novel | ナノ




「…そこでポルナレフ、ワシはお前さんにこの件の手伝いを依頼したい」


ジョセフは真剣な眼差しでポルナレフを見つめた。
名指しされたポルナレフは待ってましたと目を輝かせ、承太郎と花京院は何故ポルナレフだけに頼むのかと顔をしかめた。


「勿論断ってくれて構わない…また命を賭けた戦いになるかもしれんからな…しかしワシだけで対処しきれない場合もある…」


だからどうかまた力を貸してほしい、そう言ってジョセフが頭を下げると、ポルナレフは勢い良く立ち上がった。


「水臭えぞジョースターさん!
世界中どこへでもすっとんで駆けつけるって言ったろ?お安い御用だぜ!」

「本当か…!感謝するぞポルナレフ…!」


ジョセフはポルナレフの言葉に安堵したようにほっと胸を撫で下ろした。
しかし、ガシりと握手し合う二人に花京院が身を乗り出した。


「待って下さいジョースターさん!なぜポルナレフだけなんです?」


スタンド使いが必要ならば自分も同行させるべき、否させて欲しいと花京院は訴えた。しかし、ジョセフは首を振った。


「花京院、君は実に頼りになる仲間じゃ…だが、また君をあの旅の時のように危険な目に合わせる訳にはいかない」

「確かに危険はあるでしょうが、そんな事は覚悟の上です!あの旅で起こった事にも、僕は後悔はしていません!」

「“君は”そうじゃろうな。しかし…」


ジョセフは申し訳無さそうに花京院を見つめた。


「君のご両親からしてみればどうじゃ?
未成年の息子が外国人に海外を連れ回され、挙げ句の果てに生死を彷徨う傷を負い、何ヶ月も日本へ帰れない事態になった」

「…それは…」


その言葉に、花京院は黙り込んだ。自分がどれ程心配をかけたのか、帰国して出迎えてくれた両親の有様を見て理解していた。
今回のアメリカへの旅行ですら、出立の日に涙を流された程である。


「勿論、身内が居ないから連れ回しても構わないという、身勝手な考えでお前を選んだ訳ではないぞポルナレフ」

「言われなくとも分かってるぜ、ジョースターさん」


ぱちんとウィンクをするポルナレフに頷き、ジョセフは再び花京院に語りかけた。


「ジョースター家の人間とまた危険な旅に出ると聞けば、君のご両親は黙ってはおらんじゃろう」

「…その事を、伏せておけば…」

「秘密にしていれば以前と同じじゃ。もし君の身に何か起こった時、ご両親の悲しみは倍増するじゃろう」


口を噤む花京院に、ジョセフは更に追い討ちをかける。


「それと、ワシは明日には出発しようと思っておる。急な事じゃが、SPW財団が命懸けで手に入れてくれた情報を無駄にする訳にはいかんからな。
…ポルナレフには何ヶ月か暇があると聞いたが、どうじゃ?」

「おう!オレはいつでも行けるぜ!」

「そう言ってくれて助かる。…だが花京院、君はそうはいかないじゃろう」


花京院は大学生になる。入学式も控えており、花京院の両親はそれを楽しみにしていた。
しかし一度敵のいる国へ赴けば帰りはいつ帰って来られるか、そもそも無事に帰って来られるかも分からない。


「……」


心配症になってしまった両親へ帰る日時を予め伝えていた花京院は、複雑な表情で椅子にどさりと腰掛けた。


「すまない花京院。決して君の事を侮っている訳では無い…しかし、未成年の君をこれ以上危険な目に合わせる訳にはいかんのじゃ…」

「…未成年だから、親に許可を得てないからだとか、随分小せー事言うじゃねぇかジジイ」


すると、黙って話を聞いていた承太郎が、ようやく口を開いた。
その眼光は鋭く、苛立っているのが一目で分かる程だった。


「その理屈で俺にも留守番しろってか?」

「ああ勿論、お前さんにもこの件を任せる気はない」


ジョセフがきっぱりとそう返すと、承太郎は舌打ちをした。
その場の雰囲気が、張り詰めていく。


「イースターが終わればお前も学校が始まるじゃろう」

「あの時は学校そっちのけで日本を出たぜ」

「今は状況が違う…あの時はホリィの命が危険に晒されていたんじゃから」

「残党を調査しているSPW財団員も命の危機に晒されている筈だが?
散々世話になってる組織の一員が危険な目にあってるってのに、お袋の時のように動く必要は無ぇと?」

「そうは言っておらん!」


言葉の応酬。煽るように言葉を連ねる承太郎に、ジョセフが怒鳴った。
しかし直ぐにハッとした表情になり、「すまん」と言って手で顔を覆った。


「…ワシは…お前達には学生らしい暮らしを送ってほしいんじゃ…。
あの旅で、そんな限られた貴重時間をワシは一度奪ってしまったんじゃから…」


絞り出すような声で、ジョセフはそう言った。
花京院がエジプトで療養中、承太郎と供に先に日本へ帰国していたジョセフは、何度か花京院の実家に訪れて謝罪と説明を繰り返していた。
その際、ジョセフは思い知らされていたのだ。花京院と同じ学生服を着た高校生が楽しげに過ごす姿を目にする度に。


