ショーウインドウの向こう側に並ぶ、真っ白なウエディングドレス。
これを着て、シズちゃんの隣に立って笑うのだ一体誰なのだろう。
きっと綺麗な人なんだろう。
その人は髪が短いのだろうか、長いのだろうか。はたまた背は低いのだろうか、高いのだろうか。

俺は高校の時からいけ好かない野郎と一緒にいるはずなのに、静雄がどんな人を好きになって、恋愛して、結婚するかなんて全く想像ができない。
あんなに一緒にいたのに。ずっと一緒の時間を過ごしてきたのに。
所詮、俺とシズちゃんの関係なんてそんなものだ。軽薄で適当で簡単なもの。
でも、どうしてか、少し悔しいなんて思ってしまう自分がいる。見ず知らずの人間に嫉妬しているのだ、俺は。
相手がどんな人間か全く分からないのに、一つだけはっきりと分かっていることがあった。
唯一分かっていることは。
きっと、隣に立っているのは、俺じゃないこと。



だって、俺は、シズちゃんにとって――。




***





「はぁ…」

臨也は大きなため息をついた。地球温暖化に拍車をかけるように、大量の二酸化炭素を吐き出す。
今日だけで一体何度溜息をついただろう。
最初のうちはおもしろ半分で数えていたが、二桁になるあたりからもう面倒くさくなってカウントアップすることをやめた。
ため息をつく度に幸せが逃げるなんて馬鹿げた迷信を頭で思い返しながら、心の中のもやもやしたうっとうしいものを吐き出すようにまたため息をつく。


まだ昼なのに、電気をつけない部屋は薄暗い。

静雄と選んだ家は東向きと南向きの窓があって、天気のいい日はとても気持ちよい日差しが入ってくるはずなのに、今日はとてつもなく暗い。
寄りかかっている2人掛けの白いソファーから外を見ると、臨也の心の中を表したようなどんよりとした曇り空だった。通りで部屋の中が暗いわけだと妙に納得して、ソファーからのそのそと立ち上がり、天井にひっついている電気をつける。

2、3回点滅して付いた蛍光灯が暗い部屋を煌々と照らす。
ぼんやりとその白い明るさを見ていた。思い出されたのは、臨也の脳内を埋め尽くすように広がる純白のレースだった。
ふわふわとして、やわらかく幸せを包み込む穢れを知らないふわりとしたレースのドレス。
思い出すだけでむかむかする。

昨日、久々に休みで買い物に出かけた。
何を買うなんて決めていたわけではなかったけれど、ぶらぶらと店を見て回るのもいいかな、なんて思ってウインドウショッピングを楽しんでいた。
平日の昼間にいい年した成人男性がぶらぶらしているなんて、フリーターもいいところまでいったような人間としか思えないけれど、そんなこと気にせずにふらふらと珍しいものを探していた。何気なく通った大通りから一本入った小道で真っ白なお店を見つけた。

「・・・・・・きれいだ」

ボキャブラリーが豊富な方だと自負してたが、圧倒的な美しさに感嘆する言葉は稚拙で幼稚だった。
一つの大輪がしゃんとたたずんでいるように麗しくて、世界の悪があるなんて知らないように清らかで、見ている自分が恥ずかしくなるほどだ。
どんな単語を並べてもこの美しさは形容できないほどだ。ウインドウ越しに見た純白のウエディングドレスはそれほどのものだった。

結婚どころか一人の人間に執着してつきまとうなんて考えてもいなかったから、ウエディングドレスなんてまじまじと見たことがなかった。
汚れを知らない無垢な白は俺と正反対で、そのとなりに並ぶタキシードもかっちりとしすぎていて成人男性にしては細身の俺には到底着こなせなさそうだった。

外から店の中を覗いていると、店内には一組のカップルがいた。
楽しそうにウエディングドレスを選ぶ小さくてかわいらしい女とそれを至極嬉しそうに眺める逞しい男。実に当たり前でなんてことない風景だ。
人間が生きている間でもっとも馬鹿で愚かな幻想に浸っている時間だと思う。
結婚なんてしちゃったら、幸せな夢も呆気なく散ってしまうもんだと思いながらも、その落差に嘆く人間を見るのもおもしろいと思う。
しかし、そんなときにふと、頭をよぎったのは、金髪で超人的な力を持つ憎きバーテン服の奴だった。

そこからの記憶が錯綜としていて曖昧だ。
気が付いたら、家に帰っていた。
といっても仕事に使っている新宿のあの家ではなく静雄と一緒に住んでいる家に帰ってきていた。
一緒に住んでいるとはいえども、少し都内から離れた不便な場所にあるせいで俺はあまり来ない。
けれども、静雄一人ではすぐにものが散らかって汚くなってしまうから、俺は仕方がなく帰ってきてやっているのだ。
別に、一人で寝るのが寂しいとかそんなわけではない。
ただ、仮でも、自分が住んでいる空間が汚くなるのが嫌だから掃除をしに来てやっているだけだ。
一度そうやって静雄に面と向かって言ってやったら、あのいけ好かない野郎は照れくさそうに嬉しそうに笑っていた。もうなんなんだよ苛々する。

「・・・はぁ」

そしてまた、大きなため息を一つ付いた。
頭に浮かぶのは白いウエディングドレスだった。自分が着るわけでもないから興味もへったくれもないはずだが、頭に焼き付いて離れないのだ。
なぜあそこで静雄のことが頭に浮かんだのかなんて、どうでもいいことに怒りをぶつけてみる。

俺と静雄の関係はと聞かれたら、なんて言えばいいのだろう。たぶん、世間一般ではいわゆる恋人という関係に収まるのだと思う。実に曖昧な物言いで申し訳ないけれど、それも一時的な感情にまかせてしまっただけで静雄も冷静に考えればこんな憎悪する人間を別に好いているわけではないと思う。

静雄も一生をともにするなら、細くて少し触ったら壊れてしまいそうな小さくてかわいらしい女がいいんだろう。
誰が好き好んで、ついこの間まで殺し合いをしていた相手を選ぶんだ。
俺があまりに静ちゃんを好きだと言い寄っていたから、頭の中で思考回路がめちゃくちゃになって、いよいよ正真正銘の馬鹿になって、好きと嫌いの違いを分からなくなったに違いない。きっと、そうだろう。
静雄が男が好きだとかそんなこと今まで一度も聞いたことがないし、それに結婚を考えるとやはり綺麗でかわいらしい女の子がいいだろう。

「俺、女に生まれたかったなぁ・・・」

目頭が妙に熱くなる。性別を変えるなんてことをなんであんなやつの為に俺がこんなに真剣に考えなきゃいけないんだ。結婚でも何でも勝手にすればいい。
しかし、白いタキシード姿の彼の隣りに並ぶのが俺ではないのが確かだという答えから頭が離せなくなった。

それと同時に静かに沸き上がる感情をどうしていいのか分からなくなって、目からこぼれ落ちた。







濡れた頬に、
溢れる涙を止められない





20101005 企画提出【はつ恋







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