第5節「泡沫の夢」
side.アクア
「後は目を覚ますだけね」
容態が落ち着き、普通の病棟へと映された名前。
見た様子では何の外傷もない普通の姿なのに、肉体的なダメージがかなり酷いそうだ。
『神野区の悪夢』と呼ばれたあの事件。
名前は拉致被害者としてあの場に存在していたが、まさか敵に操られていたとは思わなかった。
神野区へ向かっている途中、マーリンさんの声が直接頭に響いたと思えば名前の状況を知らされた。
後から聞いた話だが、僕が向かった敵連合が拠点としているバーに名前はいなかったそうだ。
と言う事はやはり、敵連合は初めから名前を自分たちの仲間に引き入れる為に狙っていたのか……?
肝心の敵連合は行方を眩ませてしまい、追跡不可能となった。しかし、その敵連合のボスと思われる存在は逮捕されている。
それに加え、その場には被害者以外の血痕などが残っていたそうで、その血痕は恐らく敵連合達が負傷しているのではないか?と憶測されている。
「……辛いわ」
「辛い?」
「ええ。……自分からヒーローを志したから応援する事を選んだけれど、こんなにも辛いなんて思わなかった……!」
ヒーローは身体を張るかなりワイルドな職業だ。
当然、ヒーローになる前に実際にプロヒーローと共に現場を知ったりするが、僕がまだ学生だった時はこんなにも厳しい毎日ではなかった。
いや、ヒーローになると言うことは、このような現実はいくらでも見る事になる。だけど、学生時代に体験するような事ではないはずだ。
いくらあの子が前世で非情で非道徳的な人生を歩んでいたとはいえ、まだ15の子供だ。いや、精神的には大人だとは言ってはいたが、それはそれだ。
「後悔しているかい?応援している事を」
「……まさか。あの子が決めた事だもの、後悔なんてしてないわ。でも……」
「でも?」
「___この子がヒーローという夢を諦めるのなら、私は迷わず頷くわ」
ヒーローと親…僕達はその両方を互いに天秤に掛けている。
親としての括りでなら先輩は何人か知っているし、同い年にいるけれど、まさかこんな敵にまで狙われるような子供を持つヒーローなんて僕達以外いないだろう。
紗菜は親という重しに心を傾けた。
……僕はまだ、どちらにも傾けられずにいる。どちらが正解だなんて僕には決められない。決めるのは名前自身だ。
2024/05/04
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