novel3 | ナノ
11
ジョナサンとディオが激しく殴り合いをし、エリナとダニーが居なくなってから、数週間程時が経った。
ディオが完璧な紳士として振る舞いだし、最初は戦々恐々としていたリリアンだったが、今のところ何も起こっていない。
ディオはジョナサンとも何か話し合いをしたのか、二人の仲は落ち着いている。ように見える。
ジョナサンの表情も少し本来の明るさを取り戻したので、今ジョースター邸は平和そのものだった。
それが逆に恐ろしい。
けれど、リリアンの生活は落ち着いていた。
寮生活に入る前に教えたい分の勉強がひと段落し、少し余裕も出来ていた。
逆に、ジョナサンとディオはプレップスクールを卒業後、パブリックスクール入学の事前勉強に追われているようだ。
そんなある日、たまたまジョナサンと自由時間が一緒になって話していると、二人で調べ物をしようという事になった。
玄関に飾られている石のお面。あの時ディオの血がかかった事で変形したように見えたのは見間違えでは無く、ジョナサンも目撃していたとの事だった。
石仮面と呼ぶ事にしたあれを、二人で調べてみようと。
ジョナサンはかなり気になっていたようで、わくわくしながら部屋に運んできた。
不思議な雰囲気のあるそれを、陽に翳したり、火で炙ったり、叩いたり、風にあててみたり、濡らしたり。恐る恐る被ってみたりもしたが、何の反応も無い。
そして、やはりこれを動かすには、あの時のように血液をかけてみるしかないのではという話になった。
「僕がやってみる。怪我なんてしょっちゅうしてるし」
「ダメだよ。ちょうど裁縫用の針があるから、私がそれで…あっ」
「貸して、リリアンにそんな事はさせられないよ」
「でも…」
刺繍の練習をしていた時の針を出すと、ジョナサンに素早く奪われてしまった。
そんな大した傷にはならないから良いのに…と思ったが、ジョナサンはやる気満々だ。自分でやってみたいのだろう。
仮面を床に置いて、いよいよだ、と、二人で目を合わせ、こくりと頷き合った。
緊張しながら、ジョナサンはぷつりと指先に針を刺した。じんわりと溢れてきた血が、ぽたりとそれの上に落とされる。
──その血液に、先程までは何をしても無反応だった面がカタカタと動き出す。
「「!」」
石仮面の背面からバッと勢いよく尖ったものが飛び出した。
その反動で、仮面がぐわんと宙に浮き上がる。
そして、勿論重力に従って落下する。のだが、そこにはちょうど、床についていたリリアンとジョナサンの手があった。
「いっ」
「痛ッ!って、ああッリリアンッ」
仮面から飛び出ていた鋭い鉤爪のようなものが、二人の手の甲の肉を同時に抉った。
まるで獣に引っ掻かれたかのような痛みと傷に、思わず声が出る。
「う、あ、あああ、どうしよう、手が、リリアンの手、手が」
「これくらい大丈夫。びっくりした…こんなに長い針みたいなのが仮面の中から伸びてきていたなんて…」
「リリアンの手から血が…!ああ、ああ…ああああ」
「な、泣かないでよジョナサン。それに流血具合ならこの間の二人の方が酷かったと思うけど…とにかく止血しよう」
血管が傷ついたのか、思ったよりも出血した。そして、ジョナサンとリリアンから流れ出た二人分のそれを吸い、まるで喜ぶようにガタガタと震える仮面。
針のようなそれが飛び出したまま振動する様子にリリアンはゾッとした。
それを放置し、混乱して涙を流すジョナサンの手と自分の手を、ハンカチで圧迫止血する。
自分の傷よりもリリアンの傷を見て泣くジョナサンの顔は、ディオが泣くまで鬼のような形相で殴り続け、石仮面にディオの血をぶち撒けた張本人だとは思えない程に弱々しいものになっていた。
「もう、泣き虫だね」
「う…っごめんよ…」
室内にあった救急箱を取り出し、中にあった消毒液を傷口にかけてガーゼを当てていると、少し血が止まってきた。
するとようやくジョナサンは落ち着きを取り戻したのか、ぐずりながらも、包帯をリリアンに巻いてくれた。
お互いに手を怪我したので一人だと上手く巻き付ける事が出来ず、二人で協力しながら手当てをした。
いつの間にか、仮面から飛び出た骨のような針も引っ込んでいた。
それを、包帯の巻かれた手をさすりながらジョナサンは好奇心に満ちた目で見ている。怪我をさせられたのにも関わらず、どこかわくわくとした顔。
