ifの世界 2 | ナノ


ifの世界 2




 女に出会ってから一週間が経とうとしていた。同じ曜日が巡ってきたと気付いて、一週間が経ったことを自覚する。長いのか短いのかもわからない。そういや一週間だなという想いと、今日は正反対の青空が広がっているということだけ、ぼんやりと考えていた。
 あの日以来、女には会っていない。帰るところがないと言っていたからどこにいるのかもわからないし、そもそも名前すら聞かなかったのだから探しようもない。
(……いや、探したいとかそういうわけじゃねェけど)
 でもこの場合、あんな状態の女を中途半端に構って忘れる方がひどくね?なんて自分に言い訳を繰り返す。夜の仕事をしている金時が、日中にフラフラと街を出歩くことが多くなったのはきっとそのせいだ。放っておけないなんて性格ではないが、なかったことにすることもできない。
(まァ、一週間も経てばどうにかなってんだろ。たぶん)
 帰るところがない、というのは半分嘘だろう。帰りたくないのが正解だ、あの手の表情は。家出娘と呼ぶには大人すぎる彼女に、どうしてやるのが正解だったのだろう。仕事のように、甘い言葉を囁いていればいいわけではない。近寄ってくる女に少し手を差し伸べればいいだけでもない。ようするに、難しいのだ。助けがほしいくせにその手を伸ばそうとしない女は。
 その日、金時はいつもより憂鬱な気分で職場へと向かった。特に何があったわけでもないのだが、何もないからこそイライラとしている。いや、イライラなんてはっきりとした感情ではなくて、もっともやもやとした何かが腹の中で渦巻いているような、そんな嫌な気分だった。理由があの女にあるのかそうでないのかはわからないけれど。
「おい、急げよ。今日はもう指名入ってんだから」
「げ。マジでか」
 金時はそれなりに指名を多くとっているため、基本的には早めに出勤している。しかし元々真面目な性格ではないため、気分に行動が左右されやすい。こんなふうに足取りが重い日は、言葉のとおり歩みが遅くなる。よりによってこんな日に指名が入るとは最悪だ、と舌打ちを一つして、身支度を整えた。
「あ、ほら来たわよ」
 指名された席に向かうと、見慣れた顔が目に入る。常連であるショートヘアの女は、自然な笑顔でこっちこっちと手を挙げた。
「なんだ、誰かと思ったらおまえか。俺を指名するの珍しいじゃん。あいつ泣くよ?」
「いいのよ、あたしが指名してるっていうかあいつが勝手に来るんだもん。それに……」
 からかうように言いながら席につけば、唇を尖らせて反論してくる。その向こうに、もう一人いることに気がついた。
「今日はあたしじゃなくて、この子があんたを指名したの」
「え……」
 そこには、一週間ぶりに見る顔があった。どうしてここに、という驚きと、あぁ元気だったんだな、という安心感が同時に襲う。それは金時にとって、初めての感覚だった。



 一週間ぶりに見た男は、先日とはまた違った顔をしていた。仕事モードの顔で現れて、けれど私と目があった瞬間にそれが崩れる。深い付き合いがあるわけでもないのに、それがわかってしまった。
「じゃ、あたしはあっちの席にいるから、二人でごゆっくりどうぞ」
「え、ちょっと……!」
「なんだ、結局あいつのとこ行くんじゃん」
「まぁね」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて、同僚は他のテーブルへと向かった。一人にするなんて聞いてない!と言いたかったのに、男がさらりと流してしまったから、私は黙り込むしかなかった。
 名前も知らない男との出来事をなんとなく同僚に話せば、彼女はその特徴をもつ人物に心当たりがあるようだった。そして、会わせてあげる、と意気揚々に連れてこられたのが、この店。ホストクラブであることに、あまり違和感はなかった。そうなんだ、と心が自然と受け入れる。
「……帰るとこないっつって、ちゃんと友達いるんじゃん」
 その声にはっと顔を上げれば、優しい瞳と目が合った。
(心配、してくれていたのかしら……)
 一瞬そんな考えが過った後、ああ違う、この人はホストだったと冷静になる。
「同僚なんです。この前のことを話したら、その人知ってるよって。ついてきたら本当にあなたがいるんですもの、びっくりしたわ」
「ま、これでも一応有名なんでね。ましてやあいつ常連だし」
 そう言って、差し出されたのは名刺。そこには堂々とした字で「キン」とだけ書かれていた。手書きかしら、と思うと自然と笑みが零れる。キンさん、と小さく名前を呼んだ。
「そう。……で、あんたは?」
「……妙。志村妙、です」
「志村、妙……」
「……? どうかしました?」
「いや、なんでもねェ。顔色も良さそうだし、今日は楽しんでいきな、妙」
 そう言って、ぐっと肩を引き寄せられる。唐突に近づいた距離に、心臓が高鳴りそうなのを必死に抑えた。
 相手はホスト。優しさも、親しさも、接客のうち。それを何度も心の中で唱えないと勘違いしてしまいそうなほど、楽しい二時間を二人で過ごした。『相手はホストだから』。その言葉が、自分の心を割り切るためには必要だった。それはきっと今日だけでなく、一週間前のあの日から、ずっと。




12.08.25.
再会
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