第2節「林間合宿 前編」
私は先生に話した。
……自分に前世の記憶があることを。
前世では様々な時代をタイムトラベルして戦っていた事。
何度も「死ぬかも」という体験をした事。
……それを踏まえて『戦闘慣れしている』と言った相澤先生の言葉に対する理由を伝えた。
「……人類史を取り戻す旅、か」
「想像できないかもしれませんが……私はその任務を成功させ、その1年後にある組織によって殺されました」
結局、あの時謎の組織が襲ってこなかったとしても私には『死』しか許されていなかった。
でもどうせ死ぬのなら死に方くらい選びたい。……今でもあの死に方に、私は後悔していない。
「人はあっけなく死ぬ。自分で体験したからこそよく理解しているつもりです。……だから、心のどこかで思っていたのかも知れません。他人とは必要以上に関わるべきではない、と」
「……その考えの割には随分と気に入っているんだな。緑谷と爆豪が」
「!!」
確かにそうだ。
記憶を取り戻し、幼馴染二人と過ごしてきて11年間。
……二人には何か特別な感情があるのかもしれない。
それなのに私はまだ自分について打ち明けられていない。
今こうして自分に前世の記憶がある事を伝えているのは両親と相澤先生、焦凍君だけだ。
「緑谷君は私が初めて『守りたい』と思えた人で、爆豪君は初めて『競い合う』事を教えてくれた人です。……二人は両親と同じくらいに『私にとって特別な人』なのかも知れません」
信頼し信用できる人なんてカルデアのみんなだけだった。
初めてこの世界を認識した時も、心では今世で自分の親となる存在を信じ切れていなかったから。
少しずつこの世界へと慣れていこうと決めた頃に出会ったのが幼馴染である2人だった。
「……経験者に言うのも何だが、案外二度目の人生も悪くないと思うよ」
「?」
「緑谷と爆豪を『特別』だと思っていると言うことは、お前も悪くないと思っているんじゃないか?」
「……そうですね。『悪くない』のではなく『良い』と思ってるのかもしれません」
相澤先生にそう微笑み返すと食堂にマンダレイさんとピクシーボブさんが料理を持って入ってきた。
良い匂いだ。食欲が出てきたみたいだ。
相澤先生のお陰で眠気も少しだが取れてきた。
と言う事は、普通に動けるほどには魔力が回復しているんだろう。……ちゃんと回復したいなら寝ないとだけど。
***
私とカルナは遅めの昼食を頂いた。
私は早々にリタイアし、残ったものはカルナに全部あげた。
ちなみに、カルナは隣でパクパクと無言でご飯を食べている。
「先生、この合宿は個性を伸ばす為のものなんですよね?」
「そうだな」
「私、今回この合宿で試したい事があるんです」
「試したい事?」
首を傾げる相澤先生にコクリと頷く。
やりたいこと。……それは治癒魔術をクラスメイト達に使いたい、と言う事だった。
悪く聞こえるだろうが、言うなれば実験台って奴だ。
「治癒魔術……それって文字通りの意味か?」
「はい。実は私の個性の源である魔力は使い方次第では様々な事に応用できます。分かる範囲では、味方の強化や敵の動きを止める程度の妨害は可能かと」
「ほぅ、サポートにも向くのか」
相手の動きを止める程度の妨害は『ガンド』の事である。
魔術礼装なしでガンドはまだ試したことないけど、強化魔術と治癒魔術は出来る事は間違いない。
当然だがこのサポートにも魔力消費が伴う。
しかし擬態状態を保っているよりは消費量は少ない。
消費量によって効果が変わってくる為、その時の状況に左右されてしまう。
これに限った話ではないが、この個性が一番に抱える課題は『魔力の量によって状況が左右されてしまう』事だ。
「俺としては治癒魔術という奴がどれほどの効果なのか気になる。回復個性は貴重だからな」
「母に比べればまだまだですが……でも職場体験では特訓に付き合って貰いました。かすり傷程度なら時間はかかりません」
職場体験で母『サナーレ』と特訓し、かすり傷程度なら最短で治癒できる程にはコツをつかんだ。
お母さんの個性とは全く違うけど、『感覚』『要領』は同じで『イメージが大事』だと教えられ、職場体験中ずっと指導して貰っていた。
「お母さん?もしかして君の両親はヒーローなの?」
「はい。両親は水明ヒーロー『アクア』とヒーリングヒーロー『サナーレ』なんです」
「えーっ!?No.5の娘さんだったんだ!?すごいね、イレイザーのクラス!」
マンダレイさんの反応を見ると、自分の両親の凄さを改めて実感する。
相澤先生を見るマンダレイさんの表情はキラキラとしている。
「あっ、でも個性は違うんだね」
「はい。突然変異の個性みたいで、両親の個性は一切使えません」
「そうなんだ」
……私を見つめるマンダレイさんの表情が、悲しそうに見えるのは気のせいかな。
「しかし、とんでもない個性が発現しちゃったね。敵にも狙われる訳だ」
顎に手を当て、考えるような素振りを見せるマンダレイさん。
「でもうちのサーヴァント達は、はっきり言って強いですよ。そう簡単に敵には負けません」
食べ物を頬張った状態で隣にいるカルナがコクコクと頷く。
可愛らしさが強調されて頼もしさが減っているが、隣にいるこの英霊はとんでも英雄である。
もし負けるとなるなら、サーヴァントは私の個性の一部であるため、私が最大の弱点となってしまう。
他にも、今目の前にいらっしゃる相澤先生の個性も弱点には入るけど、まあ先生は味方なのでカウントしないで置こう。
「へぇ、頼もしいね、でも、いくら普通の人間に見えようが彼らが個性である事に変わりない。貴女は彼らを使役し扱う立場。今の貴女には個性を自由に扱えない」
「……それは自分でも分かっています」
マンダレイさんが人差し指を立て、こちらに真剣な表情を向ける。
サーヴァント達を纏める立場である事は分かってる。
前世では制限しなくても良かった事がこちらの世界では許されない事が多い。
みんなに窮屈な思いをさせてしまっているのは分かっている。それをみんなは理解してくれて守ってくれている。
「マスターが危険な状況にあるのなら、その規則とやらを破ってでも俺は戦う。……大切な人が目の前でいなくなる瞬間は、もう見たくない」
「ランサー……」
小さく零れたカルナの本音に、反射的に彼の横顔を見る。
普段表情の変化がほとんどないカルナの表情に、更に心が締め付けられる。彼の心を傷つけてしまっている事に申し訳なさを感じる。
「貴方が、貴方達が彼女を大切にしている気持ちは良く分った。だけど……」
マンダレイさんが困った表情で言葉を詰まらせる。
返す言葉に困っているんだ。
「……だからこそ、この合宿がある」
「相澤先生……」
「苗字には簡単にだが先に話しておこう。この合宿の目的は君等生徒の『個性強化』、そして『仮免取得』だ」
「仮免?」
「詳しくは全員揃ってから話す。とりあえずそのヘロヘロ具合を治してこい」
相澤先生の厚意をありがたく受け取り、先に部屋で休ませて貰う事に。
先生と話し込んでいる間にカルナは食事を済ませていたようで、彼に支えて貰う形で言われた部屋に向かった。
2022/2/17
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