ifの世界 4 | ナノ


ifの世界 4




 金時がニヤリと笑いながら告げた「デート」は、話の流れから推測していた通り、妙の仕事用のドレスを見に行くものだった。デートと言われればデートなのかもしれないが、知り合いと買い物に行ったと言えばそれまでである。妙にとっては、意識すべきか際どいラインであった。
 仕事柄、一人の客に入れこむようなことはしないよう気を遣っている。あくまでキャバ嬢として。相手は客として。それ以上のことはさせないし、しない。それが妙のポリシーであった。同伴もアフターもしないのは今時珍しいのかもしれないが、それはそれで妙の売りなのだ。だから、客が離れない。
 しかし、彼は――キンさんは、違う。そもそもの出会いがプライベートからであり、客となったのは偶然。彼は私の客で、私は彼の客。けれど、それがスタートだったわけではない。これは結果だ。だから出かけた。それだけのことだ。
「珍しいじゃない、あんたが客と出かけるなんて」
「なんで知って……っ!」
「あら、みんな知ってるわよ。あの妙がねーって、みんなの注目の的」
「……別に。同業者として、私のみすぼらしい格好を見ていられなくなっただけでしょ」
 ため息と共に言い捨てれば、ちくりと胸が痛む。今の言葉は事実だ。事実だから、刺さる。
 結局その日はドレスを二着買ってもらった。彼は手持ちから浮かないように、シンプルだが質のいい物を選ぶのが上手かった。
「でも、買ってもらうのはさすがに……」
「いーの。俺が連れ出したわけだし」
 気にするならパフェでも奢ってくれよ、と言われ、対価には程遠いけれど、近くのチョコレートショップへと向かった。ここのデザートはどれも絶品で、頻繁には通えないけれど、何かあったときのご褒美にと決めている店だ。女性向けの内装のせいか、彼は来るのが初めてだったらしく、おいしそうに食べている。
「……あ、やっぱもう一つお願い」
「そんなに食べるんですか?」
「は? ああ、パフェじゃなくて、おねーさんに」
「……?」
「今日買ったやつ、次俺が行く日に着て」
「……」
 そのお願いといい、この状況といい、よく考えてみればただのカップルのようで……それを意識した途端、恥ずかしさが込み上げた。それを知ってか知らずか、こちらを見る彼の瞳は優しい。
(ずるい……)
 振り回されている。だけど嫌じゃない、なんて、思ってしまったのだ。
 約束の日である今日、妙が着ているドレスは彼に選んでもらったうちの一つだ。薄い紫の生地に黒の刺繍が施されたそれは、可愛らしさと色っぽさの両方をもっており、まだ十代だが夜の仕事をしている妙に似合っていた。
「へえ……やるわね、あの男」
 楽しそうに話し掛ける同僚に、そうねとだけ軽く返す。口紅を塗れば支度は終わり。心無しかいつもよりきちっとした足取りで、妙は更衣室を出た。
 これは仕事だ。客は彼以外にもいる。――もし彼にそれ以上の気持ちがあるとしても、誰にも悟られてはいけないのだ。




12.11.25.
変化
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