第10節「治癒魔術」
退院の許可を貰い、いーちゃんより先に病院を出ることになった。
お母さんが迎えに来てくれた。どうやらお父さんはパトロール中らしい。
因みにコスチューム姿ではないお母さんを見ていーちゃんは目をキラキラさせていた。あと、私にそっくりだと言われた。
「おっ、戻ったか」
「ただいま帰りましたよ〜」
事務所の扉を開けると出迎えたのはサイドキックの方達とお父さんだ。
コスチュームを着ているので、パトロールから帰ったばかりかな。
「もー大変だったよ〜。警察からお説教されるし事情聴取に捕まるし、その後他の場所から要請が入ったりでお見舞いに行けなかったよ〜」
「あ、あのお父さん……じゃなかった。アクア」
「ん?何?」
こちらに駆け寄ってきたアクアに声を掛ける。
……入院している間、ずっと言わなければと思っていた事。
ずっと謝らなければならないと思っていた。
アクアはダメだと言っていたのに、私が聞かなかったばかりに頷いてくれた。
ちゃんと忠告をされていたのに、結果私は怪我を負って貴重な職場体験の時間が削れてしまった。
「……迷惑かけて、すみませんでした……!」
「……ま、反省しているなら言う事なしだ。以後、気をつける様に」
「!はいっ!!」
下げていた頭をあげると、顔を晒したアクアと目が合った。
周りにサイドキックの方達がいるのに顔を出しているって事は、事務所では外しているんだろうか。
「と言うわけで名前、何か言う事があるんじゃないか?」
「へ? …………あ!」
始め、お父さんが何の事を尋ねているのか分からなかったが、あの日言われた言葉を思い出す。
「___ただいま、お父さん!」
「うん!おかえり」
言われたとおり、殺さず死なずに帰ってきたよ。
ポンッと頭の上に乗った温もりに自然と笑みが零れた。
「さて、遅くなっちゃったけど職場体験始めないとね」
「そのことなんだけど、お母さ……じゃなくて。“サナーレ”」
お母さんのヒーロー名を呼んだ瞬間、目付きが変わった。
あの日、ヒーローを目指すと言ったときに見せた目付きだ。……仕事モードという奴だろうか。
「私に、人の怪我を治すという事を教えて下さい」
私を捉えていたサナーレの目が細められた。
***
現在、休憩室
サナーレに話したのは、先日ヒーロー殺しとの戦闘後にその場にいた人達の怪我を多少だったが治した事を話した。
「それは前世でもできていたの?」
「はい。でも自分とサーヴァント達にしかやったことなくて、他の相手に試したことがなかったんです。でも、可能性があるのならと思ってやってみたんです」
「結果、治療は可能だったけど上手く出来なかった……って訳ね」
こくり、と頷き膝の上に乗っている自分の掌を見つめる。
治療魔術
その名の通り魔力を使った治療の事を言うが、前世では魔術礼装の補助もあって難しくはなかった。
残念ながら今世に魔術礼装はないので、自分の魔力で頑張るしかない。
「私がもっと使いこなせていたら、飯田君の腕に後遺症が残らなかった。……それが悔しくて」
「うんうん、分かるわ。自分に人の怪我を治す力があるのに何もできなかった。……なら、今からやってみる?」
「えっ、急に実践……!?でもどうやって」
急に始めると言われても治す対象がない、とサナーレに言おうとした瞬間。
どこに隠し持っていたのかサナーレはナイフを取りだし、自分の腕を切りつけた。
「!?」
「さあフェイ。さっき言ってた治癒魔術ってものを、今ここで見せて?」
「えっ、あのっ」
「ほらほら、そうやって戸惑っている間に人は弱っていくわよ」
そうだ。
雄英に入った時に相澤先生も言っていたじゃないか。
世の中は理不尽だらけだと。
急に起こる災害や事件でもし避難に遅れてしまった人は、その時になるまで自分が怪我をするなんて考えないし思わないだろう。
「……失礼します」
腕に出来た傷口に手を近付け傷を癒やしていく。
手には魔術回路が浮かび上がっていて、腕まで続いている。
「……どう、でしょうか」
傷口が塞がった所で顔を上げ、サナーレを見ると……。
「凄いわ……。凄いわ名前!本当に治せるのね!」
「わあっ!?」
背中を押されたと思えばサナーレの胸にダイブ。
く、苦しい……。
「あぁごめんなさい、つい嬉しくなっちゃって」
「……!」
そうか、私は両親の個性を継いでいない。
お母さんの個性は『転移』という治癒個性だ。
別の個性だけど、治療する事ができる点で言えばお母さんと一緒だ。
……これを使いこなせるようになったら、お父さんとお母さんの子供だって堂々と言えるかな。
2022/2/4
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