「ジョースターさん…」

「…奪われたなんざ、俺も花京院も毛ほども思っちゃいねぇが」

「…お前達も歳を重ねれば分かる」


日本は平和だ。平和呆けしているとすら言われる程の国だ。
その日本の一般家庭に生まれ育った高校生、未来ある青年に自分達は何をさせ、どのような結末を迎えさせてしまったのかーー
それは花京院に対してだけでなく、承太郎に対しても抱いた罪悪感だった。

しかし、そんなジョセフの想いを、承太郎も花京院も理解はしても納得は出来ないようだった。
一方、リンダの父はジョセフの意見に賛同し、ポルナレフは複雑な表情で唸っていた。
ポルナレフの場合、若者としての立場、そして妹がいた事から保護者としての立場の両方を知っているため、どちらの肩も持ちにくいのだ。


「…じゃあ何故この話を俺に聞かせた?」

「勿論注意喚起のためじゃ。
特にお前さんはDIOを直接討ち破った当事者…残党の中には恨みを抱いている奴もおるかもしれん…油断大敵じゃぞ」


マライヤやミドラー等、心からDIOを慕っていた者は多々存在する。
今は財団の厳しい監視下に置かれているが、彼女達の他にもそういった輩が潜んでいる可能性はある。
ジョセフがその事を伝えると、承太郎はやれやれと言ってから溜息を吐いた。


「…DIOの残党共は俺も気になっていた。だがジジイ、てめーは俺にそいつらに怯えて暮らせと、そう言いたい訳か?」

「…そうは言っとらん」

「そういう事だろうがよ。
来るなら来い…そう思っていたんだが、早え話こっちから出向いて直々にぶちのめしてやりゃあ済むんじゃねえか?」

「…じゃから!今回ワシ達が彼奴らを見つけ出し、探ろうとしているのはあくまでもスタンドを得た経緯だと言っておるだろう!」

「まどろっしい…被害は出てんだ。見つけ出したら全員息の根止めてやる」

「…この…!分からず屋め!」


再び始まる言い争いに、我慢の限界が訪れたポルナレフがついに叫んだ。


「ダーッ!埒があかねぇ!もうこうしようぜ!今回はオレとジョースターさんが調査に行く!そんで良いだろ?!」

「あぁ?どこが良いってんだ?」

「だぁかぁら!今回は!って言ってんだろ!」


ポルナレフの言わんとする事を察したのか、花京院がハっとした表情になる。


「場所が分かってんのは“運命の車輪”と“太陽”だけだ!だったらこの二人の事はオレ達に任せろ!
そんで、残りの奴等を探しに行く時にお前も加われば良いじゃねぇか!……夏休みとかに!」

「夏休みじゃとぉ?!何を言い出すポルナレフッ遊びではないんじゃぞ!」

「こいつらにガクセーらしくって言ったのはジョースターさんだろ!」


それは、学生らしい暮らしを送って欲しいというジョセフの願いと、調査に協力したいという承太郎と花京院の意見のどちらも反映されたポルナレフらしい考えであった。
夏休みであれば、学業を疎かにする負い目もなく外国へと赴けるのは確かである。


「なるほどな。ジジィとポルナレフだけじゃあ心許ねぇから俺も行くつもりだったが…“運命の車輪”と“太陽”は任せた。
俺は“審判”、ケニーG…捜査が打ち切られた“黄の節制”、“恋人”、“死神”、“セト神”を担当しよう。勿論ガクセーらしく夏休みに、な」


挑発的な笑みを浮かべて承太郎がニヤリと笑うと、ジョセフは再度激怒した。









「来栖さん、実際、他のスタンド使い達の調査状況はどうなっているんです?」


怒鳴りあう承太郎とジョセフを尻目に花京院がリンダの父に尋ねると、彼は頷いて説明した。

残りの行方不明のスタンド使いは6人。
その内ある程度居場所の目星は付いているが、あと一歩で捜査が打ち切られた“黄の節制”、“恋人”、“死神”、“セト神”。
逆に、居場所は不明だが、捜査の包囲網が狭まってきている“審判”、ケニーG。


