おはようのちゅー(2/8)
いつもの天井、いつもの朝。
まぶしい太陽。
さわやかな朝――朝?
にしては、明るいような。
寝返りをうって、携帯電話を掴む。
あれ。いつもとなにか違うような。
携帯電話の画面には数字の1が四つ。
いま最後の1が2に変わった。
11時12分。
「ぴゃっ!?」
慌てて起き上がれば茶色い塊がビクッと跳ね上がる。
頭の上で寝ていた愛猫だった。
ごめんね、と謝りながら部屋を見渡す。
閉ざされていたはずの寝室のドアが開いている。
隣で寝ていたはずの旦那さんがいない。
シーツはまだあたたかい。
「あれ? 鷹雪くん?って、ち、遅刻……!?」
どうしてアラームの音に気がつかなかったんだろう。こんなに寝過ごしちゃうなんて。
昨夜、あんな遅くまで私たち――
今ごろになって後悔しても遅い。
遅刻の言い訳を考えなければとベッドから抜け出そうとすれば、あまいあまいココアの香り。
ドアから顔を覗かせた旦那さん。
目が合うとにこりと笑った。
手にはカップを持っていた。
中身がこぼれないようゆっくりとベッドの側までやってきて、ようやく腰をおろす。
私のカップだった。
「おーはよ、起きた?」
「お、お仕事は!?」
「今日はおやすみでーす」
先程まで何故アラームに気がつかなかったのかと首をかしげて眺めていた携帯電話には、Sat.サタディ、つまり土曜日と表示されていた。
カレンダーには『鷹雪くんおやすみ』とおおきく書かれている。
それならば鳴るはずがない。
慌てていた私がばからしくなって、
ふうとため息をこぼす。
そーいえば。
金曜日だから。
金曜日だからって、
あれだけ言い聞かせてたのに。
もう忘れちゃってる。
だから昨日あんなに……
「お。昨日のこと思い出してる」
「ちがうもんっ!鷹雪くんのばか……」
「すごく積極的でしたね」
「鷹雪くんのせいだもん」
また。
鷹雪くんのせいにしてる。
ごめんね。
ごめんね、と耳元で彼の謝る声。
私も、ごめんね。
「ココア飲む?のど乾いてるでしょ」
「うん」
「ははは、せっかくの休みが半分つぶれた」
「ごめん……」
「亜子ちゃんすっげー気持ちよさそうに寝てたからね。俺起きたときがっちりホールドされてたし、抜け出すの大変だったぞー」
「え!ごめんなさい……」
「でも昨夜の方が気持ちよさ……うわっと」
余計なことを言いそうな口を塞げばようやく静かになった。
ほっぺを膨らませて睨みつければ、なんでもございませんと頭を下げる旦那さん。
わかればよろしいのです。
鷹雪くんが作ってくれたココアはおいしくて(特別なものは入っていないけど、たぶん"鷹雪くんが作ってくれた"という特別感がおいしさをアップさせているのだと思う)、どんどんとのどを通っていく。
ココアが半分くらいなくなったころ、どうせ私たち、休日はほとんど家にこもっているんだから、半分つぶれても支障はないのでは? と今ごろになって思う。
ずっと私を眺めている鷹雪くん。
たまに私の頭をなでてくれる。
ココアを飲みながら陽の光を浴びる。
あまくておいしい。
身体がぽかぽかとあたたまる。
枕元でまあるくなって眠っている鷹丸をなで、
平和な休日だなあとしみじみとした。
――いいなあ、こういうの。
ちらちらと私の様子をうかがう鷹雪くん。
ふと目があえば、
急にはずかしくなって目をそらす。
そんな私に「はは」、と笑みを投げかけて、ぽんぽんと頭をなでてくれた。
「ココア飲んだらおはようのちゅーしよ」
「うん。……あ、でもいいの?」
「ん。あー、ちょっと待った。」
私の旦那さん、
鷹雪くんは、実は甘いものが苦手なのです。
すごくもったいないと思う。
こんなに幸福感に満たされるすてきなものが苦手だなんて。
やっぱりあまいあまいココアも苦手みたいで、
飲んでいるところを一度も見たことがない。
いまキスをしたらおそらく(というかほぼ絶対)広がるであろうあまいあまいしあわせなココアの味。
それを我慢して私とのキスをとるか、
舌の平穏をとるか。
そんなに重要な問題なのか、真剣にうんうんと考えている。
――かわいいなあ。
キスなんて、いつでもできるのに。
寝癖のついた彼の髪をなで、囁く。
彼の頭にも寝癖が残っているってことは、まだ起きたばかりなのかもしれない。
「またあとでね」
「うーん……うん。絶対ね」
ココアの入ったカップを置き、手を広げる。
ハグなら大丈夫だよね。
鷹雪くんの体重を受け止め、
背中をぽんぽんとなでる。
本当に甘えん坊さんなんだから。すきよ。
勢いでキスをしそうになった彼だけど、
途中で思い止まったのか一瞬固まった。
それからおでことおでこがぶつかって、
すりすりと擦り合わせる。
私たちの愛情表現のひとつです。
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不器用恋愛