第5節「轟焦凍」







「苗字、昼飯一緒にどうだ?」



鞄の中から弁当を取り出そうとしたとき、私に声を掛けてきたのは轟君だ。
どうやらお昼のお誘いらしい。

最初はクラスの女子達と一緒に食べていたのだが、両親かれらの事を明かしてからは護衛として来てくれている子と過ごしている。



「別に構わないけど……。轟君はいつも教室にいないよね?食堂でお昼ご飯食べてるの?」

「ああ」

「そっか。なら早く行かないとね!席がなくなっちゃう」



アーサーには悪いけど、今日の昼は霊体化でいて貰わなければならなさそうだ。
そう思っていると、アーサーは察したのか「大丈夫だよ」と声を掛けてきた。



「セイバーも食堂行く?」

「そうしたいところだけど……ちょっと気になる事があってね。轟君、マスターのことお願いして良いかな?」

「分かった」



もう、アーサーってば心配性なんだから……。
でも、気になる事ってなんだろう?尋ねようと思ったが、既にアーサーは霊体化して姿が見えなくなってしまった。



「じゃあ行こっか」



お弁当を片手に轟君と一緒に教室を出る。
しかし、何故轟君は私をお昼に誘ってきたのかな?



「悪ぃな。お前に話したいことがあって」

「話したい事?」



コクり、と頷いた轟君。
話したい事、か。何だろう……?



***



轟君は昼食を買いに行ったので私は席を取って待っておく。
先に食べるのも悪いので、携帯を弄りながら待っていると目の前にお盆が置かれた。
お盆の上にはざる蕎麦が。

見上げれば水色と黒のオッドアイと目が合う……轟君だ。
意外と早かったな。



「先に食べてて良かったのに」

「なんか悪いかなって思って」



二人手を合わせて「いただきます」と言い、私は弁当の蓋を開けた。
今日は久しぶりにお母さんの手作り弁当だ。



「轟君、お蕎麦好きなの?」

「ああ」

「良いよねお蕎麦〜。暑い日には冷たいお蕎麦、寒い日は温かいお蕎麦が美味しいんだよね〜」

「温かいのは嫌だ」

「あ、そうなんだ……」



どうやら轟君のお好みは冷たいお蕎麦らしい。
段々暑くなってきてるし、美味しいだろうな〜。……何だかお蕎麦が食べたくなってきた。

食べ終わった頃、早速本題に入ることに。



「……で、轟君は私に何を話したいの?」



私がそう尋ねると、少し間を開け轟君は口を開いた。



「……俺、お母さんに会ってきたよ」

「! そっか、どうだった?」



体育祭後、轟君が零した言葉。……10年も母親の顔を見ていない、という話。
その時に差し支えなければ、と尋ねたのだが意外にも轟君はあっさりと話してくれた。……彼のお母さんが入院するに至った経緯を。

轟君は実父であるエンデヴァーさんに個性が発現してすぐにヒーローになることを強要された特訓を5歳からやっていたらしい。……それも、私とは全然比べものにならない程に厳しい特訓を。

泣いても吐いても止まることの無い特訓は内容を聞くだけでも辛いもので。
そんな生活の中轟君にとってお母さんは唯一の心の支えだったそうだ。
しかしそんな生活の中彼の母親も段々と精神が追い詰められてしまったそうだ。



『この左の痕は、その頃にお母さんから浴びせられた煮え湯の痕だ』



悲しそうな表情をしていたあの時の轟君を思い出す。
……どうだったんだろう。少し俯いている轟君の言葉を待つ。



「……許してくれたよ。あっさりと」

「! 話してみて良かったでしょ?」

「ああ」



ぎこちなくだけど、微笑みを見せた轟君。
普段表情の変化があまりないため、新鮮だ。年相応で可愛らしい笑みを浮べている。うんうん、君くらいの年齢にはそれくらいが丁度良い。



