novel3 | ナノ



05

 


世は19世紀の末。
まだ義務教育というものが確立されて間もないこの時代。
13歳未満の子供達は主に家庭で親やガヴァネス(家庭教師)から勉強を学んでいる。
12から13歳以後からはパブリックスクールなどで中等教育を受け、17から18歳以後は大学へ進学という流れがある。
といってもこれは上流・中流階級の話かつ、男子の場合だ。
お金の無い層の人間は男女共に学校に通えず、家の手伝いをして働きに出るのが主流だった。
そして上流・中流階級の女子であっても大学に進学までする者は少ない。若いうちに結婚して家庭に入る娘が多いからだ。

そんな時代の中、リリアンは初等教育を全て家庭内で父と家庭教師から教わっていた。
誘拐事件があった為、身の安全を優先したいと父ジョージから願われた為でもあった。
一方ジョナサンはジュニア用のスクールに通っている。ほぼ男子しか居ないその学校には、最近ジョースター家にやってきたディオも通い出した。

スクールで教えられているのは読み書きや算術、地理や歴史などの基礎的な事。
それらなら家庭教師から教わるだけで事足りるのと、父の家業を手伝うために商業について学びたかったリリアンにとっては、スクールに通わない選択は正しかった。
ただし、今年の9月からはリリアンも全寮制かつ女子のみのスクールに行く予定だった。ジョナサンもディオも男子のみのパブリックスクールに通う事になる。
基本的に男女は分けられるため共学なのは初等教育までだった。

そのため、3人の生活環境は結構バラバラだ。
午前中、ジョナサンとディオが学校へと通っている間リリアンはダンスやフェイシングのレッスンを受けている。
午後からは貿易に関する事業を家庭教師から学んだり、父に付いて商売相手の店に出向いたり港や船を視察していた。
将来的に早く知識増やして経験を積みたいと強請り、その我儘を聞いてくれた父により個人的に色々と勉強させて貰っているのだ。
書類作成の課題等も出されているのでリリアンの毎日は結構忙しい。
もう少し休みを取った方が良いのではないかと父には言われているが、リリアンは頭と身体を動かしていないと落ち着かないタイプだったのでそれで良かった。
と言っても身体を休める事は大切なので、休み時間は貴重だ。

そしてそれを邪魔するように現れるのがディオである。


「──やあリリアン、君、随分と熱心に勉強しているけど、ずっと家とお義父さんの仕事現場の行き来で退屈じゃあないのかい?」

「ショッピングにも出掛けないのかい?君は趣味ってものが無いのか?それとも勉強が趣味なのかい?」

「恋人は居ないのか?そもそも友達は居るのかい?」

「今日来てた庭師の男、君に気があるみたいだったぜ?男を誘惑する才能はあるみたいだな」


ティータイムにするには不適切な言葉や内容を、彼は次々と浴びせてくる。
誘拐された時の恩人の一人であるディオであっても、彼の意図が分かっていたとしても、度を越してきているそれにリリアンの口からは溜め息が溢れた。

ディオは学校から帰宅後に家庭教師から個別で追加の勉強やジェントルマンとしての基本や基礎の授業などを受けている。
彼だって慣れない環境で忙しいだろうに、その貴重な自由時間を使って謀まで行うのだから、大したものだ。
これでジョナサンを虐める余裕もあるのだから、彼の努力や潜在能力や要領はとても良いのだろう。
方向性は間違っているがその執念深さと情熱だけはいっそ感服してしまう程だ。

本来ジョナサンの為に取っていた時間がディオとの対話とも言えないそれに変わってしまい、リリアンはジョナサンと中々話せなくなっていた。
また、ちくり魔だと言いふらされた事でジョナサンはディオに関する事をあまり口にしなくなった。
それでも就寝前にはこっそりと二人で会ってお喋りしていると、ジョナサンはガールフレンドが出来た事を話してくれた。


「素敵な子なんだ!彼女と居ると心があたたかくなる」

「ふふ…良かった…ジョナサンのそんな笑顔、久しぶりに見たかも。本当に素敵な子なんだね。機会があったら私にも紹介してね」

「勿論さ!リリアンみたいな綺麗な金の髪をしているから、街中で出会ったら分かるかもしれないよ。あ、彼女の目は青色さ」

「金髪のエリナで、ペンドルトンと言う名字ならもしかして街医者の所のお子さんかな?何度か病院で話した事があるよ」

「本当かい?今度エリナに覚えているか聞いてみるよ」


孤独感に苛まれていたジョナサンの心を救ったのはエリナだった。恋は人をここまで変えるのだなと、リリアンは微笑ましく思った。
そして恋話というのは案外面白く、その日のお喋りは深夜を過ぎるまで続いた。
まだ同じ部屋で寝起きしていた頃は毎晩こうだったなと思い出して、リリアンはジョナサンの笑顔に釣られて笑った。

楽しそうなジョナサンと久々に長話出来たリリアンは、ジョナサンが幸せそうに眠りについたのを確認してからその頭を撫でておやすみのキスをし、毛布をかけ直した。
そっとジョナサンの部屋を出て自分の部屋に戻り、リリアンも就寝する。
そんなジョナサンとの素敵な時間と違って、ディオとのひと時は真逆だった。