男の子のこういう感性は分からないが、どうやらこの危険な飛び出すおもちゃをジョナサンは相当気に入ったらしい。
リリアンは何てタチの悪いジョークグッズなのだろうとしか思えなかったが。
当然ながら、怪我をした事はメイドにバレた。床も血で汚れてしまったし仕方がない。二人して何で切ったのか理由を聞かれて、ナイフでリンゴを剥こうとして失敗した事にした。
仮面を勝手に玄関から持ち出した事も父にバレて注意されたが、正式に父から借りる事になったので大したお咎めは無かった。
そして何故か、二人揃って翌日から熱を出して寝込んだ。仮面に触れたバチでもあたったのだろうか。あれは呪いのアイテムだったのだろうか。
ずっと玄関に飾ってあった物だから不衛生だったのは間違い無いが、きちんと消毒したのに、変な菌でも付いていたのかもしれない。
「ごめんなさいお父様…」
「気にするんじゃあない。今はゆっくり休みなさい」
仕事を休んでしまう事に罪悪感を感じていたリリアンは、父にそう言われて大人しく療養した。
ディオも何度か見舞いにきてくれたが、紳士として振る舞ったままこちらを気遣う彼に悪寒が酷くなったので、メイドに頼んで面会謝絶にしてもらった。
「ジョジョは…?」
「ジョナサンお坊ちゃんは回復されましたよ。リリアン様も早く元気になってくださいね」
「うん…。あれ…今何時…?」
「朝の9時ですよ」
「9時…?3時じゃなくて…?」
「…ダメですね…お嬢様、もっとしっかり寝てください」
メイドが優しく氷枕を取り替えてくれる。けれど熱はなかなか下がらず、何やら置き時計の周りに変なものまで見え出した。
リリアンは1週間程原因不明の高熱とそれが原因の幻覚に苦しんだ。
「ああリリアン…!本当に元気になって良かった」
「ジョナサンも元気そうで良かった」
「やっぱりあれかな…あの仮面のせいだったのかな…ごめんよ…僕が軽率だった」
「もう…そんな事無いよ。仮面のせいかどうかも分からないし、とにかく、あれにはもうあまり触れない方が…」
「…リリアンを苦しめたかもしれない仮面だけど、やっぱり気になるよ。原因を解明する為にも、また調べる!」
「うーん…危ないと思うんだけど…怪我しないように気をつけてするなら…まあ…。
私の方でも、古美術とか考古学に詳しい人とか、そういう関係の本とかを探してみるよ。
というか、まずは父さんに説明してみる?」
「謎が分かるまで秘密にしたいんだけどなぁ…一応父さんにも言ってみるよ。その方が早く情報が集まりそうだしね」
「うん、あ、でも針が飛び出す仕掛けは言わない方が良いかも…今回は果物の皮剥きで誤魔化したけど、今あの針の話したら、間違い無く仮面のせいだって気付かれるし、嘘ついてたことがバレる…」
「あっそうだね…それは内緒にしておこう」
そんなことを話し合って、石仮面の仕組みの事は二人だけの秘密となった。
▼
寮生活が始まった。
リリアンとしては家業の手伝いがまたストップしてしまうのが不満だったが、知らない知識を学ぶ事はやはり楽しかった。
初めての集団生活という事もあり、対人関係の作り方や、人の顔色の伺い方、人脈作りという点でも学ぶ事はたくさんあった。
中流から上流階級の女子が集まる学校だったので、やはり皆頭が良く、知識も豊富で、会話も苦にならなかった。
歴史、地理、生理学、家政学、スポーツ教育、音楽、自然科学、代数幾何学、自然科学、選択すればドイツ語やラテン語なども学べる環境。
リリアンは今まで仕事に直接関わりのある分野の知識を得る事を優先していたので、仕事には一見繋がりが無さそうな教科は後回しにしていた。
けれど仕事に何が繋がるかは未知数だ。新しい知識を得られるのなら得られるだけ吸収しようと、勉学に励んだ。
学友も寮内での友達も出来て、生活は落ち着いていた。
ディオの事を気にせずに過ごせる日々がこんなに平穏だとは。
ただ、そうなるとやはり、ジョナサンの事が気がかりでならなかった。
手紙には、毎日楽しいという内容が書かれてあった。
もし苦しい事があってもジョナサンは何も言ってくれないので暫くリリアンは怪しんでいたが、ホリデーで一度帰省した際もジョナサンの表情は明るかった。
というか、ディオと随分仲が良さそうに見えて、リリアンはそちらの方が恐ろしかった。
ディオは本格的にジョナサンとリリアンに対する威圧を辞め、懐柔へと方針を変えたのだ。
「やあ、久しぶりだねリリアン、元気にしていたかい?僕の手紙は読んでくれたかな?返事がなくて寂しいよ。
