紅縞瑪瑙の想い | ナノ


紅縞瑪瑙の想い(るろ剣パロ)1




 土方十四郎が恒道館道場に立ち寄るのは初めてのことではない。しかし普段は、ストーカーと化している上司の連れ戻しが主な理由であって、住人に直接用事があることは稀だった。今日は、その稀な理由で道場の門をくぐっている。
「……あら、珍しいですね」
 隊服にくわえ煙草といういつもの出で立ちの土方を前に、志村妙は素直にそう告げた。今日はゴリラのストーカーも見当たらないのに、と言外に示している。それを気にすることもなく、土方は煙を吐き出した。
「率直に言う。万事屋のことで話があって来た」
「万事屋?」
「……その様子じゃ、昨夜の騒動は知らねぇな?」
 その確認に妙が頷くと、土方は淡々と話し始めた。それを聞くうちに、妙は彼が言う「万事屋」が「万事屋そのもの」ではなく、その主である男を指しているのだと気付く。



 『近頃巷を騒がせている人斬りが、次は陸軍省の長官を標的にしているらしい。』そんな噂が、真選組の耳に届いた。噂とはいえ無視するわけにもいかず、彼らは数日に渡って長官の護衛をしていた。そして昨夜、その人斬りが現れたのである。
 その場に万事屋……坂田銀時がいたのは、偶然だった。頼まれていたのは屋根の修理であったし、万事屋の従業員である新八や神楽がいなかったのも、面倒な仕事を押し付け合うジャンケンの結果でしかない。タイミングがいいのか悪いのか、銀時は真選組と……そして人斬りとも鉢合わせしたのだ。
「……む?この匂いは……」
 彼が現れた瞬間、人斬りは標的を変えた。見えていないはずの目が、銀髪の彼を捉える。
「、おまえは……」
「久しぶりだなぁ、白夜叉」
 楽しそうに笑いながら斬り掛かる。銀時は、その刃をギリギリのところで受け流し、木刀を構えた。
「おいおいどうなってんだよ…なんでうじゃうじゃ真選組がいるわけ?」
「それはこっちの台詞だ、万事屋。なんでこんなところに」
「仕事でもなきゃお偉いさんのとこに来る機会なんてねーよ」
「奇遇だな、こっちも仕事だ。……で、あいつのこと知ってんのか?」
「知ってるっつーか……」
 盲目の人斬り、岡田似蔵。以前、対峙したことがある。それだけだった。
 岡田は、唇を舐めると、真選組の輪へとにじり寄る。緊張が走った。輪の中心にいる長官は、身動きをとることができずにいる。……いや、長官だけではない。
「……なん、だ……?」
 岡田を除く全員が、動けなくなっていた。どうすることもできない真選組に、じりじりと詰め寄る岡田。気色の悪い笑みを浮かべる彼は、すぐに斬ることをせず、まるで相手の追い詰められている様子を楽しんでいるかのようであった。
「てめえ……何しやがった……」
「……ほう、まだ動けるやつがいたか」
 土方が、鈍い動きで刀を構える。足を止めた岡田が、「心の一方」と口にした。「心の一方」?なんだそれは。土方がそう問い返そうとした瞬間、横から銀時が飛び出した。完全に不意打ちかと思われたが、岡田は素早い動きでそれを避けた。驚くどころか、笑みさえ浮かべている。
「さすがだな、白夜叉……気合いなんぞ持ち合わせていないような眼をしていても、やはり中身は侍ということか」
「ごちゃごちゃうるせーんだよ。中身も何も、俺は俺だ」
「ふん。まあいい。……が、依頼は果たさなきゃいけないんでね」
「依頼……?」
 くるりと向きを変えた岡田。視線の先にいた長官が、ひゅっと息を呑む。いまだ動けずにいる彼は、ガタガタと震えることしかできない。状況を呑み込めずにいた銀時が「依頼」の意味に気付いたときには、岡田はすでに飛び出していた。
「しまっ……!」
「……っのヤロ!」
 岡田が何気なく言った「気合い」という言葉をヒントに、心の一方を破った土方。彼が、寸でのところで長官を保護する。しかし岡田はにやりと笑い……土方の右腕を貫いた。
 銀時が後ろから木刀を振り下ろすが、岡田は余裕で受け止める。しかし壁を蹴り、勢いを付けて連続で攻撃を仕掛けると、ぐらりと男の身体が揺れる。それをきっかけに、他の真選組や長官にかかっていた心の一方も解けた。
「ふふふ……白夜叉、貴様とは近いうちに再び会うことになるだろう。いつまでも木刀で勝負できると思うなよ」
「……」
 それだけ言い残し、窓から姿を消す。室内は静まり返っていた。
「……おい、万事屋。白夜叉ってのは……」
「……知らねーよ。髪の色だけで勝手な呼び名付けやがったんじゃねーの」
 待て、と引き止める声を無視して、銀時は部屋を後にした。標的が長官から自分に変わった。それは構わない。むしろ都合がいい。……しかし、準備は必要だ。ぶらりと外に出た銀時の足は、万事屋へは向かわなかった。
「……心の一方って知ってるか?」
 すれ違い、お互い背中を向けたところで立ち止まる。待ち合わせたかのように現れた男……桂に、挨拶をすることもなく尋ねた。編笠を深く被ったその男の、長い黒髪が揺れる。
「一種の瞬間催眠術、だな」
 心の一方。それは、自分の目から発した気を相手の目よりたたき込むことで、相手を不動金縛りにする秘技。
とある剣術の奥義だ。銀時がしたように相手の気合いに負けない剣気を持っていれば解くことができるが、使い手が強ければ強いほど解ける人も当然少ない。
「ふーん……」
 興味がなさそうな返事だが、頭の中にはきちんと叩き込まれたのであろう。仕組みを知らずに術を解いたのだから、今更不要なのかもしれないが。背中から銀時の気配が遠のくのに気付き、桂は「どこへ行く」と声をかけた。
「おまえのことだ、ケリがつくまで万事屋には戻らないのであろう?」
「……」
「……まあ好きにするがいい。何か伝言があれば聞くが……」
 言い切る前に銀時が去り、桂はため息をついた。あの男は、きっとまた無茶をする。それを不安に思う仲間がいるにもかかわらず。心配する人達がいるにもかかわらず、だ。
 困ったものだな、と桂は万事屋へ足を向けた。主が帰らないことを、きっと不信に思っている奴らがいるだろう。彼らを危険に晒さないために銀時がとった行動を無下にはできないため、詳しくは言えないが。
 万事屋には神楽しかいなかったため、彼女に言える範囲で説明をしたあと恒道館道場へと向かった桂だったが、真選組のパトカーを見つけて陰に身を潜めた。土方が先に来ていたのだ。



