第3節「雄英体育祭:後編」
百合表現あり
「名前」
長い廊下を歩いていると声を掛けられた。
顔を上げると、頭に浮かんでいた人物がそこにいた。
「アヴェンジャー……」
「随分持っていかれたようね?」
ジャンヌだ。
現代服を身に纏っているため、一般客にも見えなくもないが誤解されたくないので、できれば出てこないで欲しい……。
そう思いながらジャンヌを見ていると、彼女の手が私の頬に添えられた。
……ま、まさか!
咄嗟に口に力が入り、意地でも空けないようにしているとクスッとジャンヌが短く笑った。
「そんなに口を閉じてたらあげられないじゃない」
「べつに……きすじゃなくても……っ」
「面白いからこっちでやるのよ」
「ひうっ!?」
ジャンヌの顔が近づいて来たと思えば、唇を舐められた。まさか舐められるとは思わず、短く悲鳴を上げてしまう。
そう、ジャンヌは私のこういう反応が好き……らしい。私には全く理解出来ない。
壁に押さえつけられ、後頭部も固定された。……逃げられない。
「ん……っ、くる……し……っ」
「……はぁ。ふふっ、竜の魔女である私の魔力は強力よ?存分に使いなさい」
満足げに舌舐めずりをし、ジャンヌは嬉しそうにそう言った。
ジャンヌの方へ引き寄せられ、バランスを崩しながらも何とか自力で立つ。
やはり、魔力を分けて貰うと身体のバランスも保てるようになる。体力と魔力はイコールなのかもしれない。
そんな事を思っていると、ジャンヌがふと言葉を零した。
「……本当は止めて欲しい」
「アヴェンジャー……?」
「あんた、気付いてないだろうから言っておくけど……とっくに限界超えてるのよ。何だったかしら、キャパオーバーって奴」
「待って。とっくに超えてるってどういう……?」
「あの魔術師、分かってて言わなかったのね……。はぁ」
腰に手を当て、細く長い指を私に向けて指す。
「今あんたは私達の魔力で個性を使えている状態なの。でも、あんたの身体はとっくに限界を超えてるからそれに伴う魔力の消費も体力も大きいの」
「でも、みんなの魔力を貰えば動けるんでしょ?」
「それは間違ってないわ。だけど今あんたが使ってるのはあんたの魔力じゃない。サーヴァントの魔力よ。……上を目指したいって言うのは分かってるつもりだけど、これ以上続けていると身体が持たなくなるわよ」
身体が持たない
……それでも、ここまで来たんだよ?
「ここまで来て辞退なんてできない……。いける所までいきたい」
辞退した同じチームだった2人と、戦った2人の気持ちを無駄になんてできない。
「……はあ。ま、私達は貴女という存在がいる事で成り立ってるから、嫌でも離れられないし、命令には逆らえない」
「そんな、縛ってるつもりじゃ……」
「そう言う意味で言ったわけじゃないわよ。あんたはそういうの嫌いだって知ってるからね」
ジャンヌは間を置いて、口を開いた。
私の髪を優しく指に絡ませながら、優しいようでどこか……悲しそうな眼差しで。
「だけど、これだけは言わせて。……そんな身を滅ぼすような真似をしないで」
ジャンヌの表情に目を見開く感覚がした。
今までそんな素振りを見せたことがないから、見間違いだと思った。
……ジャンヌが泣き出しそうな表情をしている、と言う事に。
「ごめん……、ジャンヌ」
「名前……っ」
ジャンヌに抱きつき、小さく名前を呼ぶ。
私の肩に顔を埋めた彼女の髪が頬をくすぐった。
そうだ。顔に出していないだけで、ずっと思っているんだ。
私が目の前で死んだ事を引きずっているんだ。
それがどれだけジャンヌに……サーヴァントに刻まれているのかを考えなくては。
サーヴァントを不安にさせるマスターなんて、失格じゃない。
2021/07/10
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