「苗字のお陰だ。ありがとな」

「いえいえ。同じヒーローを親に持つ者同士、これから仲良くしようよ」



どこか吹っ切れた様子だ。
これを機にクラスメイトと馴染んでいってほしいな。
女子のみんなとお昼を過ごしてるときに偶に彼の話題が上がるのだが、壁があるような…一線を引いているような所があったから。



「あと……苗字に聞きたい事があるんだ」

「うん。何?」

「あの試合の時…俺の事を『羨ましい』って言ってただろ。本当に苗字の個性がアクアとサナーレの個性を継いでいないから、という理由だけなのか?」

「え?」

「最初、俺達に個性の評細を隠していた事が引っかかってるんだ。……何か他にも理由があるんじゃないかって」



意外と鋭いな……。
ゴクリ、と固唾を呑む。


「それに……個人差はあるらしいが、俺の事を完全に覚えていないのはどうしても気になる。俺は顔を見て名前を聞いた瞬間、苗字だって思い出したのに」

「うっ……」



轟君、そういうのに詳しいんだ……。私、全然知らなかったよ……。
それに「前世の記憶取り戻したらその前の記憶なくなっちゃいました」なんて絶対言えない……!



「苗字。……他に何か隠している事があるんじゃないか?」



二度も問われたその言葉に、心臓がドクンッと脈打った。

この目……確信を持っている目だ。
何を根拠にそう感じているのかは分からないけれど、上手く流しても彼は納得してくれなさそうな気がした。



「べ、別に何にも隠してないよ……?」



だけど私は誤魔化す方を選んだ。そして、平然と嘘をつきましたとも。

何故なら絶対に明かせない秘密があるから……私が前世の記憶を持った人間だと言う事。それも、この世界とは全く違うような世界の人間だった時の記憶を。



「……」

「ほ、ほんとだよ……?」

「前科持ちが何を言ってる」



前科持ちって……。犯罪者のように言わないでよ……。
まあ確かに前に個性の内容を明かさなかったっていう過ち(?)があるけれど……!

ダメだ、動揺が隠せてない。
これじゃあ実はまだ秘密があります!って言ってるものじゃん!!



「ど、どうして私が何か隠してるんじゃって思うの?」

「……俺も、お前の事が知りたいんだ」

「……はい?」



急にどうした轟君よ。
真剣な瞳に別の意味で勘違いしてしまいそうになるが、恐らく轟君が知りたいと言っているのはきっと……



「……もしかして、私が轟君の家庭事情を一方的に知っているのが嫌だって事?」

「!ああ」



こういうことだよね!?
そう思いながら尋ねてみると、どうやら合っていたようで安心した。

言葉が足りないよ、轟君……!私じゃなかったら絶対別の意味で受け取っているよ!ちょっとこの人大丈夫かなって思われるよ!!
きっと素の彼の性格は若干天然な所があるんだろう……。大丈夫かな、なんか色々と心配になって来ちゃったよ私……。



「苗字は俺の事情を知ってるけど、俺は苗字の事情を何も知らない。……だから、俺もお前の事を知りたい」

「うっ……!!」

「?」



言葉が……言葉が足りないよ轟君!!
なるほど、前にも思ってはいたけどやっぱり轟君はカルナと似てる。いや一緒だ!!

急に机に額を付けて伏せた私をきっと轟君は不思議な目で見ていただろう……。



「……確かに、私はまだ秘密を隠してる。でもそれはここでは話せない。轟君、放課後時間ある?」

「時間ならあるぞ」

「……本当に知りたいなら、教える。だけどこれはいーちゃんにもかっちゃんにも言ってない事なの。……絶対に口を割らないって守れるなら話すよ」



幼馴染の彼らにも話していない、私が隠している秘密。
そのことに轟君は驚いたようで、少し目を見開きゆっくりと頷いた。



「じゃあそろそろ教室に戻ろうか!」

「……そうだな」



職場体験の話をしながら轟君と一緒に教室へと戻った。
……彼がまだ何か言い残している、と言った表情を浮べていたのは、気のせいかな……。





2021/07/25


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