タイミング 2 「……で、告白したんだ?」 「ん、まあ……」 それで?と続きを目で促してくる篠岡から、視線を外した。ふう、と一息ついたあとで、ビールを勢いよく煽る。 「……おかげさまで」 「キャー!おめでとう!よかった!」 酔いのせいもあるのだろうか、まるで自分の事のように喜ぶ篠岡が、自分のグラスをオレのジョッキに当てて、小さく乾杯してくれた。料理を注文してすぐに本題を切り出したのは、たぶん篠岡も気にしてるだろうと思ったから。……そんなこと言って、自分が早く誰かに言いたかっただけなのかもしれないけれど。電話で報告してもよかったのだが、どうせなら篠岡の……篠岡と田島の話も聞きたいと思って。お互いがゆっくり時間を取れる日を待ち、飲みに来た。 「……つーか、今更だけど二人でってまずくね?田島、何か言ってなかったか?」 「ううん、花井くんとって言ったらすんなりOKしてくれたよ。私もフラフラにならないように抑えて飲むつもりだし……あ、でも迎えに来てくれるみたいだから、なんだったら三人で二次会に行ってもいいかもね」 「あー、たしかに田島と全然会ってねえしな……それもいいかも」 「じゃあ、一応メールしておくね」 そう言って携帯を打ち始めた篠岡を見て、ホントに付き合ってんだなぁなんて実感したりして。正直に言うと、意外だった。そりゃ、高校の頃からたしかに仲は良かったけど、田島は基本的に他人との距離が近いし、篠岡は…… 「はー、でもホントよかった。私、けっこうドキドキしてたんだよ?余計な事言っちゃったかもしれないって」 メールを打ち終えたらしい篠岡が、携帯をパタンと閉じながらそう言って笑う。タイミングよく来た枝豆に手を伸ばしながら、んー……と曖昧に答えた。 「たぶん、もっかいフラれても平気だったと思う。……いや、平気じゃねぇけど、平気なフリして今まで通り手伝いしようっては決めてたから」 「うん。花井くんならできるよ、きっと。でも無理させちゃうことには変わりないじゃない?」 ……でもまあ、うまくいったわけだし、そんなこともう考えなくてもいっか。オレが何かを言う前に自ら言葉を打ち消した篠岡は、もう一度、噛み締めるように「おめでとう」と言ってくれた。何度も繰り返されるその言葉には、少しの照れと、なによりも感謝の気持ちを込めて「ありがとう」を返す。あのとき篠岡が言ってくれなかったら、オレは今でも前に進めずにいただろう。 「篠岡も。今更だけど、おめでと」 「へへ、ありがとう。……なんか恥ずかしいね」 「だな。……で?なんで付き合うことになったわけ?」 「う……えーっと……」 オレと同じように勢いよくグラスを傾けて一息ついてから、ぽつりぽつりと話し出す。恥ずかしそうに頬を染める姿は、高校時代とは違う。幸せな恋を見つけた、女の顔をしていた。 (オレも、あんな幸せそうな顔で話してるのかねぇ……) 男がやると気持ち悪いだろうな、なんて自虐的に思いながら、もう一人の顔が自然と浮かぶ。……あの人が。もしも、あの人が、こんなふうに幸せそうに話してるとしたら。 (……ないか) そもそも誰に話すというのだ。オレにはこうして元クラスメイトや大学の友達がいるけれど、彼女は高校生相手に野球を教えるかバイトをするかの毎日だし、昔の友人にいちいち報告するような性格ではないと思う。ただの推測だけど。ああでもその表情を見てみたいかも…… 「……花井くん、聞いてる?」 「聞いてる聞いてる、駅まで送ってもらったときに告られたんだろ?」 「……てっきり監督のことで頭いっぱいなのかと思ったのに」 すみませんそのとおりでした、とは言えずに苦笑。話は聞いてなかったわけじゃないから、まあいいだろう。 「田島、どう?元気か?」 「うん、全然変わらないよー」 あ、でも身長伸びたかも。え、マジで?うーん……でもまだ半年しか経ってないのになあ……なんか印象違うんだよね。 ほんのりと色づいた頬を軽く膨らませ、考え込むような表情を見せる。本当に身長が伸びたのかはオレにはわからないけれど、印象が違うってのは、きっと…… (ま、言わねーけど) 真剣に悩んでるのが篠岡らしいというか。なんとなく、変わらない彼女にはほっとする自分がいる。恋とかそういうのはおいといて、大切な存在だ。 「……っと、その……聞いていいのかわかんねーけど……」 「……阿部くんのこと?」 「ん……」 そもそも篠岡とこういう話をするようになったのは、オレが監督を好きだってことがバレたからなんだけど。そのときに教えてくれた、篠岡の気持ち。オレはそんなこと全然気付かなくて、でも篠岡自身もそんな素振りは見せてなくて。 「……阿部くんとは、何もなかったの。好きとも言わなかったし、もちろん向こうから何か言われることもなかったし。だって阿部くんは野球しか見てなかったんだもん」 「あー……うん、わかる」 「でもね、それでよかったんだ。同じ野球バカとして、そんな阿部くんを好きになったんだと思う」 きっぱりと言い放った篠岡の表情は晴れやかで、しっかりと吹っ切れているのがわかった。その裏には、きっと今の幸せがあることも大きく響いているのだろう。そんな、顔をしている。 「……田島には……?」 「言うわけないでしょ!」 「だ、だよな……」 「……でも、気付いてるかも」 高校の頃のそういう話、あんまりしようとしないんだよね……田島くんなら聞いてきそうなのに。驚いたオレとは裏腹に、至って冷静に篠岡は言う。たしかに、田島だったら「なーなー、高校のときは好きなヤツいた?」とか平気で聞いてきそうである。 「私からは、聞かれるまで言うつもりないんだけど……」 「……だな。それがいいと思う」 「うん……そうだよね、それでいいよね……」 本当は、篠岡も不安なのだろう。でも気付いているとしたら、それ以上に田島は複雑なはずだ。あいつはきっと、過去のことをそこまで気にするタイプじゃないと思うけど。気にならないとかじゃなくて、今があればそれでいいって思うタイプのような気がする。 アルコールと唐揚げを新しく注文し、残っている分を一気に飲み干した。篠岡のグラスでは氷がカランと音を立てる。 「……タイミングって、大事だよね」 グラスをテーブルに戻しながら、小さく篠岡が呟いた。もしもあのとき、違う選択をしていたら……そう考える人は、きっと少なくない。だからこそ、そんなタイミングの良さを運命だなんて言いたがる人が多いんだろうけど。 「……オレも、それは思うよ」 もし、ほんの少しでもタイミングがずれていたら。どこかで違う選択をしていたら。きっと、これ以上の幸せを手に入れることはできなかっただろう。そう思えるほどの幸せを掴んだんだ。 「じゃあ、次は花井くんの番ね。タイミングが大事って、いつ思ったの?」 全部はなしだから、と先に牽制され、ぐっと詰まる。こういうときに限って手元に酒はなくて、でもきっと持って来てくれるまでにまだ時間はあるだろうから、このまま話を切り出すしかない。ふと思い出したある日の話を、躊躇いながら話し出す。きっと、ばつの悪そうな、それでいて幸せそうな顔をしてるんだ。 11.01.29. 花モモ、たじちよの未来妄想はしっかり固まっています それを少しずつ出していけたらいいなと この二人は高校時代からの恋バナ仲間です →back |