novel3 | ナノ



18

 


リリアンがディオに取られる、盗られる。そう思った時、ジョナサンの心は真っ黒になった。
──リリアンはディオには渡さない。ディオがリリアンとキスをしたのはいつ?まさか昨日今日の事ではなく昔から?一緒に二人だけで買い物に行き出したあの時から?10歳までは僕だけのものだったあの唇がディオに奪われたのはいつ?
──エリナのファーストキスを奪って、エリナも僕から奪って、今度はリリアンすら僕から奪うのか、リリアンの唇だけでなくバージンも奪う気か、ディオは僕から全部奪っていく。なら、ディオに奪われる前に、“奪って”やる──

そんな、醜い心に、ジョナサンは支配された。

気がつくと、リリアンが泣いていた。この世で一番大切な存在の姉を、泣かせていた。自分は一体何を、と、そこでようやく正気に帰った。
ジョナサンは冷や汗が止まらなかった。その日の夜は眠れなかった。自分の中にあんなにも穢らわしい欲があったなんて、信じられなかった。
紳士として恥ずべき行為どころか、男として、人間としてやってはいけない罪を犯そうとしていた。

リリアンは、許してくれた。
いつものように、駄目な弟を嗜めるように、もう二度としないというジョナサンの言葉を信じて、気の迷いだったと信じてくれた。
仲の良い姉弟に、戻れたと、思った。良かったと思ったのに、胸の中にはもやもやとした澱みのようなものが残った。


──大学生活最後のラグビーの試合が終わり、ディオと共に屋敷へ帰ると、近頃体調の良くなった父が出迎えてくれた。
少し前まではベッドに篭っていた父は、最近また元気になって、仕事も出来ている。体調の波が激しい為皆心配しているが、今は落ち着いているようだった。


「優勝おめでとう」

「え!もう知ってるんですか」

「大学の友人がさっき来て教えてくれたよ」

「ひどい友人をお持ちです。喜ぶ顔が見たくてすっ飛んで帰ってきたのに」


談笑していると、扉が開いた。仕事で忙しくしていたリリアンが、やってきてくれたのだ。


「優秀おめでとう、二人共。試合を見に行けなくてごめんなさい…二人の活躍、実際にこの目で目にしたかったです」

「ああ、ありがとうリリアン…少し顔色が優れないね?無理せず休むんだよ」

「え、ええ、ありがとうディオ。キリの良いところまで終わったので、少し休んでからまた再開します」


ディオがリリアンの頬をすっと自然に撫でた。父はその様子を微笑ましげに見つめていて、ジョナサンはギリっと拳を握った。
リリアンから聞いていた通り、父は二人の婚約に好意的だ。


「ディオ、君は特に頑張った。卒業したら、あの話を進めよう」

「貧しい出身のこの僕にチャンスを与えてくれて、本当にありがとうございます。お父さん」

「あの…話って…?」

「おお、ジョジョ、お前にはそろそろ言っておいた方が良いだろう。ディオとリリアンの…二人の関係をお前も薄々気が付いていただろう?
二人は婚約関係にあるのだ。お前達が卒業したら、皆に発表する事になっていたのだが、先にお前には伝えておかないとな」

「そう…ですね…父さん…使用人が噂してるのを聞いた事がありました。まさか本当に…。
ねえ、リリアン、僕にだけは、もっと早く教えてくれても良かったんじゃあないかな」

「っ」

「おいおいジョジョ、秘密だったんだ、仕方ないだろう?それより、祝福してくれないのか?俺達の事を」

「──ああ、おめでとう!二人共!びっくりして、言うのを忘れていたよ!本当に、めでたいなあ」


ディオが、勝ち誇った顔をしている。まるでジョナサンから守るように、その背にリリアンを隠す彼に、頭の血管がキレそうな程の怒りが湧いた。
父の前だから、なんとか我慢したが、ディオと二人きりだったらその顔面をぶん殴っていただろう。
何故こんなにも怒りが沸くのか、自分でもよく分からないが、ジョナサンはとにかく腹立たしかった。

この前リリアンが言っていた婚約解消の話はどうなったのだろう。ディオと話し合いをすると言っていたのに。
あのままずるずると、話が伸びてしまったのだろうか。
それともリリアンは断りにいったのだろうか、──ああ、そうだ、ディオがそんな事を許す筈が無い。彼の性格上、狙った獲物は逃がさない、だろう。
ジョナサンは申し訳なさそうに眉を下げている姉に、おめでとうとハグをしながら、気が付いてしまった。
姉からディオの香水の匂いがする。
目眩がした。
この姉の華奢な身体がもう、ディオに犯されてしまった?そう思うと、今すぐに抱き上げてこの場から連れ出してしまいたくなった。
服の下を確認して、触って、洗って、無茶苦茶に抱きしめてしまいたい。そうだ、あの時、自分がリリアンのバージンをさっさと“奪って”いれば──!