「──そういえば、誘拐された時にされた事はお義父さんにも伝えてあるのかい?ジョジョには?」

「なあ、教えてくれよ。最後までされてないって言ったのは君だろう?」

「どこをどう触られたんだい?」

「暴漢達の性器を触らされたりもしたのか?君のここは?勿論触られたんだろう?」

「あの時の君の下着、破れていたもんなあ」

「舐められもしたのか?ッなあ、なんとか言ったらどうだ」

「……」


リリアンは流石に辟易していた。
ディオはジョナサンの事は暴力と姦計で捩じ伏せ、リリアンの事は性的に屈服させようとしているのだ。
なんとか二人きりにはならないように上手く休みを取っていたが最近ディオはリリアンの部屋の中にまで勝手に入ってくるようになった。
今まで自室の鍵をかけた事は無かったのだが、これからはかける必要があるのかもしれない。
けれども彼なら簡単に鍵を開けられるだろうし、鍵をかければますます彼のやる気に火をつけそうだった。


「…貴方もしかしてそんな質問を他の女の子達にもしている?
いくらプライベートであっても、自分から品位を損ねる言動は良くないと思うよ」

「…そんな訳ないだろ。一つ屋根の下で暮らす妹の事を僕は知りたいのさ。知る権利がある。君がどんなやつか知っておかなきゃあ、色んな意味で心配でたまらないからね」

「妹ね…家族として私の事を案じてくれて嬉しいですわ。お兄様。でも兄妹間であっても紳士としての振る舞いは守ってくださいましね」

「…おい、その喋り方はやめろよ」

「あら、お兄様の為にもっと理想的な妹として振る舞おうと思いましたのに、お気に召さず残念です」

「お前ッ」

「…あら、ガヴァネスが参りましたよ。ディオお兄様。お部屋に戻られては?」


などという態度をとってしまうリリアンも悪いのだが、正直に言ってディオの相手をしている暇は無いのだ。
普通のお喋りならまだしも害意と敵意にいちいち反応するのは時間の無駄だ。

休憩時間に心身を休める事が出来なくなったリリアンは、いっその事ディオがやってくる時間帯に合わせて課題を行う事にした。
すると必然とディオを無視する事になるのだが、当然ながら無視するなと非難してくる。
彼の言葉に答えても答えなくても不機嫌になられ、反抗的な態度を取ると怒り出し、かと言ってリリアンがわざと媚び諂ったり怯えるふりをしてもディオは怒った。
女の身体に痕が残るのは流石にまずいと思っているのか今のところ幸いにも殴られてはいない。
あくまでリリアンを精神的に傷付けるのが目的なのだろう。

けれどもう本当に全てが面倒くさくなったリリアンは、その後もディオを無視するか適当にあしらっていた。
しかしある日それにも飽きたのか、リリアンが毎日欠かさず課題を行っている事に気付いたのか、筆を走らせている間にディオが話しかけてくる事は無くなった。
じっとリリアンを横から見つめてくる事が増えた。


「君はいつも何をそんなに必死に学んでいるんだ?」

「今は経理や簿記について学んでいるところだよ」

「へぇ…」


勉強に関しての質問は純粋な興味関心からのようだったのでリリアンも正直に答えた。


「ここの内容は?」

「決算と会計だよ」

「これは…フランス語?」

「そっちはドイツ語、フランス語はこっち」

「ほお…」


海上貿易に特化した父の事業に外国語は必須だ。学ばなければならない事は山程ある。
するとディオもそれらには強く興味を持ったようで、机の上のリリアンの課題をよく見に来るようになった。

そしてその日以降、セクシャルな嫌がらせは減っていった。
時々嫌味を言われる事はあったが、それにも慣れたリリアンは嫌味には嫌味で返した。
フランス語で罵倒すれば翌日にはドイツ語で馬鹿にされ、ロシア語で煽れば中国語で煽り返された。
ムキになったディオの言語力が上がっているのが、なんだか面白い。

ある日ついにそのやり取りに堪えきれなくなったリリアンが吹き出すと、ディオは驚いたような面食らったような顔をした。
その表情は、ディオがジョースター邸に来て初めて見せたものだった。変なもの、理解出来ないものを見るような、驚きと訝しみに満ちた面持ち。
年相応に幼さを感じさせるその表情は、かつて貧民街で助けてくれたあの時の少年そのものだった。


「何がおかしいんだよ…」

「ふふ…ごめん。なんだか私、最近貴方と話すのが楽しくなってきたみたい」

「は…、」

「こんな風に同年代の子と罵り合う事なんて無かったからね。外国語で悪口を言い合うなんてのも初めてだし、新鮮で楽しいよ」

「ふん…ジョナサンとも無いのかい?」

「ジョナサンとはそもそも言い争う事すら無いし、お互いの悪口なんて言った事すら無いよ」

「…だろうな」


笑ったことに対して激昂するかなと思ったが、意外にもディオは大人しかった。
変なものを見るような面様から元の不機嫌そうな表情に戻ったディオは、ふんといつものように鼻を鳴らす。
それでも、ほんの少しだけ口角が上がっていた。

──少しずつ、ディオとの関係は変わっていった。

椅子を隣り合わせて課題を睨み、時折り口論のような意見を交わす。
あらゆる国の言語で貶し合い、時にふざけた事を言ったり褒め合ったり。
そのやり取りは、最早二人の間のコミュニケーションの一貫と化していった。
張り合いがあるというのだろうか、ライバルのようなお互いの存在が、次第に許せるようになっていった。
ディオとの関係は、そうした形に落ち着いたかのように思えた。


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