第8節「ステインの思想」
それは路地裏から出て通りに出た瞬間だった。
「なッ!?何故お前が此処に!?」
「ぐ、グラントリノ……!? グラントリ」
「新幹線で座ってろって言ったろ!!」
「ぎゃー?!いーちゃん!!」
通りの向かい側に立っていた老人が喋っている途中だったいーちゃんの顔面を蹴った。……蹴った!?
ギャーッ?!って声に出ちゃったじゃん!
「……誰?」
「僕の職場体験の担当ヒーロー『グラントリノ』。……でもなんで?」
どうやらいーちゃんの職場体験担当の方だったようだ。
なんて暴力的……。しかも顔に蹴りを入れるなんて……。
しかし何故彼が此処に?もしかして焦凍君がさっき言ってた応援に来たって事?
「いきなり此処に行けって言われてな。まあよぅ分からんが、とりあえず無事なら良かったよ」
「グラントリノ……ごめんなさい」
「ったく……」
いーちゃんとグラントリノの会話を聞いていると、『こっちだ!』と女性の声と複数の足音が聞こえた。
音の聞こえた方向へ視線を向けると、複数の男女がヒーローがこちらへ走ってきた。
「エンデヴァーさんから応援要請を承ったんだが……子供?」
「酷い怪我じゃないか!今すぐ救急車を呼ぶから!」
どうやらエンデヴァーさんから応援要請を貰って此処に来たらしい。
……お父さん、どうしてるかな。
この場にいない身内の姿を無意識に探してしまう。
「!おい……此奴……」
「?……!?まさか、ヒーロー殺し!?」
「何!?すぐ警察にも連絡だ!」
この場に来てくれたヒーロー達がテキパキと事を進めていく。
その光景をボーッと見ていると、目の前にヒーローがやってきて私達の具合を尋ねてきた。
「君は?怪我はある?」
「此奴、腹を刺されてます」
「ちょっ、焦凍君!?」
隠し通そうって思ってたのに!
それに、エドモンの前で言って欲しくなかった……!
鋭い視線を感じ、上を見上げるとそこには一言で言うなら『怖い』表情のエドモンが。
「……後でじっくり聞かせて貰おう」
「はい……」
しゅんとしてしまったが、一番怪我が酷いのは私では無い。
「あの、私より飯田君の方が……」
「緑谷君、轟君、苗字君」
プロヒーローに飯田君の事を話そうとした瞬間、後ろから声が聞こえた。
その声の主は今まさに話そうとしてた本人、飯田君だった。
「僕の所為で傷を負わせた!本当にすまなかった! ……怒りで何も、見えなくなってしまっていた……ッ」
「……僕もごめんね。君があそこまで思い詰めてたのに全然見えてなかったんだ。……友達なのに」
「……くっ」
飯田君の声は震えていた。
私達に頭を下げていたから表情は分からないけど、いーちゃんの言葉の後にこぼれ落ちた光る何かが見えて、すぐに彼の表情が想像できた。
「……しっかりしてくれよ、委員長だろ」
「……うん」
焦凍君の言葉に涙を拭きながら返事をする飯田君。
エドモンに下ろして、と目で訴えると渋々といった様子で私を下ろしてくれた。
「飯田君」
「……苗字君」
「私、前に似たような経験をした事があってね。君の気持ち、すっごく分かるよ。……大好きな人に何かあったら、どうしても視野が狭くなっちゃうよね」
飯田君の手を握りながら思い出すのは、何もできなかった自分に怒りを、殺意を覚えて自分自身を殺そうとした私。
あの時アーサーが止めてくれなかったら、間違いなく自分を殺していた。
カルデアのみんながいなかったら、生きようとも思わなかった。
「でも、そういう時にこそ周りに誰かいると嬉しいんだ。……一人で悩んで、抱え込んでいる時に手を差し伸べられると、本当に救われるの」
いつまでも顔を下げている飯田君の頭を撫でると、驚いたのかビクッと肩を震わせた。
……しまった、完全に子供扱いしてしまった。
でも間違ってないし……。精神年齢なら私の方が断然高いし……。
「もう一人で何とかしようって思わないで? 抱え込まないで誰かに絶対に相談して? 何もできなくとも、話を聞くことだけは絶対にできるから」
「……ありがとう」
顔を上げた飯田君は自分の頭に乗っていた私の手を取った。
……あ、年頃には恥ずかしかっただろうか。申し訳ない。
「名前ちゃん、なんだかお母さんみたいだね」
「え」
いーちゃんの言葉に反射的に声が漏れてしまう。
焦凍君、無言でこくこく頷くんじゃない!
「もう良いだろう」
「わっ」
私の身体を再び抱えたのはエドモンだ。
……なんでだろう、さっきより不機嫌な気がする。
彼の態度に苦笑いを浮べているとエドモンが急に空を見上げ、ある一点を睨み付けている。
「アヴェンジャー?」
「……来る」
「え?」
「伏せろ!!」
エドモンがそう呟いたと同時に、グラントリノさんの叫び声が辺りに響いた。
2021/12/10
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