そこまで考えて、ジョナサンの額からドッと汗が吹き出た。
自分の中にある漆黒の何かに、吐き気がした。自室に戻ってから、いつも使っている椅子に座り、何とか気を落ち着けようとした。 

──もう、リリアンはディオのものになってしまったのだ。
リリアンとまた話し合いをしたいが、また自分が暴走してしまいそうで恐ろしいとも思った。
頭を冷やさなければならない。

ジョナサンは石仮面の研究ノートを開けた。
ナイフを取り出し、スっと指先に傷をつけて、石仮面にその血を落とした。
カタカタと震え出し、バッと骨針が飛び出す。

これは、これだけはジョナサンとリリアンだけの、二人だけが知る秘密だ。
この仮面を作ったものは、一体何を目的として作ったのだろう。覚えていない亡き母が買った物という思慕の情もあり、ジョナサンにとって石仮面は特別だった。
いつか仮面の謎を解いて発表し、考古学会にセンセーションを巻き起こせれば良い。
そう考えを逸らし、別の資料を図書室で探していると、ジョナサンは見つけてしまった。




──ダリオ・ブランドーからの手紙を。




「──あんなクズに!名誉などあるものかぁあ!」


ジョナサンはディオからの拳を受け、それでも鋭くディオを睨んだ。
父への手紙、そこから湧き上がった疑惑をぶつけ、そして彼の父親と関連付けて煽れば、プライドの高いディオは簡単に激昂した。

「君への疑惑が確信に変わったぞディオ!
君の動揺と憎悪は普通じゃない。君と実の父親とのあいだに何があったのかは知らんが、君は父親を殺害している!」

「くッ」


子供の頃されたように、殴られたまま目に指が突っ込まれかけたので、その前にジョナサンはディオの腕を掴んだ。
みしみしと音が出る程に強く掴んで、その胸ぐらも掴んで下の階に投げ飛ばした。


「僕は父を!リリアンを!ジョースター家を守る!
ディオ!君の7年間の考えが分かったッ僕らには最初から友情など存在しなかった。
そして父にもリリアンにも、もう近づけん!この薬を分析して、必ず刑務所に放り込んでやるぞ!」

「ジョジョ…ッ」


ディオは何かを言いたげに、そして悔しそうにこちらを睨みつけてきたが、ジョナサンの感情は爆発したまま、収まらず、その場を急いで立ち去った。
姉を奪われ、父の命まで奪われようとしているこの事態に、一刻も早く対処しなければならない。


「父さん、リリアン、僕は2、3日ロンドンに行ってきます。
その間、この医師たち以外からの手当てや薬は一切受け取らないでください」

「ジョナサン、いったいどうしたの?」


大学の伝手を頼りに新たに医者を3人雇い、家に招いたジョナサンは父達にそう告げた。
近頃体調のよくなっていた父には過剰かもしれないが、父の咳は止まっていない。この3年程ずっと続いているのだ。
薬を解析し、解毒剤を手に入れる。その間にもしディオがまた怪しげな薬を父に投与するとも限らないので、人目が多い方が良いと思ったのだ。


「リリアン、ちょっと来て」

「え、ええ…」


急いで家を出なければならないジョナサンは、人気の無い廊下に出て、戸惑う彼女の耳元で簡潔に事を述べた。


「ディオが父さんに毒を盛っていたかもしれないんだ」

「──え…?」

「僕はその証拠をこれから掴みに行く。リリアンはディオと二人きりにならないよう注意して、追い詰められた彼が何をするか、分からない。
心配だから本当は連れて行きたいけど…とにかく、絶対にディオと二人きりにならず、父さんと一緒に居るんだ。いいね。それじゃあ、行ってくる」

