タイミング | ナノ


タイミング 1




 恋にタイミングは重要だという。たとえば、もう少し出会うのが早ければ。もう少し告白の時期がずれていれば。もう少し、あと少しだけ。
 よくあるそんな後悔と、自分は無関係だと思っていた。たとえばほんの一年ずれていたら、オレはモモカンと出会わなかったのかもしれない。恋をしていなかったのかもしれない。告白だって、卒業式というタイミングは間違っていなかったと思う。
(じゃあ、何がいけなかった……?)
 あのときの彼女の一言一言を思い出しては、唇を噛んでしまう。なんで言い返すことができなかったのだろう。そんなに、オレの気持ちは曖昧だったのだろうか。……恋じゃ、なかったのだろうか。
 あの日からずっと、女々しいくらいに考えてしまう自分がいる。そして、忘れられないのだ。彼女の言葉も、存在も。
(これで、いいのか……?)
 家に帰ると、必ず浮かんでしまう疑問。思い出してはため息をつき、悔しさに溢れる日々。本人の前でそういう表情はしないようにしているけれど、ふと大学の野球部を見ると思い出してしまったり。だからもちろん、西浦だって思い出すきっかけになるわけで。
 自分の野球生活に後悔はない。結果がすべてじゃないとはよく言ったもので、納得しているかと言われたらまた別になるのだが、最後まで自分の力を出せた自信はある。あれがオレの全力であり、チームの全力の結果なのだ。もっと力があれば、という想いは、後悔とは少しだけ違う不思議な感情だった。一年の夏のあとの、「全部の時間を野球に使え」というモモカンの言葉を信じたからこそなのだろう。だから、甲子園や野球そのものを見ることはつらくない。今年だってもちろんテレビを見ていたし、そうじゃなきゃ今頃西浦で練習を見るなんてことできなかっただろう。ただ一つ、モモカンを見ているときだけは、やっぱりまだ苦しいけれど。
 篠岡から電話がかかってきたのは、九月のある晩だ。自分の部屋でぼーっと横になっていたオレは、軽く起き上がって電話をとった。まだまだ暑い日がつづいていて、どうにもレポートに向かう気が起きないでいたのだ。
『もしもし、篠岡ですけど』
「おう、久しぶりだな」
『久しぶり。元気?』
 高校のときの話や、お互いの大学の話など、とにかくたわいない話をしていた。やっぱり、野球部の奴らとは話しやすい。三年間、あれだけの時間を一緒に過ごしていただけのことはあるなぁなんて思ったりして。特に篠岡とは、いろんな話をしてきたから。
「……で?」
『え?』
「わざわざ電話なんかしてきてさ、何か話あるんじゃねーの?」
『……あー、えーっと……うん……』
 なんとなく、予想はついていた。きっと、電話の向こうで真っ赤になってんだろうなぁ。
 じつはね……、と切り出した篠岡の話は、予想通りのもので。ただ、相手の名前に聞き覚えがあることには驚いた。聞き覚えがあるどころか、どう考えてもそれは元チームメイトの名前で。
「え、いつから付き合ってんの?」
『一ヶ月……二ヶ月くらい前、かな?今更言うのもなぁって思ったんだけど……』
「いや、全然知らなかったし、聞いてよかった」
『……花井くんは……?』
「え?いや、オレは……」
『……そろそろ半年、だよね?』
「あー……そっか、もうそんなに経つのか……」
 卒業して半年。つまり、フラれてから半年くらい経つわけで。度々会ってるから実感はなかったけれど、時は確実に過ぎていた。
『……無責任な言い方かもしれないけど、花井くんは、もう一回気持ちを伝えてみてもいいと思うの』
「……なんで」
 篠岡とは、高校の頃からお互いにそういう話をしていた。先に篠岡が、オレの気持ちに気付いて。篠岡からも、そういう話をしてくれるようになって。だからモモカンに告白したことも、フラれたことも、篠岡には報告していた。もちろん、今西浦で教えてることも。
『だって……気持ち、ちゃんと伝えてないでしょ?』
「……言ったよ」
『そうじゃなくて、花井くんが今どう思ってるかってことだよ』
 半年経って、少しは冷静に当時のことを振り返ることができるようになって。ああ言えばよかった、こう言えばよかった、という後悔がなかったわけではない。むしろ、伝えたい気持ちが増えていって……
「あ……」
 伝えてないって、そういうことか……?
『好きでいつづけてもいいと思う。次の恋をしてもいいと思う。でも、今のままの花井くんじゃ、どっちにしても先には進めないよ?』
「……そ、か……」
『大学入ってからさ、告白されたりしてないの?』
「え、なんで知って……」
『ううん、モテそうだなーって思っただけ』
「モテてるわけじゃねーけど」
『でも告白されてるんでしょ?……で、断ってる。監督のことが頭をよぎるから』
「……すげーな、カウンセリングされてる気分だ」
『わかるよ。……私もたぶん、前のままだったらそうなってるから……』
「……ん」
『だからね、うまく言えないけど、もう一回伝えてみるのもいいんじゃないかなって思って……次に進むために、ね?』
 モモカンは、良くも悪くも大人だ。同じ人から二回告白されたくらいで、動揺するような人ではないだろう。
オレだって、きっと……きっと大丈夫だ。もう一度フラれたとしても、西浦には行ける。野球部の練習を見るのとそれとは、別問題だ。しっかりけじめをつけられるだろう。そのくらいできないでどうする。そんなガキとは思われたくない。
「……ありがとな」
 最近のモヤモヤした気持ちが、少しだけ晴れた気がする。完璧に晴らすためには、まだ努力しなくてはいけないけれど。その努力のための覚悟が、ようやくできたんだ。




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