novel | ナノ


「来週の春休みから?」

「ああ、花京院が観光しに来る」


新しい年になって早3ヶ月。季節はもうすぐ春を迎えようとしていた。
3月の末からは、イースターが終わるまでのスプリングブレイクという1週間程度の春休みが始まる。
その連休中に花京院が訪米する事を承太郎がリンダに告げると、彼女は目を輝かせた。


「花京院さん元気にしてる?」

「おう、お前のおかげで元気そうだぜ」


定期的にやり取りしていた手紙によると、花京院は高校を無事に卒業し、都内の大学に進学するようだった。
そして前回の手紙には、春休みの間にアメリカ観光を考えている事、ジョセフやリンダにも挨拶をしたいと思っている事などが書かれていた。
それならばと、承太郎は花京院の宿の確保と観光案内役を買って出よう思ったのだが、彼が訪米を計画していた時期が丁度イースター休暇期間だった。

イースターはキリストの復活を祝う行事で、クリスマスと同じく親族等で集まって食事を共にするイベントである。
しかし昨年の3月末から4月にかけては皆忙しく、それどころではなかった。
クリスマスの時も空条夫妻と来栖夫妻の都合が合わず、ジョースター邸に訪れる事が出来たのは承太郎とリンダだけだった。
元々、毎年必ず全員集合という決まりは無かったのだが、出来れば親族揃って顔を揃えられる機会が欲しいと皆思っていた。
あの過酷な50日間があったからだろうか、いつ何時何があるか分からないからこそ、お互いの無事を確かめたいという思いが強まったのかもしれない。
特にジョセフはそう考えていたようで、「次こそは皆で集まろう」と声をかけた。そのため、1年前から皆イースターの予定は空けていた。
その日ならば多忙な貞夫、エジプトに出張中の来栖夫妻も集まれる。
(貞夫に関しては苦虫を噛み潰したような顔をしていたジョセフだが、ホリィのためにも彼が参加することに反対はしなかった)
そこで承太郎は、そのパーティーに花京院も招待してはどうかと祖父に提案した。
するとジョセフはそれは良いと賛成し、ついでにフランスにいるポルナレフも呼ぼうと嬉々として準備を進めたのだ。


「ポルナレフさんって、旅に同行してくれたフランス人の?」

「ああ…、…お前はあんまり側に寄らねー方が良い…いや、寄るな」

「えっ」


承太郎がそう言うと、そのドスの効いた声にぎょっとしたリンダが手に持っていた新聞を落とした。









連休が後半に差し掛かり、世間もイースター休暇に突入した。
この休暇は、日曜日に行われる復活祭の前々日であるグッドフライデーから、復活祭翌日のイースターマンデーまで続く。
承太郎とリンダは金曜日にジョースター邸に帰省し、ジョセフとスージーに喜んで迎え入れられた。


「ふふ、クリスマスぶりね二人とも」

「お邪魔します」

「部屋は前と同じ所じゃからな。先に荷物を運んできなさい」

「はーい」


三日間泊まる予定だったため荷物は多い。執事とメイドに手伝って貰いつつ、自分達もスーツケースをころころと転がして歩く。
するとその時、承太郎はリンダと目が合った。が、しかし、彼女は自然な様子を装って視線を外した。
その様子に承太郎は少しむっとして、前を歩く執事達に気付かれぬよう彼女の耳元に唇を寄せた。


「ーー後で俺の部屋に来いよ」


低くそう囁くと、リンダの肩が跳ね上がった。驚いて声が出そうになったのか、口元を手で押さえている。
困ったように眉を寄せてから、前方を確認してこくりと頷いた。


「リンダさん?こちらですよ」

「あ、はい」


与えられた部屋は少し離れている。別れ際、慌ててメイドの後を追うリンダを見ると、その頬はほんのり色付いていた。
承太郎はそんな彼女の様子を見て、以前とは変わった自分達の関係性を改めて実感した。当時の自分に自慢してやりたいなどと柄にもない事を考えてしまう。


「何か良い事があったのですか?」


案内役の執事にそう尋ねられ、承太郎ははっとした。
気付かない間に顔がにやけていたらしい。
ポーカーフェイスを得意としていた筈なのだが、この数カ月間リンダの前で緩みっぱなしだった表情筋が上手く機能していないようである。
随分と腑抜けてしまった己自身に内心苦笑し、承太郎は執事に「なんでもねぇ」と返した。

実はまだ、家族を含め親族に自分達が交際している事を伝えていないのである。
リンダと相談した結果、それを互いの両親に対して告げるのは自分達の口からが良いという結論に至ったからだ。
もし祖父に告げれば、うっかりそこから情報が伝わってしまうかもしれないため、復活祭で皆が一堂に会する日まで先延ばしにしようと決めていたのだ。