「え、待って…ジョジョ…!」


混乱する姉に詳しく話している時間は無く、ジョナサンはそのまま御者と共に家を出た。大学の医学部で薬の分析をしてみたが、その成分はさっぱり分からなかった。
西洋医学で分からないのなら、東洋医学か。やはり東洋の薬である可能性が強い。
だからジョナサンはロンドンのオウガーストリートへ向かった。ディオが以前住んでいたのはロンドンだ。
他の貧民街にも聞き込みをしたが、東洋人の多く住むのはこのエリアだと聞いた。
なんとしても入手先を見つけて証拠と解毒剤を手に入れなければならない。
御者を帰らせて、ジョナサンはその街の中へと入っていった。


「そこの東洋人!君なら知っているな 東洋の毒薬を売っている店を!」


東洋人を見つけた。顔に刺青のある男と、傷のある男が仲間だった。


「僕は父のためにここにきた。だから蹴る瞬間君にも父や母や兄弟がいるはずだと思った。君の父親が悲しむことはしたくない」


威嚇や脅し、暴力は紳士的ではなかったが、彼等の仲間の一人、顔に傷のある男はジョナサンの事を紳士だといった。
スピードワゴンと名乗った彼は、甚くジョナサンの事を気に入ってくれたらしく、他のゴロツキから守るように周りに声をかけ、東洋の毒薬を売る者を探すのを手伝ってくれた。
彼は、スピードワゴンは、彼の他の仲間達と比べて少し変わっていた。
紳士のようにきちんとスーツを着て、ネクタイまでしっかりと締めて、身綺麗にしている。この食屍鬼街に相応しくない人間のように思えた。
彼はジョナサンの事を身なりが良いと言ったが、彼こそこの街では浮くレベルの身なりをしている。


「俺の事が不思議かい?ジョースターさん」

「あ、ああ。君は彼等のボスなのかい?今にも僕に襲いかかってきそうな程に怒っていた人もいたし、随分と慕われてるみたいだ」

「俺ァ産まれてからずっと、この街含めた暗黒街で生きてきた。だが、貧民街から出て各地を周り、世界も見て回ってきた男だ」

「世界各地を?」

「ああ…そこで俺は学んだ。貧しい場所でも富んだ場所でも、そこに住むのは同じ人間。違いは無ぇ。違いがあるとするならば、生き方の差だけよ」


スピードワゴンはジョナサンの目を真っ直ぐに見て言った。


「人の心を失わず、義理人情を大切に出来ているかだ。どこの国行っても、ソレが無え場所はいくら街がお綺麗でも臭え匂いが充満してた。
故郷に帰る度に期待したり失望したりもしたが…。だがよ、こんな底辺の街でもよ、あるところにはあるのさ。人情ってやつがな。
それが無え輩は俺がぶん殴ってきた。こんな街でも女子供が傷付かねえようにする事は出来るんだ」

「スピードワゴン…きみ…」

「金持ちには筋の通って無え奴が多い。だから金目の物を頂いて、ガキ共の飯代の代わりにしてやってきた。
だがアンタは飛び切りの男さ!紳士ぶってる奴ばかり見てきたが、アンタは精神的にも本物の紳士だ!」


スピードワゴンはやはり不思議な男だとジョナサンは思った。
ゴロツキではあるものの、一本筋が通っている彼は、世界各地を見て回ったというだけの事はあり、この貧民街でも腐らず、強く生きている。
今までジョナサンの周りには、ディオを含めて彼の言うところの紳士ぶった同級生達ばかりだった。
彼等はジョナサン達には優しかったが、街で出会うストリートチルドレンやホームレスには厳しく、よく穢らわしそうな目で見ていた。
ジョナサンがそれを嗜めると不思議そうな顔をしていたものだ。
だがきっと、スピードワゴンはそんな彼等を見捨てない、寧ろ加護する側の人間なのだろうと思った。
そんな彼の思想や、海外の各地を周るという活動的なところを知ると、リリアンの事を思い出した。


