第4節「敵」



ヴィラン……!」



いーちゃんが見つめていた先にいたのは、ヘドロのような姿をしたヴィランだった。
実際にこの目で初めて見たヴィランから逃げようと思っているのに、言葉にならない恐怖に身体が動かない。

……あれ、私こんなに怖がりだったかな。
いや、怖がりだったとしても……ここにいるのは私だけじゃない!



「いーちゃんッ!!」



咄嗟に今の状況を思い出し、せめていーちゃんだけでも無事に……と思い彼の身体を思いっきり突き飛ばす。
それと同時に私の目の前にはヘドロのヴィランが。



「名前ちゃんッ!!!」



いーちゃんの悲鳴が聞こえた瞬間、私は目の前にいたヴィランから離れた位置にいた。



「大丈夫かい、マスター」

「あ、ありがとうランサー……」



私を横抱きしていたのはエルキドゥだった。
危機一髪って所で助け出された私だが、再びピンチはやってきた。



「んぐッ!!?」

「いーちゃん!!」



なんとエルキドゥに助け出された僅かな時間であのヴィランはいーちゃんを襲ったのだ。



「ランサー……っ」

「分かったよ」



エルキドゥはいーちゃんの元へ瞬時に移動し、攻撃を開始する。
しかし、彼女の攻撃が全く通らないのだ。

……まさか、あの見た目通り物理攻撃が通用しないって事?
人であるのは間違いないハズなのに……?



「お前、強そうだな……その身体、よこせええええええ!!!」



ターゲットがエルキドゥに変わった!!
エルキドゥの身体を覆うようにヴィランのヘドロが落下してくる。
もしあのヴィランの言葉の意味をそのまま受け取るのなら___まずい!



「ランサー!一度戻って!!」

「……っ!」



私の指示にエルキドゥは聞く耳持たず。
ヴィランの攻撃は簡単にかわしているようだが、私達を守るように立ち回っている為、中々攻撃に転じることができない。


……エルキドゥの心情は分かっている。
あの子はでも道具であろうとする。私に恥の無いよう完璧であろうとする。

でも私はあの子を道具として見れない。見る事何でできない。……それはエルキドゥだけではない。契約を交わしたサーヴァントのみんなに言えることだ。


だって人間にしか見えない彼らをどう道具と見ればいいのだろうか。魔術師の考えは未だに分からないよ。
……私はマスターとして最善の事を考える。何よりも誰も死なない事が…私の中では大前提なんだ!



「ランサー!!!」



やむを得ず使いたくなかった令呪を発動させようとした瞬間だった。



「もう大丈夫だ少年少女。____私が来た!」



カランッと重たい何かが落下した音が聞こえた。
その音が聞こえた方へ視線を向けると、そこには……。



TEXASテキサス……SMASHスマッシュ!!!」



幼馴染二人が憧れたヒーロー……オールマイトがいた。
視界の先にオールマイトさんがいると認識したと同時に、吹き飛ばされそうな程の風圧が私を襲った。
エルキドゥが支えてくれたお陰で私は吹き飛ばされ得ることはなかった。

暫くして風圧が収まり、いーちゃんのいた方へと視線を移す。



「……!」



あれだけエルキドゥが苦戦していたヴィランを風圧だけで吹き飛ばしてしまうなんて……!
ヴィランに取り込まれていたいーちゃんが地面に落下しそうになった瞬間、オールマイトさんは目に見えない速さで彼をキャッチした。

オールマイトさんはいーちゃんを抱えたままこちらを振り返った。



「怪我はないかい?」

「は、はい!あの、いーちゃんは大丈夫なんですか……?」

「大丈夫だよ。気絶してるだけさ」



オールマイトさんは私を安心させる為なのか、笑顔でそう答えてくれた。
私にいーちゃんを預けた後、オールマイトさんは散ったヴィランをペットボトルに詰めていた。……え?詰めてる!?



「おや?このノートは……」

「あっ!それはいーちゃんの…彼のノートでっ」



どうやらいーちゃんのノートが地面に落ちていたらしい。
それを拾ったオールマイトさんは本人の許可なくペラペラとノートを見ていく。

……あ!そうだ!!



「あの、オールマイトさん。そのノートにサインを書いてくれませんか?……その、彼は貴方のファンで…」

「もう書いたよ」

「えっ!?」



私がお願いしようとしていたことを既に終わらせていたなんて……。
あまりの速さとその対応力に私は唖然としてしまった。

色々と急展開だったが、これだけは分かった。
……平和の象徴と呼ばれるこのNo.1ヒーロー『オールマイト』の実力は本物だという事が。



「所で……君」



オールマイトさんは私の隣に立っていたエルキドゥを指指す。



「一般市民の個性使用は禁止されているから、十分気をつける様に」



そうだった。
この世界ではサーヴァントみんなは個性という力にカテゴリーされるんだった。



「僕はマスターが危ないと思ったから力を使った。それの何がダメなのかい?」

「うーん。君の意見は最もなんだが、ルールである以上仕方ないんだ。今回は見なかった事にするけど、次からは気をつけてね」



エルキドゥはオールマイトさんの言葉に首を傾げ、私を見た。
……例え平和の象徴であるからとは言え、オールマイトさんにはエルキドゥの事を…サーヴァントという存在については話せない。

サーヴァントみんなには窮屈な思いをさせている。私がヒーローの資格を持てば、彼らを本当の自由にしてあげられる。
自分が戦えるようになることが第一前提だけど、それと同じくらいにヒーローの資格が欲しい理由として『個性の使用権』が挙がる。

この資格を取るのは両親曰く難しいらしいんだけど……やるしかない。



「よし。これでOKー!」



なんて私が覚悟を決めていた時、オールマイトさんはせっせとペットボトルにヴィランを詰めていたようで、それが終わったようだ。
捕獲方法がペットボトル……ペットボトルに詰める……。なんてシュールなんだ。



「では私はこれで!危険な目に遭わせてしまって悪かったね!」



そう言って去ろうするオールマイト。
私は無意識に足がオールマイトの方へ動いていた。



「待ってください……!」



私の手に触れたのは鍛え上げられた腕。
オールマイトさんはこちらを振り返り、私を見た。



「お願いです、彼の意識が戻るまで行かないでください……!」



こんなチャンス、二度とない。
折角目の前に憧れの人がいるというのに、助け出して貰ったというのに、その事実を実感として受け取れないのは悲しすぎる。



「しかし……」

「お願いします……!」



小さい頃からいーちゃんを見てきた。
だから彼がどれだけオールマイトというヒーローに憧れているか分かっているつもりだ。

しかしオールマイトさん視点で考えればいーちゃんは『自分のファンの一人』に過ぎない。そんなのは分かってるけど……!



「分かったよ。だから……頭を上げてくれないか」

「! ありがとう……ございます」



自分が思っていた以上に頭を下げていたようだ。
こうして私はオールマイトさんを呼び止めることに成功し、いーちゃんといーちゃんを抱えるエルキドゥと共にその場を後にした。





2021/04/22


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