ifの世界 3 仕事が休みの日に妙が働く店へと向かったのは、ほんの気まぐれのつもりだった。なんとなく気になってしまったのは事実だが、会いに行ったというほどの理由ではない。そんな気がする。 正直、自分でもよくわからないでいた。気になっているのは事実だが、気になる理由がいろいろとありすぎて、自分でもどの気持ちが優先されているのかがわからない。 「そんなものよ」とある人は言う。「何にでも理由をつける必要なんてない。コントロールできない自分がいたっていい。同じように、すべてを理解されようと思わなくたっていいの。ただ、それは諦めることとは違う」と。そんなもんかねェ、とはぐらかしたことを今更になって後悔した。今更聞いたところで、もうきちんとは話してくれないのだろう。 その日、店内は混み合っており、妙もすぐには金時の元へと来られなかった。「ちょっとの間、私で我慢しててね」とからかうように言った女が隣に座る。自分がそれなりに売れていることをわかっているこの女が”我慢”なんて言葉を遣ったのは、金時と妙の関係に思うところがあるからだろう。もしくは単純に、からかうのが楽しいのか。 「随分熱心に通うじゃない。そんなにあの子のことが気になる?」 「そんなんじゃねーよ。ったく……女ってのはどうしてその手の話題が好きかねェ」 「普通よ、普通。だいたい好きでもないのにキャバ嬢のとこ通いつめてる方がおかしいじゃない」 あんたもホストならわかってんでしょ、と軽くあしらわれ、返す言葉もなかった。 「まぁ……あれだ、スポンサーみてぇなもんだ」 「ふーん。心配だから来てるってこと?」 「そういうこと」 「……ま、そういうことにしてあげてもいいけどね。スポンサーなら強力なのがいるわよ。常連もけっこうつけてるし」 「え……あ、オイ!」 言うだけ言って立ち上がった女を追いかけようかと思ったが、どうやら妙と入れ替わるようだった。伸ばしかけた手は、みっともなくグラスへと伸びる。ああ、違う。みっともないのは俺自身だ。 よく考えてみれば、彼女はいつも誰かの相手をしていた。金時を見つけると、隙を見てするりと抜けてやってきてくれるが、接客相手がいなくて暇を持て余していたことなど一度もない。シフトの数もそれなりに多く、どちらかといえば人気がある方だ。 「……おまえさぁ」 けっこう人気あるんだな、と言いかけて、なんだかそれは嫉妬の響きをもっていることに気付く。ちらりと妙に視線をやれば、彼女は続く言葉を待っていた。なんでもない、とは言えない。けれど先程の言葉が頭を掠めて、何を言っても墓穴を掘りそうだ。 「……」 「……」 「……その服って自前?」 結局選んだ話題は、よく考えなくてもとても失礼であった。妙が一瞬固まったのが、その証拠だ。 「ええ、まあ……ここは支給されないんです、ドレス」 「外見じゃなく中身で勝負って心意気は悪くねェけどな。この世界じゃ外見も大事だろ。魅せ方を知らなきゃデメだってさっきの子も言ってたぜ」 「わかってます。でも……」 その続きは、言われなくてもわかる。ああもう、こんな雰囲気にするつもりじゃなかったのに。 金時は、心の中で深くため息をついた。仮にもホストのくせに、何やってんだ俺。そうは思うものの、どうにも営業モードになれない。この歯痒さを味わうのは久々だった。 「……次の休み、いつ?」 「え? たしか、来週の火曜日だったと……」 「あー、その日は俺仕事だわ。んじゃその次」 「その次は、えっと……月曜日かしら」 「なかなか合わねぇなァ。んじゃいいや、来月のシフトはまだなんだろ? 店長に頼んで九日に休み取れ。俺も取るから」 「な、なんなんですかっ、さっきから勝手に!」 「んー?」 そうだ、このくらいの余裕。それがあって、初めて。 「デートのお誘い」 →back |