ジョジョには送り返しているんだろう?同室だから分かるよ。
ジョジョのやつ、随分嬉しそうに手紙を読むものだから、ガールフレンドから届いたラブレターなんじゃないかって同室のやつに騒がれててさ」
「そう…ごめんなさい。
貴方の手紙に、なんて返事をして良いのか、色々と考えても分からなかったものですから…」
「だからこうして直接話す時間を作ってくれたんだね?ありがとう。君の返事を聞かせて欲しいな」
「まず…何なんでしょうか、あの手紙は…?私は最初、あれが貴方からの手紙だとは思えませんでした。
先程ジョナサンが騒がれたと聞きましたが、私もルームメイトにとても囃し立てられました。
その恋文はどんな殿方から頂いたのかと」
「そうなのかい?中身を見られたとか?」
「外側にハートマークが使用されていたり、愛しのリリアンへ、なんて書かれていれば誰でも誤解すると思うのですが…?」
「誤解だなんて酷いなあ。僕は君に真摯に愛を伝えているだけなのに」
芝居掛かった口調でそう言われて、リリアンの全身に鳥肌が立った。
絶対に嘘でしかないのに、何故信じて貰えると思っているのだろう?
もし信じて欲しいのなら、本性を晒して話せば良いのに。そうしないという事は疑えという事なのだろうか?これは何かの警告?暗喩?
「…とにかく、私達は正式な兄妹となったのです。姉弟間でもこんな文面は書きません。
紳士として振る舞うのなら、細かな事も紳士らしくされては如何かと」
「リリアン…」
「…何でしょう」
「どうして僕の目を見ないんだい?」
「…」
この会話中もずっと笑顔を保ち、目線があっているように見せる為ディオの口元当たりを見て喋っていたのに、気付かれた。
彼がまだ本音で喋っていた頃は、彼とのお喋りは楽しかった。大変口が悪く不機嫌そうな表情もよくしていたが、向上心や野心を剥き出しにしていたその瞳を見るのが好きだった。
けれどディオの得体が知れなくなって、リリアンはもうその目をまっすぐ見る事が出来なくなっていた。
「僕のことがそんなに嫌いかい?何が悪いんだろう…悪いところは直すよ」
「…やめてください…」
「…何をやめたら良い?」
「…手紙の見た目を、シンプルにしてください…。それだけです。
内容に関しての答えは…家族としてなら、その好意を受け取ります」
「家族としてなら…」
ディオはリリアンと距離を保ったまま、思案するように顎に手を当てた。
沈黙の時間に、冷や汗が出る。ディオはお喋りな男だ。常に開かれているような口が閉じられているのは逆に不気味だ。
リリアンはもう絶対にディオの前では油断しないと心に決めているので、目は見れずとも彼の一挙手一投足に注意を払っていた。
次に何を言うのか、どう行動するのか、全身で警戒していた。
これもバレているのかもしれないが。
「分かった。また僕は君に無礼を働いていたようだね。気をつけるよ。
次はもう少し考えて書く。そしたら今度こそ、手紙の返事を書いて欲しいな」
「いいえ、分かって頂けたなら良かったです。お手紙も返事を書きましょう」
「ああ。そうだ、そういえば今回の冬のホリデー中はリリアンもしっかり休めるのかい?
お父さんの仕事の手伝いも休みだって聞いたよ。なら、自由時間はあるんだろう?」
「…ええ、ありますが…。といっても、スクールからの課題はありますし、外国語の資料翻訳の業務は行う予定です」
「そうか…前に言っていたショッピングにでも、君と行きたかったんだが」
「ショッピング、ですか」
「ああ、カフェ巡りでもいい。クリスマスシーズンだから、町中賑わっているよ」
「…それは…そうですね…日程を調整して見ない事には、」
「嬉しいよ、考えてくれるんだね?じゃあ、また夕飯の時に答えを聞くよ」
「あ、ちょっと」
言うだけ言って、ディオは退出してしまった。
夕飯の時に答えを聞くと言っていたが、そうなると父やジョナサンにも知られることになる。
断るための理由として課題が終わらないと言おうともしたが、それだと自分がスクールの課題も終わらせられない程不出来な人間になったようで、言えなかった。
プライドを優先せずにスパッと断った方が良かったのではと後悔しても遅く、リリアンは淑女らしさを捨てて地団駄を踏んだ。
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