「君は…もしかしたら僕の姉とすごく仲良くなれるかもしれないね」

「アンタの姉ェ?お嬢様と俺が馬が合うとは思えねえけど…」

「僕の事を認めてくれた君なら、きっと彼女との仲もそんなに悪くはならないと思うよ」


そう話している内に、ジョナサン達は東洋の毒薬を売る男の店へと辿り着いていた。











「ジョナサン…!今から探しに行こうと…って、あれ、貴方は…」

「俺ァおせっかい焼きのスピードワゴン!
ロンドンの貧民街からジョースターさんが心配なんでくっついてきた!アンタがジョースターさん…の…姉…」

「レオさん?!」

「レオさん???」

「…ッエー?!?」

「レオさんですよね…?え?何故ここに、え?というかお久しぶりです…!私を覚えていますか?リリアンです!
10年ぶりですが、そのお顔の傷ですぐに分かりました!」

「は???」


家を出て三日目の朝。屋敷に帰宅すると、玄関の前に旅支度をした様子のリリアンがこちらに向かって駆け寄ってきた。
泣きそうな顔、目が赤いので今の今まで泣いていたであろうリリアン。
ジョナサンの元へ駆け寄ってきた彼女は今にも崩れ落ちそうだったのに、馬車から出て来たスピードワゴンの姿を見た瞬間、その顔が明るくなった。
しかも、彼をレオさんと呼んでいる。そして、10年ぶりだとも。


「どういう事だいスピードワゴン…どうして君がリリアンと知り合いなんだい…?」

「エ?!あああ、ああちょっと待ってくだせえジョースターさん!
そんでアンタ…いやお前…もしかして、あの時の…」

「はい!そうです!レオさんには感謝してもしきれません…あの時は、私を助けてくださりありがとうございました」

「いや…いいんだよ。お前が無事で、家に帰れたんだな…髪も伸びて…っ良かったなぁ…!」


ロンドンから連れて来たヤードと毒売りのワンチェン、屋敷から出て来た父と執事達を置き去りにして盛り上がっている二人の会話を聞いていると、どうもスピードワゴンは10年前にリリアンが誘拐された時に世話になった男だという事らしかった。
スピードワゴンは涙ぐんでいた。
ヤードの警部もまた少し、涙を浮かべていた。父の知り合いであり、誘拐事件の時もジョースター家の為に尽力してくれた一人なので、久しぶりに見たリリアンの元気そうな姿にほっとしたらしい。

玄関先での予期せぬ再開にひと騒動あったが、ジョナサン達は父の執務室で話をまとめていた。
ディオの悪魔のような陰謀の証拠、薬の売人のワンチェンは、その話し合いの中心となった。
リリアンはスピードワゴンと話し合いをして少し元気になっていたが、やはり、今にも泣き出しそうな顔をして、口を開けては閉めてを繰り返していた。


「リリアン…言いたいことがあるんだろう?皆の前で言い辛いなら、少し外に出ようか?」

「ジョナサン…私…その…私の…」

「ゆっくりで良いよ」

「ディオは…ディオが…お父様に毒を盛ったのは…私のせいかも…しれなくて…」

「何だって?!」

「…どういう事だい?」

「昨日の夜中に、彼と言い争いを、したのだけど…」


青くなったリリアンが、父と警部とジョナサンとをちらちらと見回しながら、ゆっくりと喋りだした。
曰く、ディオは父を殺すつもりでは無いらしい。信じられなかったが、慢性的な体調不良を引き起こすように毒を盛っていたのだと。


「なるほど…それで…」

「なんだ?ワンチェン、どう言う事だ?何がなるほどなのだ?」

「私が彼にお売りしたのは、毒薬だけでなく解毒薬もです。それらをセットがお望みだったので。毒薬だけならまだしも解毒薬を一緒に購入される方は珍しく、理由は気になっておりました」

「解毒薬も一緒に…?だと…?」

「長期に渡りジョースター卿の体調をコントロールしたかったという事でしょうか…?一体なぜ?」

「……ふむ」

「……っ」

「………。」


父は思い当たる事があったのか、ショックを受けつつも何か納得した顔をしていた。
リリアンは真っ青な顔のまま、俯いてカタカタと震え出していた。ジョナサンも、そんな二人を見て、分かってしまった。


「ッディオ…!」


怒りが、怒髪天を突きそうな怒りが、ジョナサンを支配した。





──その日、ディオは帰って来なかった。彼が帰ってきたのは、翌日の夜。
そこからの事は、まるで悪夢のようだった。




[ 18/52 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -