novel | ナノ




大学に入ってから、約4ヶ月の時が過ぎた。
慣れない生活に四苦八苦している内に気が付けばクリスマスが訪れ、新年を迎え、冬休みもあっという間に過ぎ去った。
再び学校が始まってからは、休み明けに大学から出された課題に勤しむ日々が続いていた。
そんなある日、自宅にてレポートの作成に励み、一通り作業を終えたリンダが時計を見ると、丁度夜中の1時を針が指していた。


「(まだ帰ってきてないのかな…?)」


ちらりと隣との部屋を区切る壁を見て、首を傾げる。
今日は夕方からの授業がなかったため、承太郎と夕食を共にする予定をしていたが、早めに帰宅したリンダが料理を準備していた際にかかってきた電話により、それは中止になった。
最近入ったサークルで新年会があるらしく「悪ぃが飯はいらねぇ」との事だった。

帰る時間が遅くなるのは心配だが、承太郎には最強のスタンドが付いているため、もし何かあっても大丈夫だろう。
また、最近の彼は比較的楽しげに日々を送っている為、その妨げになる事を口に出すような事は出来ないと、リンダは思っていた。
趣味の合うサークル仲間の事、大学で受けた講義内容等、日常の何でもないような出来事も話題に上がり、彼の口数は以前に比べると増えている。
もともと進学する気がなかった彼が、あの受験どころではない大事件と大冒険の後、タイミングと縁が合って、今に至っているのだ。
日常からかけ離れた過酷な旅だったと聞いている。だから今はただ、ティーンエイジャーらしく学生生活を楽しめば良いと思っていた。


「…ん?」


そろそろシャワーでも浴びようかと、ぐっと背伸びしていたその時、ガタンと外で大きな物音が聞こえ、リンダは玄関の方を見つめた。


「…」


恐る恐る扉へと向かい、除き穴から外を確認する。
何も見当たらない、一瞬そう思ったが、視界の端に黒いものが写り、あ、と口を開く。


「承くん!…大丈夫…?」

「ん…」


扉を開けて外に出れば、壁にもたれ掛かったままぐったりとする承太郎がそこにいた。
慌てて駆け寄ると、アルコールの匂いが漂う。


「酔っちゃったのか…」


予め聞いていた飲み会が行われるという店の名前は地元で有名なバーだった。
飲まされたのか自ら飲みすぎたのか定かではないが、完全な酔っぱらいが出来上がっていた。


「リンダ…?」

「もう、こんな所で寝てたら風邪ひくよ」

「ー…」

「鍵はどこ?ほら、立って」


ぼんやりとした顔でこちらを見上げてくるその頬をぺちぺちと叩き、彼の腕を引っ張る。
波紋を使えばこの大男を持ち上げる事も出来るだろうが、課題を終えて疲れていたリンダにその気力は残っていなかった。


「大学に…ある…」

「忘れてきたの?ってあの、承くん」


立ち上がって、ゆらゆらと揺れながらリンダの部屋へと入る承太郎。少し迷ったが、外に放り出すのは流石に良心が痛むため、後を追って中に入る。
施錠を忘れずに行い、今にも倒れそうな彼をソファーに座らせてキッチンに向かった。
ミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出してガラスコップに注ぎ、ぐったりとする彼の元に向かい、それを差し出す。


「はい、お水飲む?」

「…」


受け取った承太郎が、唇にグラスを当て、くいと傾ける。ごくごくと中身を飲み込む度に動く喉仏。そこへたらりと水が垂れてくる。
口元から零れたそれを慌ててティッシュで拭くと、彼は気持ち良さそうに瞼を閉じた。今にも眠ってしまいそうだ。
そうとう飲んだのだなと思い、指からすり抜けて落ちそうなグラスをリンダは取り上げる。


「服にシワがつくし、寝るなら先に脱いだ方が良いよ?」

「……、…いやだ」

「嫌って…、…っ!?」


カツリとテーブルの上にグラスを置き、テレビのチャンネルを消そうとリモコンに手を伸ばした腕を、彼が掴んだ。
勢いよく引っ張られ、床に倒される。


「痛、ちょっ」


呻くリンダの上に、承太郎が覆い被さる。
195p、82sもある大男が、全体重をかけてのしかかってくる為、当然、身体は押し潰された。


「……おもい…ッ」

「…」


酒と、煙草の匂いがキツい。くらくらしながら、リンダは身体を捩って必死で下から這い出ようとした。


「りんちゃん…」


しかし、突如呼ばれた懐かしいニックネームに固まってしまった。
そろりと上を見上げると、何時もの承太郎からは想像も付かない程柔らかな表情が目に飛び込んでくる。
普段は硬く結ばれている唇がゆるりと柔らかく弧を描き、眉間のシワが消えて目尻が下がっている。


「(可愛い…)」


至近距離で向けられるトロンとした甘い瞳。普段とのギャップにより、リンダはそんな印象を抱いた。


「っ痛たた…ちょっと…」


ぐりぐりと頬擦りをしてくる承太郎の帽子の鍔が顔に突き刺さり、呻く。何とか腕を巨体の下から引っ張り出し帽子を脱がせると、彼は嬉しそうに目を細めた。
その姿に、酒はこうまで人を変えるのかとしみじみ思いつつもリンダの胸はとくりと鳴った。


「…りん…おれは…」


そして、何処か妖艶な雰囲気を漂わせ始めた彼に耐え切れなくなって、視線を反らす。
するとそれが気に食わなかったのか、承太郎は不機嫌そうに顔を歪めて、リンダの胸元に顔を埋めた。


「ちょっ!?」


あんまりな状態に顔を赤らめながらバシバシと彼の背を叩く。


「あの…承くん離れて…」

「……」

「……、…寝ちゃったの?」

「…ねてない…」


その状態のまま彼がもごもごと喋るものだから、くすぐったい。何とか退いて貰おうと身体を押すと不満気に唸ってくるので、リンダは溜め息を吐いた。
するとそのうち、彼はぴくりとも動かなくなった。
再度退くように告げても反応が無い。


「やれやれだね…」


寝息を立て始めた彼の癖っ毛な髪をくしゃりと撫でていると、次第に眠気が襲ってくる。
いけないとは思いつつ、遂にリンダも睡魔に負けて目を閉じてしまう。

その内、室内には二人分の穏やかな寝息がすやすやと響く事になった。








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