想いに委ねる | ナノ


想いに委ねる 1




「どうしたの?」
 暴れていた雷獣を鎮めに行った帰り道。あまり話しかけてこない彼……パートナーである総角景の顔を覗き込みながら尋ねた。それでもぼんやりと濁した声しか返してこない彼にむっとしながらも、二人並んで歩き続ける。
 そういえば、初めて彼らと出会って、私たちが彼らの前で戦ったのも、雷獣相手だった。櫛松が、お花見しようって言ってくれて。あのときに見た桜、綺麗だったなあ……なんて思い出して。回想の連鎖は自然と続くもので、ついでに、初めて顔を合わせたときに抱いた感情なんかも思い出してしまう。
(だ、だってあのときはまだこいつがヘタレだなんて知らなかったし!……って、なんで自分に言い訳してるのよっ)
 一人で頬を熱くしながら、妖人省に向かう道をひたすら歩く。この辺りは人気が少ないから、誰かに見られるということもないと思うけど。今はまだ時期じゃないイチョウ並木。この静かな道は私のお気に入りで、秋じゃなくても好んで通るのだ。
 なんとなく恥ずかしい気持ちになりながら、隣を見ると、やっぱり彼は浮かない顔をしていて。どこか、遠くに行ってしまいそうなその表情に、思わず制服の裾を掴んだ。
「……ねえ。ほんと、どうしたのよ」
 自然と、本気で心配した声が出た。それを感じ取ったのか、一瞬驚いた顔で振り返った彼。だけどすぐに、ふっと笑ってみせて。その表情に、少しだけ、ドキっとする。
 初めて出会ったときとは違う。もうちょっとだけ、特別な想い。
「ご、ごめん、なんでもない。……っていうより、また助けてもらっちゃったなーって」
「……またあんたは」
「覚えてる?お花見したときのこと」
 遮るように話されて、思わず怯んでしまったけれど。それでも、ゆっくりと頷く。当たり前でしょ、私もさっきそれ考えてたわよ。なんとなく顔を見ていられなくて俯いたけれど、彼もあのときのことを思い出しているのか、柔らかく笑ったのがわかった。ふっと、空気が和らぐ。
「ざくろくん、君は……」
「……バカ」
 今度は私が遮って。掴んでいた裾から手を離しながら、それでも顔を上げられずに、呟く。
「いつまでもそんなこと思ってないでよ。私だってあんたに……」
「……」
「……あんたに、助けられてるって……何度も、思ってるんだから……」
 最後は、自分でも驚くくらいの弱々しい声で。情けないと思いながらも、もごもごと口の中で呟いていた。きちんと届いていたかはわからないけれど、ずっとずっと思っていたこと。正直な気持ち。
 すると、すっと影が近づいてきて。え?と顔を上げた瞬間、背中に感じたのはあたたかな腕。
「……っ!ちょっ、なにすんのよ!」
 混乱した中で、かろうじて何をされているのかだけがわかる。暗くなった視界の中で、それでも口でしか抵抗できない。けれど、包まれるような感じから、少しだけ強くなった腕の力に、その口での抵抗すらやめてしまった。ただ、自分の心臓だけがうるさく響く。
 抱きしめられたことは何度かあった。ただ、そのどれとも少しだけ違う。こっちが泣いているわけでもなければ、あっちが天然なわけでもない。じゃあ、これは何のため?
「……好きだよ」
 ドキドキしていたのがようやく少し落ち着いて、そのドキドキした感覚すらも心地よいとようやく思えるようになった頃。唐突に頭の上のほうで響いた声に、再びドクンと心臓が鳴った。相手にまで聞こえてしまうのではないかと心配になるくらいの大きさで。
 ざくろ君のことが、好きだ。もう一度、噛み締めるかのようにゆっくりとその言葉を紡がれて、ますます身体が硬直する。返事をしたいのに、口からは音にならない空気しか洩れてこない。
 言いたい言葉がなかなか出てこなくて、変な間ができてしまったのは自分でもわかった。彼の想いに、応えたいのに。今度は逃げずに、私もきちんと伝えたいのに。それよりも先に、腕の力が緩められる。
「行こっか。みんな、帰るの待ってる」
「え、ちょっと……」
 何よそれ、言い逃げなんてずるいじゃない!そう言いたいのに言えないのは、またあの表情で笑うから。それがなんだか、ゆっくりでいいよって言ってくれてるみたいで。
「……うん」
 そんな自分勝手な解釈は、ずるいのかもしれない。ううん、私はずるい。けど、それは彼も同じだ。言いたいことを言うだけ言って、こっちの気持ちは聞かずにいる。一方的に告げられた想いに応えずにいるのも、告げるだけで終わらせるのも、どちらもずるいことに変わりない。そんなことを思いながら、半歩後ろを歩いて帰った。お互い一言も話さなかったし、顔もまともに見れなかったけれど、それに関してどうこう言う余裕もなかった。




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