紅縞瑪瑙の想い 2 | ナノ


紅縞瑪瑙の想い 2




 銀時は河原に腰をおろしていた。人斬りは、攻めやすさと逃げやすさを兼ねている、川を拠点にすることが多い。その場を張っていれば、岡田も見つけやすいと踏んだのである。
 上流で雨でも降ったのか、川は増水しており、流れも速かった。それをのんびりと見つめる銀時の背後に、人の気配。
「……銀さん」
「っ……!」
 予想していなかった声に、驚きを隠そうともせず銀時が振り返る。淡い桃色の着物を身に纏った女が、にっこりと笑みを浮かべて立っていた。
「お前……なんで……」
「見つけましたよ、銀さん」
 有無を言わせぬ態度で銀時の隣に腰をおろし、正面を見据える。そのまっすぐな瞳を、横顔を見つめ、銀時はため息をついた。視線を戻し、「誰に聞いた」と尋ねる。しかし、妙はそれに答えなかった。
 道場を出たところで、桂に会った。話は聞いたのだろう?と聞かれ、けしてキツくはないのに咎められているような気分になる。それは、行くなという無言の圧力。足を止めてしまったのに、視線を交わすことができない。
「場所はわかるのか?」
「……わかりません。でも……っ」
「……でも?」
 言葉が続かなかった。心当たりはなかったし、行けば重荷になることはわかっていた。それでも飛び出してしまったのはなぜだろう。引き止めるためでも、共に何かするためでもなく、ただ……
(行かないと……会わないと、気が済まないのよ)
 強く握りしめた拳に、さらに力が入った。こんな気持ち、言えるわけがない。
 そんな様子を見ていた桂が、ため息に乗せて「川」と呟いた。俺も本人から聞いたわけではないが、おそらく河原か川岸か……川の近くにいるだろう。そう言って、妙とは逆の方向に歩き出す。状況を呑み込めない妙は、はじめその後ろ姿をぼーっと見ていたものの、軽く頭を下げ、言われた方向へパタパタと駆け出した。見つけられるかどうかはわからないけれど、心当たりがないわけではない。
 以前、妙をかけて銀時と近藤が決闘をした場所。あの橋の下は、ここから十分に行ける距離だ。まずはそこへ行ってみよう、という彼女の直感は正解で、橋の上から見事に銀髪を見つけたのである。
「……ま、誰に聞いたんでもいいけどよ、状況わかってんなら帰れ」
「……別に、銀さんを止めに来たわけじゃないです」
「じゃあ……」
 なんで、と言う前に、立ち上がった妙が銀時の右手を両手で包み込む。髪から抜いた簪とともに。
「私のお気に入りの簪です。貸しますから、きちんと返してくださいね」
「……は?いや、貸すっつーか押し付けられ……」
「いいから黙って受け取れや」
「ハイ……」
 解けた黒髪が風に揺れた。口調とは裏腹に、包み込む両手はやさしい。伏せた睫毛が影を作る。……少しだけ、その瞳が揺れた気がした。
「木刀が折れるようなことがあったら、最後の武器にしても構いません。でも、そのときは新しいのを買ってでも返してください。……いいですか。ちゃんと返してくださいね」
「お妙……」
「お店にでも来てくださいな。うちでもいいですけど、そのときは」
「アイス買ってけ、っつーんだろ」
 紅縞瑪瑙の簪をぎゅっと握る。何が言いたいのかなんて、すぐにわかった。なんとなくこそばゆくて、反対の手でがしがしと頭を掻く。
「……ふふ」
 満足したのか、ゆっくりと妙の手が離れていく。銀時も一つ息を吐いた。最初のため息より、少しだけ柔らかい笑みを浮かべて。そして……
 その瞬間は、銀時の目にくっきりと焼き付いた。スローモーションというよりは、その一瞬だけ時が止まったかのような感覚。妙の口を塞ぎ、小舟に引き込み連れ去る男。音さえも聞こえなかった。
「!」
「むぐう……っ」
「ふふふふふ……」
「っ、お妙!」
 動きと音が戻り、駆け出す。しかし川の流れは早く、岡田と妙が乗った小舟との距離は徐々に開いていく。
「見たぞ白夜叉!この娘、お前の女と見た!」
「てめえ……!」
「今の生温い生活にほだされたおまえと戦ったところでおもしろくない。怒れ怒れ、そして白夜叉に戻るがいい!」
「銀さんっ……!」
 ここで待つ、と高笑いをしながら水平線の向こうへ消えていく。呼吸を整えながらそれを見、投げられた紙を拾う。時刻は零時。場所は、ある森の奥の、稲荷の前。
 ぐしゃりと紙を握りつぶす。ぎり……と奥歯を噛み締めても、思い浮かぶのは妙の笑顔。不思議と心は落ち着いていた。……否、静かな怒りに達していたのである。
 紙を破り捨て、懐に簪をしまう。木刀に手をかけると、唇を引き結んだまま一歩を踏み出した。




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