uneventful day(執事令嬢パロ) 「失礼します……って、何してるんですか」 ノックのあとに入ってきたのは、執事兼恋人のエドワード。声だけで彼だと判断したウィンリィは、姿勢を正すこともせずに「どうぞ」と返事をした。ドアを開けた先にいた彼女の姿がお嬢様と呼ぶにはほど遠い気がして、エドワードはため息をついた。 (自覚が足りねぇんだよな、こいつは) お嬢様が世間から認められるような人であることは、執事にとって喜ばしい。仕えるに相応しい主人であってほしいと願うのは普通のことだ。ウィンリィは、人間としてはとても素晴らしい。民衆からも慕われているのがわかる。しかし時々、「お嬢様」らしくない行動をとる。「エドの前だけよ」なんて言ってはいるものの、正直それが本当かどうかは怪しかった。まだ十代という幼さもあってか、彼女は世間を知らなすぎる。 とはいえ、エドワードにとっての問題はそちらではない。彼女は、女としての自覚が足りない。執事としてというよりも、恋人としてため息をつく回数の方が多かった。世間を知らないというのも、言ってしまえば女としての自覚が足りない故の無邪気な行動が問題なのだ。 今もそう。ネグリジェのままベッドの上で片足を上げ、捲れたスカートからは生足が曝け出されている。 (これがホントに俺の前だけでならいいんだけど) 身内だからと油断して、他の男……たとえばアルの前でもやってそうだからこわいんだよ、こいつは。そんなエドワードの心配も知らず、ウィンリィはこちらに笑顔を向けるのだった。 「ちょうどいいとこに来てくれたわ」 「何かありましたか?」 「うん、あのね……」 彼女の元へと歩み寄ると、その手には小瓶が一つ。ラメが入った、淡いピンクの液体。 「これ、塗ってくれる?」 ベッドに腰掛けるウィンリィの向かいに椅子を置き、まずは彼女の右手をとる。きちんと手入れされている滑らかな指先に触れたあと、エドワードはベースコートの蓋を開けた。せっかくだから、うんと丁寧に塗ってやろう。そう考えてメイドから借りてきたものだ。一本一本、丁寧にハケを運ぶ。細かい作業は苦手ではなかった。 「……あんまり見られるとやりにくいんだけど……」 「えー。だって見てるの楽しいんだもん。いつもの集中力発揮してがんばってよ」 へいへい、と適当に返事をしたのは、ウィンリィの声が半分おもしろがっていたからだ。 反対の手の中盤まで来た頃、部屋は静寂に包まれていた。エドワードは集中していたので気にならない……というより、彼が集中しているから沈黙になったのだが、ウィンリィにはそれがなんだかむず痒かった。二人きり、という状況を度々意識してしまうくらいには、まだ恋人という関係に慣れていないのだ。 そのむずむずとした恥ずかしさは、手の指を終え、足に取りかかろうとしたときにピークに達した。さすがに椅子に座ったままというわけにはいかず、絨毯に膝をついて足に触れられた瞬間、頬が熱くなったのを自分自身が感じた。やさしい手つきが逆にウィンリィの感覚を刺激する。伏せられたはずの睫毛は、見慣れているはずなのにどこか艶めかしい。 「……あれ?その色……」 「さっきトップコートとベースコートを借りたときに、一緒に借りてきた物です。足に塗るには色が薄すぎる、と」 濃いピンクというよりは少し赤みがかったその色は、一見派手な色であったが、違和感はなかった。たしかにエドのセンスじゃこんなに素敵な色は選べないわね、と、心の中で笑った。 よし、とエドワードの声がかかり、足からゆっくりとその手が離される。名残惜しいようなほっとしたような複雑な気持ちで、ウィンリィは息をついた。エドワードの不思議そうな目には、なんでもないと首を振った。 手の指と足の指を交互に眺める。色は違うけれど、どちらも白い肌に映えていた。何度も見ては満足そうに微笑むウィンリィに、エドワードもほっとして立ち上がった。 「じゃあ、これ返してきます。……と、その前に」 「?」 何かを胸元から取り出した彼は、再びしゃがみ込む。ウィンリィはそれを不思議そうに見つめていたが、すぐに足首にひやりとしたものが触れた。 「プレゼント。これやるつもりでここに来たんだけど、ちょうどよかったな」 華奢なデザインのアンクレットが、色付いたウィンリィの足下をさらに華やかにした。予期せぬプレゼントに、ウィンリィは跪いたままの彼をまじまじと見つめる。 「……いいの?」 「いいも何も。あげたかっただけですから」 「でも、誕生日でも何でもないよ?」 「何でもない日に贈り物をしてもいいでしょう?」 「っ……!」 その言葉の裏に、ただの執事と主という関係ではないのだから、という意味が込められている気がして、嬉しさと恥ずかしさが入り交じった。 お気に入りのミュールに似合いそうだ。そう思ったウィンリィはそそくさとそれを取り出す。いつものようにエドワードが履かせようとするのを無視して、自分でそれに足をかけた。そしてエドワードの手を取り、彼を立たせて正面で見つめ合う。高いヒールのおかげでいつもより少しだけ縮まった距離が、ウィンリィには嬉しかった。いつもより、キスしやすい。仕掛けられる距離。 「ありがとね、エド」 何でもない日に贈り物をするのが許されるというならば、私からも。お返しのそれは、物でなくてもいいでしょう? 11.08.21. よく考えたら表で書いたの初めてですね…あとで設定ページも作りたいです ウィンリィが「塗って」って言うのとエドが「塗ってやるよ」って言うのじゃ全然違いますよね、という話をしたときに、Io Bacio Oxalisの音綾ときね様に、「片方ずつ書きませんか?」と声をかけていただきました そしていただいた作品がこちら ときねさん、ありがとうございました! →back |