじゃないな」

「そうなのですか?」

「神の目は国によって形状が違うんだ」

「では、私の神の目はどの国のものに近いのですか?」

「これは……璃月じゃないかな」


璃月でも神の目を持つ人達と出会った。その人達の持っていたものと非常に似た形をしている。ほぼ間違いないと思う。


「り、ゆえ……?」

「璃月を知らないのか?」

「……ごめんなさい、国の名前すらあまり分かっていないんです」


無さんはこの世界の人だよね……?
俺が国の名前を知らないのは当然ではあるんだけど、彼女は違うはずだ。確証は無いけど、何故か俺はそう思ったんだ。


「でも、神の目が璃月のものなら、無は璃月人なんじゃないか?」

「……そう、なのでしょうか」


曖昧な回答に疑問が浮かぶ。自分の出身国が分からないのだろうか……?


「とりあえず西風騎士団の元へ行ってみようぜ。大体あそこに行けば何かしら情報があるかもしれないし!」

「うん。行こう、無さん。こっちだよ」


西風騎士団が最終的な目的地だが、モンド城を訪れたことのない彼女に紹介がてら少し遠回りしながら向かう事にした。


「モンドは自由の国って言われているんだ。見て、いろんな風貌の人がいるでしょ?」

「……本当ですね」

「だから都市を避けてきた無さんには丁度良いかもしれないよ」


何故彼女が人の多い場所を避けるのかは分からない。けど、ここで慣れておけば、今後の彼女のためになると思うんだ。


「まあでも、無の見た目はかなり目立つと思うぜ」

「えっ」

「だって髪が真っ白だし!」

「それをいうならパイモンもそうだと思うけど」

「ハッ! そうだった!!」


パイモンの言葉で改めて思うが、フードを脱いだ彼女の見た目はモンドでは中々見かけない顔付きをしている。間違いなくモンド人ではないのは確かだ。

それに、大きな声では言えないんだけど……無さんって綺麗な顔つきをしているから、同じ人間なのか疑ってしまう。

これまで様々な国を訪れて、いろんな人と出会って……当時の出来事を振り返っていると、近くでお腹の鳴る音が。咄嗟にパイモンを見たがどうやら違うらしい。……俺のお腹が鳴ったわけじゃないので、必然的に視線は……


「す、すみません……良い匂いがしたもので、つい」


彼女、無さんになるわけで。
彼女の方へ振り返ると顔を赤くして恥ずかしそうにしている無さんがそこにいた。確かに近くに鹿狩りがある。その匂いに無さんのお腹が反応したんだろう。


「西風騎士団に行く前にご飯にしよっか」

「ありがとうございます……あっ、代金は私に支払わせて下さい! 助けて下さったお礼です」

「わーいっ! じゃあじゃあオイラは……」

「パイモン」

「うぅ……」


悲しそうに項垂れるパイモンを見て、無さんはクスクスと笑った。


「ふふっ、大丈夫ですよ。好きなだけ注文して下さい。モラには困っていないんです」

「ほんとか!?」

「無さん、パイモンはかなりの大食いなんで止めた方が……」

「空さんも遠慮しないで。こうして今も助けて貰っているのだから、お礼として受け取って下さい」

「……無さんがそう言うなら」


無さんに席を取って貰い、俺達は注文しに受付へと歩く。無さんはどこかそわそわした様子だが、先程よりは落ち着きを取り戻している様子。慣れていないのだから早めに戻ってあげないと。


「なあ空」

「? 何、パイモン」

「オイラ、ずっと無のことで気になってる事があるんだ」


やっぱりパイモンもそうか。俺も無さんについて気になる事がある。気になると言うより、可能性だけど。


「無の奴、流石に無知すぎないか?」

「うん。国の名前が分からないのは可笑しい」

「だよなぁ。……なぁ、これはあまり考えたくないけれど……」


きっとこの後パイモンが続ける言葉は、俺と一緒だと思う。そう考えながらパイモンの言葉を待つ。



「___無って、記憶を無くしているんじゃないか?」






2022/10/24

加筆修正
2023/01/13


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