ときねさんから | ナノ


赤いポゼションサイン(エドウィン)




「ウィンリィお嬢様」





廊下をご機嫌に歩いていたあたしを引き止めたのは、最近入ってきたらしい新人の召使さんだった。
18年間生きてきて未だにしっくりこないお嬢様という呼び方にいつものようにムズムズを感じながら振り返る。あたしはたぶんお嬢様って感じの人間じゃないもん。





「…なあに?」





でも、召使の彼女たちから仕事をとるわけにはいかないから飲み込む「ウィンリィでいいよ」という言葉。前それを召使に言ったら怒られたから。
その新入りさんはおどおどしながらもあたしに近づいてきて、用件を伝えた。





「さきほど、エルリックさんが貴女様を探されていたので、ご報告を…」





エルリック。その名前を聞いてあたしは表情をこわばらせる。ついでに心臓が加速し始める。
走馬灯のように思い出される金色の長い髪、琥珀の吸い込まれそうな目、声、掌…
そこまで考えてぼんっと沸騰したあたしを、新入りさんがぽかんと見つめる。危ない危ない、このままじゃいろいろと気づかれてしまう。





「あ、ありがと!どこにいるの?」
「…あ、えっと、お嬢様の部屋の前で待っていると…」
「わかったっ」






声が上ずらないように、出来るだけ平常心で…!そう心がけながら彼女に背中を向けて走り出す。

もちろんあたしは知らない。新入りさんが静かにそっと「やっぱり、うわさは本当だったんだ」なんて呟いた、ことを。



















ダッシュ。そのときのあたしに一番似合う言葉だろう。
その言葉のとおりダッシュで向かった自室。ダッシュしなきゃいけない人。ダッシュしてまで会いたい人。

その人は確かに…そこにいた。







「…ウィ…お嬢様」






あたしを見つけたその人は一瞬どこかほっとしたように笑ってから名前を呼ぶ。
あたしはというと、相手が毎日会ってる召使だというにも関わらず思いっきり挙動不審になってしまって、わたわた。
エドワード・エルリック。あたしのことを一番知ってる召使の一人で、何よりも…。





「エ、エド」






震えた声で名前を呼べば、エドはおかしそうに笑う。声が震えたのがすぐばれちゃったみたい。






「ずいぶん慌ててきたんだな?」
「だ、だって呼んでるって聞いたから…」
「あいつと会ったのか?あの新入りの」
「?うん」
「お前にやりたいもん、あってさ」
「あたしに?」





ああ、と少しだけ微笑んでみせるエド。それにどきんとするあたしを見ておわかりでしょうが…そう、あたしたちは。
そこまで考えて、思い出したようにあたしはエドの手を引いて目の前の自分の部屋に連れ込む。仮にもあたしたちは主従関係であって、よくわからないけどばれちゃいけないものなわけで。





「うおっ、」
「ほら、早く中入って!」
「うわーお嬢様すっげー大胆」
「うるさい変態!」






けたけたと楽しそうに笑うエドを無視しつつ(できていない)扉を閉める。そして二人きりという事実を脳が悟るよりも早く、あたしは用件をたずねる。
男の人を簡単に部屋に入れちゃいけませんっていうのはわかってるの。なんたってそれを教えてくれたのは目の前の男なんだから。
入れていいのは、その人に何されてもいいって許せる人。ねえ、エドはそう言ってあたしに意地悪く笑った。





「変態ってお前な…」
「…わ、わたしたいものってなに?」
「え?ああ……これ、なーんだ」
「…?」






エドがするりと、後ろポケットから白いハンカチにくるまれたものを取り出す。白いハンカチってところが、なんだかんだでエドが執事として生きてきた証だなあと思う。だって、エドってそういう人柄じゃないでしょう?
ついつい子供のようにそれに包まれたものを見入ってしまう。何が入ってるんだろう?
エドはそんなあたしの反応に満足したのか、紳士的にあたしをベッドの上に座らせるようエスコートする。こういうところは真面目にやるからあたしはいろいろと困ってしまう。




「…正解は」
「…あ!…マニキュア…?」
「そう」




エドが腰掛けるあたしの前にかがんで、マニキュアをふるふると振ってみせる。
それはエドが以前好きだと言っていた赤色で。あたしみたいなお子様にはもったいなさすぎるほど、色気むんむんのディープレッド。
興味津々に見つめるあたしを確認した後、エドはきゅっとキャップを開けた。





