第6節「職場体験開始」
現在、保須市にいる私達。
時刻は日が沈み、夜になっている。
お父さん……じゃなかった。アクア事務所に入った要請への対応が終わり、ついでにパトロールをしよう、という事になって街を歩いている。
アクアの横を歩いていると、どれだけ人気があり信頼を寄せられているのかよく分かる。
……何だか別世界の人間に見えてきた。
「敵は夜に現れやすい。まあ日中に現れる事もあるけど、夜は人も少ないし辺りが暗いから犯行しやすいんだよ」
「なるほど……」
「サーヴァント達がいるから絶対にないとは思うけど、夜中に出歩いちゃだめだからね」
「も、勿論……です」
偶に親としての言葉が投げかけられるから、言葉遣いに困る。
つい私もつられて、家にいる様な態度になっちゃうもの。
そう思っていた時、遠くで爆発音が鳴り響いた。
「! 爆発……?」
「行くよ、フェイ!」
「は、はいっ!」
先程までの雰囲気はどこへやら、アクアはすぐに仕事モードに切り替えて駆け出した。
今からヒーローとして現場に向かうんだ……!
気を引き締めて、姿を見失わないようにアクアの背中を追っていると、足に付けていたレッグホルダーに入っている携帯が震えた。
立ち止まって画面を開くと、1年A組のグループにいーちゃんからメッセージが送られたという通知が出ていた。
そのメッセージは文字では無く位置情報のみだった。……イタズラ?
いや、いーちゃんはそんなことはしない。
位置情報をよく見てみると、保須市のとある路地を指していた。
何が言いたいのかと言うと場所が近い、という事だ。
「フェイ、どうしたんだい?」
「あっ、お父さ……アクア!」
遠くでアクアが私を呼ぶ。
急いで駆け寄り、持っていた携帯を見せる。
「此処に行きたいんです……。何か遭ったのかもしれなくて……!」
アクアは差し出した携帯の画面を見て、口を開いたと思えば「ダメだ」と首を横に振った。
どうして、と言おうとアクアを見上げた瞬間、言葉を失った。
だってアクアが纏う雰囲気がいつもと違っていたから。
そりゃあそうだ。
まだ私はヒーローではない。
勝手な行動は許されない。だけど、だけど……!
「もしこれが仲間のピンチを知らせるSOSなら……私は見過ごすことなんてできない」
「……」
「行かなかったら私、この事を後悔する!」
私だって助けたいんだ……!
今の私には戦う力がある。
何もできなかった前世のような事を、もう二度と体験したくない……!
遠くで再び爆発音が鳴り響く。
視線が交差するアクアの雰囲気は怖いまま。
さっきは家では一切見せない雰囲気に怯んしまったけど、私の意思は固い事を認めて貰うんだ。
頷いて貰うまでこの視線を逸らすもんか……!
「………はぁ、まさか名前が頑固だなんて思わなかったよ。分かった、許可しよう。ただし……」
「ただし?」
「絶対に人を殺さない、命を落とさない。必ず僕の所に『ただいま』を言いに帰ってきなさい」
「! ……はいッ!!」
ポンッと頭に乗った手が、走って少し火照った身体を冷やしてくれて心地良い。
何処かで手が冷たい人は心が温かい、って聞いたことがある。
お父さんは間違いなくその言葉に当てはまる人だ。
だって、ダメだと分かっているのに、私を行かせようとしてくれた。
必ず『ただいま』を言いに帰ってこよう。お父さんの元へ。
持ったままだった携帯をレッグホルダーにしまう。
いーちゃんから送られてきた位置情報の場所は、サーヴァント達に擬態すればあっという間に辿り着く。
……よし、あの子の力を借りよう。
右手に令呪を出現させ、発動させる。
「___擬態、”暗殺者”!」
『わたしたちの力、おかあさんの為に!』
魔力が安定し、擬態に成功したのを感じる。
後ろに立っているお父さんの方を振り返り、
「___いってきます、お父さん」
ただいまを言うための言葉を掛けた。
お父さんの表情は隠れていて分からなかったけど、「いってらっしゃい、名前」と掛けられた言葉は先程の怖さはどこへやら、いつもの声音だった。
お父さんの言葉に頷き、私は建物の壁を走り屋上まで駆け上がる。
ジャックのステータスが反映されているからこそできる芸当だ。
「急がなきゃ……。手遅れになる前に!」
建物の屋上を次々と飛び移りながら目指すのは、いーちゃんから送信された位置情報の場所。
……待ってて、いーちゃん……!
第6節「職場体験開始」 END
2021/12/10
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