「もう…聞こえたかもしれないよ」


荷物を運び終えると、こっそりと部屋にやってきたリンダが先程の耳打ちは危なかったと、むすっとした顔で訴えてきた。
悪い悪いと言いながらその頬をつつくと、リンダも手を伸ばして承太郎の頬を摘んで軽く引っ張ってきた。


「…いへぇ(痛ぇ)」

「あははっ」


そんな児戯のような応酬を声のボリュームを抑えながら少し続けた後、リビングへと向かうと、時刻は丁度昼の2時だった。
食事を済ませてきた事を伝えると、スージーQは「それならお茶でもどう?」と言って紅茶を淹れる準備を始めた。
昔曽祖母のメイドをしていたという祖母は、時々こうしてメイド達の手を借りずに珈琲や紅茶、手作りの菓子や料理を振る舞ってくれる。
それをリンダとローゼスが手伝い始め、ジョセフは「ワシはコーヒーが良い」などと注文を付けていた。


「やっぱり伯母さんの淹れる紅茶は美味しいなぁ」

「ふふ、そうかしら?」


母の味と同じそれは、承太郎の舌にもよく馴染んだ。
全員がほっこりとして落ち着くと、世間話に花が咲く。
大学は楽しいか、自炊は出来ているかなど様々な問い掛けに承太郎は適当に相槌を打ち、リンダはサークルでの出来事を楽しげに報告していた。
祖父が時々ちらちらと意味深に見てくるのを無視し続けていたその時、屋敷内にチャイムが鳴り響いた。
ローゼスがその場を離れ、インターコムで対応している。その様子を遠目に見ていると、相手方の声が聞こえてきた。
それはよく聞き知った声だった。


「リンダさんお久しぶりです!お会いしたかった」

「お久しぶりです花京院さん。元気そうで良かった」


お邪魔しますと行儀良く入ってきた彼は、ジョセフとスージーQに数日間世話になる事を改めて感謝していた。
そしてリンダを見つけると、ぱっと表情を輝かせて彼女の手を握った。


「貴女が居なかったらきっと僕はまだ歩く事も出来なかったと思います…本当に感謝しても仕切れない」

「そんな、お礼を言うのは私達の方です。伯父さん達を手助けして頂いたんですから」


お互いに謙遜し合いつつ再開を喜ぶ二人をジョセフが微笑ましく見つめている。
承太郎は内心「いつまで手ェ握ってんだ」と思いつつも、花京院の楽し気な様子に口出しはしなかった。
ただ視線だけは送っていたので、それに気が付いた彼がフッと笑ってリンダの手を離した。


「今日は街を散策するんじゃったか?」

「ええ、ニューヨークにはまだ来たことが無かったので、ウォール街やメトロポリタン美術館に行こうと思っていました」


他にも自由の女神やタイムズスクエア等、定番の場所も見て回りたいと言う花京院を承太郎は案内する予定だった。
その後花京院はゲストルームまで案内された。しかし彼が再びリビングに戻ってくると、その様子がどこか可笑しい。


「ジョ、ジョースターさん、あんな広い部屋を僕一人で使って良いんですか?」


此処は旅の間も人数分の旅費や医療費を負担し、車、果ては潜水艦まで購入した不動産王の男の自宅である。
承太郎もリンダも幼少期から何度も訪れて慣れているが、日本の一般家庭で育った花京院は与えられた自室の豪華さに圧倒されたようだった。
動揺する彼にジョセフは好きに使ってくれと快活に笑い飛ばし、待ちくたびれていた承太郎はそんな事かと鼻を鳴らし「さっさと行くぞ」と言って玄関に足を向けた。


「外観からして豪邸だとは思ってたけど、やっぱり流石不動産王だ…」

「そうか?」

「私も最近は慣れちゃってて感覚麻痺してたけど、確かに私の家の五倍は広いかな…」

「……そうだったか?」

「まあ承くんの実家は広いからねー…っと、それじゃあ二人とも行ってらっしゃい。私も後から出掛ける予定だけど、気を付けて遊んできてね」


玄関先まで承太郎と花京院を見送りに来ていたリンダが立ち止まり、そう言って距離を縮めてきた。
身体が密着し、背伸びした彼女の顔が近付いてきたので承太郎は身を少し屈めた。
そのまま頬に唇が寄り、リップ音が一つ鳴る。日常的に行われている一連の流れのため、承太郎は普段通り彼女を抱きしめ返し頬にキスを送るーー

ーーがしかし、その光景を何とも言えない表情で凝視してきていた花京院と目が合い、承太郎の時は一瞬止まった。


「じゃあ花京院さんも、気をつけてくださいね」

「あ、はい」


アメリカでも、挨拶だからといって誰彼構わず頬にキスをする訳ではない。異性間同士ではハグをするのが主である。
そのためリンダは花京院とは軽くハグをしてからバイバイと笑顔で手を振った。









「君でもあんな顔するんだね」

「やかましい…」


フフフと肩を震わせて笑う花京院を小突き、承太郎は赤くなった頬を隠すように帽子の鍔を下げた。





×
- ナノ -