「今日買出しでさ」
「買出し?」
「そ。ウィンリィが勉強してる間に」
「へえ…」
「そこで見つけたから買ってきた」
「…あたしに?」
「そう言ってんだろ。それに俺が塗ると思うか?」
「そ、それは…」






ばかだな、って笑われる。あたしが聞き返してしまった理由わかってるのかなあ。うれしくてたまらないからなんだよ、エド。今までの人生であたしはまだ、目の前の人にしか恋をしたことがないから、何もかもにどきどきする。何もかも興味がわくし、怖いくらいに堕ちていく感覚だってする。





「靴、脱いで。脚貸して」
「え?」
「塗ってやるから」
「い、いいよそんなの!恥ずかしい…」
「何を今更。俺とお前の仲だろ?それとも…」
「…?」






エドの笑顔は、凶器にだってなる。





「お嬢様と私の関係、と言った方がいいですか…?」
「…!」
「ははは、お嬢様の顔がコレみたいだ」
「か、からかわないでバカ!!」





普段みんなの前でしか敬語でしゃべらないから、二人きりのときの敬語は反則だ。卑怯だ。
エドの言うとおりマニキュア色になってしまったほっぺたを押さえていたら、彼が失礼、と一言言ったあとあたしの履いていたパンプスを脱がせる。
びっくりする間もなく、白い手袋をした彼の手があたしの足をそっと持って。





「いい子だから、じっとしててくださいよ」
「わ…わかったから敬語やめてってば」
「ええ?お嬢様の反応が面白くて」
「…〜っ」
「はははっ、冗談。可愛くて」
「エド!」





そんなこんなでからかわれているうちに、ひんやりとしたものが感覚の薄い爪から感じた。覗き見れば、エドが丁寧に小指にそれを塗っている。
真っ赤な色。そして静かになる部屋、二人きりの空間。
前髪から除く長いまつげさえもその空気を高めて、あたしは一人ばかみたいに緊張して。





「…」
「…」
「…ねえ、エド?」
「…ん…?」
「……楽しい?」
「…何を聞くのかと思ったら」
「だ、だって…ひ…ひまだし」
「まあ…もうちょっと待ってろよ……よし、終わり」
「…、わあ」





きっとあたしよりも手先は器用であろうエド。
満足げに立ち上がった彼を見上げてから見たあたしの足の爪は、透き通るような綺麗な赤に染まっていて。






「綺麗…」
「な?たまには俺のセンスも信用してみてもいいだろ?」
「んー…時々なら」
「生意気なお嬢様だな」





失礼よって言い返そうとして顔を上げたときだった。
あたしのおでこに、ぐいと押し付けられたマニキュア。
眉をひそめながら受け取ると…エドが少しだけ目を細めて、小さな声でつぶやく。





「…赤は、俺の色」
「…、」
「それをお前にやるって…どういうことかわかる?」





とっさに頭によぎったのは、恋する乙女が妄想しがちなこと。まさか、エドに限ってそんな。
でもエドは意地悪く笑う。まるで「正解」だと、あたしに伝えるように。




「じゃあ、残ってる仕事片付けてくるな」
「ちょ、ちょっとまってエド!」
「申し訳ありませんお嬢様、仕事と貴女を天秤にはかけられませんので」
「…っばか、」





あたしがマニキュアが乾いていないせいで動けないのを知ってて、エドが楽しそうに部屋の扉を開ける。
そして顔を真っ赤にして自分をにらむあたしを振り返って、やっぱり笑いながら言うんだ。





「すぐに戻るからそのときに答え教えてやるよ、ウィンリィ」






バタン、と閉められた扉。あわあわとただ口をぱくぱくさせる、こんなにみっともないお嬢様は世界に一人だけだわ。

ねえ、いったい答えはどっち?

この赤は「自分があたしのもの」だという証?それとも。




11.08.27.
Io Bacio Oxalisの音綾ときね様より、素敵なエドウィンをいただきました!
これの対というかコラボというか
攻めエドがたまりません
ページ教えていただいたときの私の興奮がやばかったです
ときねさん、素敵な執事令嬢をありがとうございました!




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