 話し終えた土方を、妙はまっすぐに見つめる。その目に不安や恐怖の色はない。強い女だな、と思うと同時に、しかし無駄足ではなかったことを悟る。
「……どこへ行く気だ」
「そんなの私の勝手でしょう」
「あいつは万事屋にはいない」
「……そんなこと、聞いてません」
 下駄を履き、土方の横をするりと通り抜ける。あてがあるわけではないが、行かなくてはならない気がしていた。
「あんなに必死になるとはな……」
 妙が出て行ったのを目だけで追い、呟く。独り言ではなかった。話している途中から、妙の後ろにはずっと新八がいたのだ。隠れていたわけではないのだが、話し掛けるタイミングでもないと感じ取ったのか、新八は無言で土方の話を聞いていた。しかし、おそらく妙はそこに新八がいたことに気付いていない。
「……どうして、土方さんはここへ……?」
「あ?万事屋にいなかったからに決まってんだろ」
 あの野郎が行きそうな場所をあたってんだよ。別に、あの女に教えに来たわけじゃねぇ。そう言いながら、土方は煙を吐き出す。立ちのぼるそれを、新八も目で追った。居心地の悪い沈黙。去ろうと後ろを向いた土方に、新八が慌てて礼を言った。
「……追うなよ」
「え…?」
「黙って出て行った理由くらい検討つくだろ?だったら動くな」
「でも……」
「俺は言ったからな。余計な仕事増やしてくれるなよ」
「あ、ちょ、土方さん!」
 その後ろ姿を見ても、もう引き止めることすらできない。銀さんの身に、きっと何かが起こる。わかっているのに何もできないのが歯痒い。
(……先に万事屋に行ったっていうなら……)
 神楽ちゃんは、どうしてるのだろう。じっとしていられず、新八は万事屋へと走った。




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