「“審判”はあと一月もあれば…しかし、ケニーGはそのスタンド能力のせいか、全く足取りは掴めていません」

「成る程…分かりました」


神妙に頷いた花京院が、承太郎と揉み合っていたジョセフに向かって「聞いてくださいジョースターさん!」と大きな声で呼びかける。


「僕は日本に帰ったら、両親としっかり話し合ってきます。もし彼等から許可を貰う事が出来たなら、調査に参加させて下さい」

「な…ッ」


きっぱりとそう告げる花京院は、先程旅の目的を両親に秘密にしようと述べた時とはまるで様子が違っていた。


「確かに今、あの時のようにジョースターさん達にそのまま着いていくというのは、両親に対してあまりに不誠実でした。
だから今度はきっちり彼等に説明して、納得して貰います」

「花京院…!」


彼は両親と向き合う覚悟を決めたのだ。
その決意に満ちた目を見て、反論しようとしたジョセフは言葉に詰まった。


「承太郎の言ったように、“運命の車輪”と“太陽”達は二人に任せます。そしてその間に、僕は僕の出来る事をする」


花京院は凛として言葉を連ねる。


「ジョースターさんが僕の身を案じてくれているのは分かっています。でも、じっとなんてしていられない。
皆が必死に命がけの調査をしている中で学生らしく過ごすなんて、出来る訳ない」

「……」

「それに僕も、敵に怯えて暮らすなんて真っ平ごめんです」


彼の意思はもう簡単には曲げられない。
それを察したジョセフは眉間に皺を寄せたまま深い溜息を吐いた。


「何を言っても無駄か…」

「ええ」

「……」


ジョセフは俯いて、暫し沈黙した。
ここまで花京院に言われてしまっては、最早自分も腹をくくるしかない。
自分とポルナレフだけでDIOの残党達と渡り合う事が無謀な事など、初めから分かりきった事。
味方のスタンド使いが加われば事態の収束は早まる事は明確だった。


「…それでもワシは、ポルナレフも含めて、お前達には平穏に暮らして欲しかったんじゃよ…。
DIOとの戦いに連れ出しておいて、何を今更と非難されたとしても…」

「…ジョースターさん…」


しかし、犠牲者が出たこの現状では、悠長なことは言ってはいられないのだ。
ジョセフは罪悪感を押し殺し、全ての責任を負う決心をした。

長い人生の中で失ったものは多い。
先の戦いではアヴドゥルとイギーを亡くした。スピードワゴンが遺した財団のスタッフ達も幾人も失った。
短命と言われるジョースター家の中で、生き残り続けているジョセフは、数々の別れを繰り返してきた。
命の尊さと重さを誰よりも理解している。しかし、だからこそ、困難に立ち向かい、命を賭ける者達の魂の輝きを知っている。
それを否定する事は、散って逝った彼等を侮辱する行為に他ならない。

その結論に至ったジョセフは、顔を上げて自分の孫と若き戦友に告げた。


「…お前達が自ら困難な道を選ぶというなら、その覚悟に応えない訳にはいくまい…。
大人として、その道をサポートするのがワシ達の役目でもある」

「ッじゃあ…」

「…ご両親の説得が成功すれば、じゃぞ。
出国を強行したり、行き先や目的を誤魔化すのは許さんからな」

「ありがとうございますジョースターさん!必ず説得してみせます」


喜びを露わにする花京院に、「良かったなぁ!」と言ってポルナレフが飛びつき、彼の頭をわしゃわしゃとかきまわした。
その様子を苦笑して見守るジョセフの肩に、ガシィと承太郎の掌が食い込んだ。


「…で?勿論俺もだろ?」

「…調査の参加期間は休みの間だけじゃぞ。これ以上は譲らんからな!」

「…そーかい」


承太郎は先程までの挑発する様子も無く、怒気も無く、凪いだエメラルドグリーンの瞳をジョセフに向けていた。
ようやく自分を頼ったか、このクソジジイーーとでもいうような、孫から祖父へと向ける眼差しに、ジョセフは一瞬驚いた。
そして、肩の力を抜いた。一人で全てを背負い混んでいた自分に、ジョセフはようやく気が付いたのだ。

承太郎は鋭い男だ。意固地になっていたジョセフに、もっと自分を頼り、信じろと言いたかったのかもしれない。
頼りになる孫と仲間達がいる事に、ジョセフは改めて感謝した。






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